ノーマン
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<偽りの花嫁・第一話 場所 ゴンザレス邸>
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深い森の中。輝く月の下。彼と彼女は愛を語らう。それは優雅に。そして耽美に。時に妖
艶に…。
こんな僕でも彼女は必要としてくれる。生まれて初めて人に認められた気がする。両親に
だって見捨てられた僕だけど、彼女は僕を必要としてくれる。
「愛してる。」
彼女の細い首筋に、僕の異形の指が触れる。陶器のように透き通った肌は、神聖で侵しが
たいものがある。だからこそこのまま、過去と未来のようにずっと…ずっと…繋がってい
られるなら、僕にこれ以上の幸せは無いだろう。
「いやがったなぁ!この、ドチクショウがぁ!!」
怒声。突然の。えらく野太い声がした。ロマン漂うこの空間とはおよそ縁の無いような、
汚い声である。そして、それは一つではなかった。
「ふぅう。見つけたぜえ…。この化け物野郎が!!」
がさがさと、森の木々を掻き分けながらヒゲ面のごつい男達があらわれた。その手には、
斧や桑、剣などの武器があった。
「…なんなんだ?あなた達は?」
僕は震える声を懸命に押し殺しながら、彼らに問いかける。…彼女だけは守らなきゃいけ
ない。
「わからねぇか?化け物ォォ…!!くたばれえええ!!!」
ぶんぶん風を切りながら、凶器が彼に迫る。
「うわああああああああ!!!!」
ドシュッ!!
わけもわからないまま、深くめり込んだ凶器が僕を引き裂く。
静かな月の下、真っ赤な花が咲いた。
流れるスローモーションの世界、そして、か細い彼女に声を聞いた…気がする。
―――三ヵ月後
豪奢なシャンデリアと、荘厳なドレス。栄えたタキシードに身を包んだボーイは、広い会
場を所狭しと走り回っている。
「ぃようこそ!諸君!今日は、我がゴンザレス家のパーティに出席してもらい、まことに
有難うございます。」
大きな腹と、大きな顔。立派なひげを蓄えた巨漢、イデッカ・ゴンザレスが大声を張り上
げる。大きな体に見合っただけの大きな声を張り上げる。そして、ながながと今日までの
いきさつや、つまらないジョークを交え、スピーチを続ける。
「最後に……今日は、存分にお楽しみください!!」
言い終わって数秒後、歓声が上がった。それが、彼のスピーチに対しての賞賛でもなけれ
ば、パーティへの歓迎でもない。『つまらないスピーチを有難う』という、皮肉が込めれ
らたモノだということを彼は知らないのであろうから、おめでたいものだ。
今日は貴族ゴンザレス家の道楽、立食パーティである。ウェイスターは、このパーティに
身分を偽って潜入し、ある人物を探していた。
その人物とは大物議員キンギン・ワイロゥ。ゴンザレス家に係わらず多くの貴族と関係を
持ち、自分の利権だけを確保する議員あるまじき悪党である。ワイロゥを始末するのが、
今回のテロ組織「カミカゼ機動隊」から下ったウェイスターの任務だった。
周りとあまりうかないように気をつけながら、ウェイスターは辺りを見回していた。…し
かし、見回す限りの人ひとヒト…。特定の人物を探し出すのは困難だった。ましてや、ワイ
ロゥにはいつも身辺警護の人間が幾人もついている。発見しても手を出せない。考えあぐ
ねいていると、一人の女性が目に留まった。
スパンコールをちりばめた立派なドレスにもかかわらず、浮かない顔をした女性だった。
周囲の人間は、わけも無く楽しそうに飲んで食べて語らっているのに、その女性だけ明ら
かにういていた。背中を壁に預け、物憂げな面持ちでグラスに注がれたワインをくるくる
回している。時々グラスに口をつけるものの、ワインを飲む振りをしているだけのように、
ほとんど減ることは無かった。周りの人間が、彼女に声をかけても適当にあしらうだけ。
まるでパーティを楽しんでいる様子は無かった。
そんな彼女に、一人の中年が歩み寄る。顎鬚とオールバックの黒髪が渋い男だった。
「マリー。あんな男のことは忘れて、別の男性を探しなさい。ここは貴族の社交場。お前
にふさわしい男性もいるはずだ。」
「…そうですね。お父様が望むような男性はいらっしゃるかもしれませんね。」
