Caku


  積み上げられた酒瓶は、蘇芳(すおう)青鈍(あおにび)常盤(ときわ)と色とりどり。
  それは家の壁面に薄墨(うすずみ)色の影を映す、と途端に影が躍りだす。
  向こうの道端では花売りの女性が花を配っている。
  客が花を手にした瞬間、花弁はいきなりマシンガントークを放って笑い出す。

  「わたしと一緒に、さあ行きましょう。
  今宵は星祭(せいさい)、夜の遊び時、浮かれ宵闇逢魔が刻(おうまがこく)。
  人も人にあらず者も踊る回る夏酔いの夜、さあさあ連れ立って旅立ちましょう?

  星の影が町を歩く、蛍の蕾が花開く。
  雫、雫、ひとしずく。天から零れ落ちた、ひとしずく。
  私と一緒に、さあ行きましょう。巡り巡って、しずくが出会う」

  音楽隊の集団が、金のラッパを吹き鳴らす。口笛吹きが、狂ったように吹き鳴らす。
  雪のように舞い落ちる火の粉は町の教会の上の火の精霊の歌声。
  触れても熱くなく、しかし触れるとひときわ輝く魔法の雪。
  町の窓は全開で、中から笑い声と音楽が鳴り響いた。
  浮かれよかれと騒ぎ立つこの都。ここはスピカ、星と音楽の都。
  ここはスピカ。そして今日は世界で最も美しく、心踊る最高の都。




  人込みの中、騒乱の渦中。
  真っ白な子供が泣いていた、可哀相に、目は真っ赤にはれて泣きじゃくっている。
  背丈の低い子供は、浮かれ騒ぐ人々に突き飛ばされて。押し出されて。
  石畳に叩きつけられる。ああ、誰かが手を差し伸べようとしたけれど、彼の瞳を見るや否
  や途端に、気まずそうに去っていく。
  あんまりにも涙をためたその瞳は、自分の全てを相手に縋ろうとする必死さが見えて。
  どこか壮絶な意思さえ感じる悲しみが、相手を怯えさせ無関係を薦めるのだ。

  誰も差し伸べてくれない笑顔の町並み。七色の都。
  そのどれにも属せない白の子供は、よろよろと立ち上がって、また雑踏をさ迷い始めた。
  カナリヤ色の冴えた瞳が、星の輝きの瞳が、今は澱んで涙に沈んでいる。
  押されて、踏まれて、それでも何かを、誰かを必死に探している涙の子供は誰の目にも映
  らなかった。

  町は笑っているから。笑っていない者に、笑っている者は気づかない。






  祭りの起源?もちろん、知ってるわ。知ったのは昨日だけど。
  スピカの一大イベント『聖マルタンの星祭』、誰でも知ってるお祭りだけど、意外と起源
  は知られてないのね。私もそうだったけど。
  昔、昔。ここは星の精霊の寝床だったの。でも、人間はそんなのお構いナシに都を築いて
  しまった。星は眠れなくなって、輝きを失って夜空は真っ暗になった。
  これに怒った星の王様達は大地に星達を降らし始めた。それって自爆?まあいいか。
  でもとっても強い魔術師が現れて、大地と人々を救った。星に謝罪と慰めを捧げ、星達が
  ここで安らげるよう、星の都を築くと約束した魔法使い。
  彼のおかげで、星は天空に戻り、地上に平和が戻った。めでたし、めでたし。
と、
  言うと意地悪っぽく姉様がたが嬉しそうに聞き返した。

  「……本当に?」





  おかしな仮面のピエロが、硝子色の風船を手渡す。
  赤い笑顔と蒼い泣き顔の半分づつの顔、星型の目と月型の唇は、笑っているのか泣いてる
  のかよくわからない。

  「そこの可愛いおじょうさん!贈物のお返しは笑顔でお支払いただきたい!」

  大きな声に、猩々緋(しょうじょうひ)色のサルが、三角帽子をとってお辞儀する。

  「そこの不思議なおじょうさん!祭りの対価に微笑を頂戴したい!」

  わらわらと、群青色の小鳥が小さな白い花を持って舞い降りる。

  「そこの人魚のおじょうさん!夏祭りの参加資格は微笑を捧げていただきたい!」

  なんだか役者に囲まれて、ようやく私は皆が笑顔を求めていることに気がついた。
  そんなに笑ってないように見えるのかしら?母様は私をいつも「人魚という魅惑種である
  のに、どうしてお前は無愛想なのだろうか」と不思議がっていたけれど。
  やっぱり陸の人たちにも私は笑っていないように見えるらしい。うーん。
  いつまでも私が笑わないことに、ちょっと煮え切らなくなったのか、ピエロは風船を途端
  に割りはじめた。中から溢れんばかりの子兎が出てくる。羽根の生えた、赤いリボンの兎。
  周囲の人々はわあぁ!と感激して拍手喝さい。うん、皆楽しそうな笑顔。私もつくらなきゃ。