「マリー!」
「お父様がアタシのことを、どう思っているかは存じませんが、アタシはアタシです。お父
様の所有物ではありません!!」
二、三言葉を交わしたかと思えば、彼女は美しいブロンドを翻し、スタスタとどこかへ去っ
てしまった。その中年とは顔も見たくないといった具合だろうか。
「あの男…どこかで?」
ウェイスターは、その中年に心当たりがあった。ワイロゥと友好関係にある貴族だった気
がする。参考資料にあんな感じの人物が写っていたことは確かだ。
「…ドライヴ伯爵殿?」
半ば、博打の要素を含んで、ウェイスターは中年をそう呼んでみた。当たっていればしめ
たもの。外れていてもこの人ごみだ。不思議には思うまい。
「?」
すると、ふと、中年はウェイスターの方を向いたではないか。
「私に何かようかね?」
そして、歩み寄ってくる。パーティの席なので、特に用心した様子も無い。
「これは、これは。ドライブ伯爵殿。ご機嫌麗しゅうございます。」
ウェイスターは予想外の成功に若干狼狽したものの、貴族風の挨拶を交わし、ごまかす。
「ぁあ。…失礼ですが、どちらさまでしたかな?年の所為か、最近記憶力が怪しくなって
きたもので。」
「これは失敬。私はウェイスター・ロビン。お初にお目にかかります。」
すこし、目を細めて中年はウェイスターを眺める。…品定め…と言った方が正しいかもし
れない。
「ロビン…。ロビン…。はて、どちらの家柄かね?」
「ロビン家は、ゴンザレス家に仕える小さいながらも騎士の家柄でして…いやはや、お恥
ずかしい。ドライヴ伯爵に会えただけで、つい声をおかけしてしまいました。」
適当な仕草と嘘の身分。ロビン家などとうの昔に潰えたのだが、どうせ元から下流貴族だ。
ドライブ伯爵が知るよしも無いだろう。あとは、うまくこの男に取り入るだけだ。そうす
れば、ワイロゥとの距離も縮まる。
「ほぅ。ゴンザレス家の騎士であったか。失礼した。私はライト・ドライヴ。ご存知のよ
うにしがない伯爵風情だよ。」
謙遜したように自分の自己紹介をする彼は、わずかばかり哀愁を漂わせていた。先ほどの
女性と何かあるのかもしれない。
「しがないなどとご謙遜を。ドライヴ家といえば、いまやゴンザレス家に迫る勢いではご
ざいませんか。昨年は国王陛下との謁見も果たし、飛ぶ鳥を落とす勢いと世間ではうわさ
されております。」
我ながらよくもまぁ嘘が出るものだ。そんなことは一つとて思ってはいない。ただ、ドラ
イヴ家が、急成長であることはデータが裏付けていた事実である。
「ところで、伯爵。先ほどの女性は?」
「あぁ。あれは、私の娘だよ。」
「なるほど。道理でお美しい。」
「美しい?とんでもない。じゃじゃ馬だよ。アレは。」
「…と、申されますと?」
「ふむ。娘も年頃なのか色気づいてしまってね。悪いムシと関係を持つようになってしまっ
た。」
深々とため息を漏らしている。どうやら、本当のことらしい。『頭がいたい』とはよく言っ
たもので、ドライヴ伯爵の表情はまさにそれであった。
「私としては、どこか身分のある男性と付き合ってもらいたいのだがね。…例えば、君の
ような。」
最後だけは冗談めかしく誤魔化したが、あながち嘘でもないようだ。でなければ、年頃の
娘をこのようなパーティの場には連れてこないはずだ。先ほどの表情は、そんな父親の苦
悩を描いたものらしい。
それからしばらくドライヴ伯爵と話し、それとなくワイロゥの事なども聞いてみた。だが、
これといった収穫は無く、終始娘の愚痴に終わってしまった。
「…では、ロビン君。機会があればまたお会いしよう。失礼する。」
ドライヴ伯爵は、軽く会釈をしてパーティ会場の人だかりに消えていった。
「ごきげんよう。伯爵。」
私もまた、軽く会釈をして背中を見送る。そして、ドライヴ伯爵の進行方向にワイロゥが
いるのを確認した。
「…無駄な時間でもなかったな。」
思わずほくそえんでしまう。千里の道も一歩から…。まずはドライヴ伯爵に取り入って、
ワイロゥと接近するのが無難だろう。私は、そう感じ取った。そして、視線を一人の女性
に向けた。先ほどまでここにいたドライヴ伯爵の愛娘、マリーツィア・ドライヴに。
宴もたけなわ。アルコールが回ったのか、彼女は顔を赤くして、一人たたずんでいた。
テロリストの目は鋭く光る…。