  「………」
  「………」
  「………」

  ど、どうしよう。場が固まってきた、硝子色の風船を見ると、笑ってるというよりぼんや
  りしてるって感じ。上目使いだと、なんか不機嫌そう。なんとかしなきゃ。
  ピエロやサルや小鳥が私の顔を覗き込む。皆待ち望んでいるらしく、雰囲気が早く早くと
  急かしてる。それでもやっぱり、私の顔の表情筋は思うように動いてくれない。


  両手で唇を吊り上げて、指で微笑みを作ってみた。これなら笑ってるよね?
  なかば「こう?」と結果を皆に見せてみたけど……

  とりあえずその場は凍ってしまった。やっぱり駄目だったらしい。
  うーん、笑顔。笑顔。難しい。あの子にもよく言われるので今度から練習しよう。




  私の名前?私はね、下弦。月の半分の名前、あの下弦。
  綺麗な名前でしょ?半分、だからもう半分の『私』は上弦っていうの。男の子だけど。
  今日は、半分の私であるあの子と会う日。用意はばっちり。
  あの子に教えてあげよう、この祭りのお話を。ゆっくり優しくいつものように。
  二人で寄り添って、あの子は嬉しそうに大きな尻尾をぱたぱたさせるの。
  私が本を読んであげると、本当に子供みたいに真っ直ぐな瞳で笑ってくるの。世界一可愛
  い弟。
  今日は準備万端よ?お金も母様からもらってきたの、あの子に「りんごあめ」とか
  「きんぎょすくい」をおごってあげる為に。想像できる、あの子の可愛い笑顔。
  私が笑わない分、あの子はとっても表情豊か。くるくるよく変わる顔が、とっても可愛いの。


  私は、海の女王の娘。40番目の娘で、王位を継ぐ。
  40番目なのに、どうして王位継承者なの?それは私が母様の一部だから。私は母様の心
  臓の一部、右の心臓の化身としてこの世界に肉体を得た存在だから。
  お姉様がたは39人、意地悪でちょっと腹黒いけど、いつも私の髪を梳かしてくれる素敵
  な姉様。
  姉様達は、王位継承なんてちっとも望んでいない。めんどくさいみたい。
  人魚ってもともと群れは作るけど、基本的に愛の種族だから愛は王位より素敵なものよ 
  とこれは27番目の姉様の言葉。
  王様になったら、恋もロマンティックな岩場の語りも出来ないわ これは12番目の姉様
  の言葉。
  いつも朝方に姉様がたは陸から帰ってくる、陸の恋人と一夜を過ごして、どれだけそれが
  美しかったか披露するために。母様はいつも溜息まじりに私に語るの。

  「お前は陸で遊び歩くような娘に育てたくないものだ」と。

  ごめんなさい、早速陸で遊び歩いてます。



  陸、地上。大地の世界。
  実は海の種族にとって、陸はさほど遠い世界ではない。姉様がたは、いつも陸にあがって
  は戻ってきて、私にお留守番のご褒美をくれる。
  この前は天体望遠鏡。空の海を見る道具、らしい。空の海には星というきらきら光る宝石
  があって、さすがにそれは人も魔物も届きはしない。だから、見上げる。見るための道具。
  こっそりポケットにはその望遠鏡が入ってるの。手のひらに収まってしまうぐらいのルー
  ペみたいな。これを空の海に向けると、星が見えるらしい。とてもとても綺麗に。
  まだ、今はまだ。
  だってこれはあの子と一緒に見るの。あの子に見せて、びっくりさせてあげる。
  それを思うとわくわくしてくる。顔、笑ってないけど。


  だからかな?
  思わず思考に気をとられてた私は思わずキリンの人形が持ってた風船の束に突っ込んでし
  まった。
  ぶわぁ と広がる風船。空が、視界が様々な色に染まる。風船の何百、何千の色。
  水の中の泡のような風船の乱舞の中、私はふと目の前に異物があることに気がついた。
  白。真っ白な色の存在がある。
  風船の景色の向こうに、白い子供がいる。

  空に向かう風船、天空に上る者達のなかで、それはただ一人地面に這いつくばっていた。




  子供だ。真っ白な雪より白く、まるで時間の川に流された流木のような、洗われた白。
  瞳は鮮やかなカナリア黄金。見上げた星の輝きに、とてもよく似ている。
  私は、思わず声をかけてしまった。祭りの掟に背いて。


  「……どうしたの?」

  びくっと、子供が怯えた顔になった。ただでさえひどい泣き顔が、さらにくしゃくしゃに
  なる。
  無理もないかなぁ。私も頑張ってるけど、いっつも無表情にしかならないこの顔が憎い。
  笑顔さえ出れば、この子もあの可愛い私の弟も、私を見て微笑んでくれるのだろうか?

  「……ほら、ひどい顔。お祭りの日は泣いちゃ駄目ってお母さんに言われなかった?」

  傍目から見たら怒りを通り越した無表情な言い方かも。
  子供を泣かせないように、私はハンカチを出して子供の目じりに当てた。子供がじぃっと
  私を見る。
  あ、なんか似てる。あの子に。

  「………会いたかったんだもん」

  ほらね。やっぱり似てる。
  あの子も、よくちっちゃい頃そういってたの。馬鹿なの、私の家まで徒歩で来ようとする
  んだもの。
  海底山脈、珊瑚礁の岸壁、船の墓場…様々な場所を通らなければいけない人魚の宮は子供
  が一人で来れるような場所じゃないわ。案の定、いつもあの子は途中で迷う。
  朝方、姉様方が陸から帰ってくる途中に、いつもあの子を道中で拾って連れて帰ってくる。
  あの子は涙目で私にすりつく。姉様がたは可愛い可愛いと、くすくす笑う。
  可愛い弟ね、とか ここまで来るとペットみたいよ、とか、愛犬はお家の道筋を覚えるそ
  うよ?とか。

  「お母さんは?君のお家は?」

  「そら…うえ、お母様に会いたい、帰りたい…」

  うえ?そら?意味不明。
  後半の単語で母親とはぐれたのだと解釈。迷子ね、この祭りの騒ぎでは当然かも。

  「はぐれたのね……」

  「うえぇ…お母様…帰れないの……だれも気づいてくれないから…ひぐっ」

  溜息、思わずポケットのルーペに手を伸ばした。
  この子どうしよう、私には可愛い弟が私を待ってる。この子を誰かに預けようも、誰もが
  騒乱の騒ぎの中、誰も泣き顔の辛気臭い子供を引き取るなんてしないだろうし。

  「…」

  私は立った。子供から離れて歩く。
  子供は呆然として、そして深くうな垂れる。絶望と悲嘆にくれて。

  「なにしてるの?」

  「え?」

  子供が顔をあげる、私を真っ直ぐに見る。どういうこと?と瞳で聞いてくる。
  5歩ほど離れた距離、で私は子供を無表情に見下ろしてるんだろう。

  「…お母さん、会いたくないの?」

  「会いたい!」

  「帰りたくない?」

  「かっ、帰りたい!」

  つまってる。一生懸命すぎて舌がもつれてる。可愛いかも。
  そう思ってもやっぱり笑顔は出なかった。かわりに、なるべく声を穏やかにして問いかける。

  「だったら来るの、自分で歩かないとお母さんのところまでいけないわよ」

  「………うん!」





  子供の手を引いて、ふと立ち止まった。
  重大なことに気がついてしまった。立ち止まった子供は私にぶつかって、上目遣いに見上
  げてくる。




  「…うえ、かえるの」

  「どこに行けばいいの?うえだけじゃわからないわ」

  「…とけいとうに、行くの」

  「とけいとう?」

  「とけいとう」


  ……………………時計塔って、どこですか?
  私は子供の手を繋いだまま、無表情に困惑したわ。





                                マリムラ 


  外へ出てはいけないよ。
  太陽なんて眩しいものを見たら、目がつぶれてしまうからね。
  どうせ人はオマエを見やしないんだ。
  人は見たいものしか見ないからね。



  何かある度、爺ちゃんはそう言っていた。
  アレは口癖だな。口調まで真似して言えるモンね。

  大体、爺ちゃんはうるさいんだよ。いつも細かい規則でボクを縛り付けてばかり。
  ココにだって、朝は来るんだよ? といっても、ヒカリゴケを活性化させただけの、紛い
  物の朝だけど。
  そしてボクはココで育った。人が存在すら知らない巨大な地底湖で。
  ココがボクの故郷。穏やかで、刺激のない箱庭。

  口うるさい爺さんだけど、話を聞くのは嫌いじゃない。
  向こうは忘れてしまっただろうけど、忘れられない言葉が時々あるんだ。
  その言葉に惹かれて、ボクは外の世界を夢見てた。ずっと、ずっと、ずっと。

  「外の世界の星空はね、ヒカリゴケのように瞬くんだよ」

  ねえ爺さん、見に行ったことがあるのかい?

  「空はとても高くてね、手を伸ばしても届かないんだ」

  ねぇ爺さん、あんたは触ろうとしたんだね?

  「お祭りっていう、騒がしい日もあるんだよ」

  いつか行ってやる。ずっとずーっと思ってた。そしてそれが今日、現実になる……。




  「おーぅい、ひっく、そこのツノっ子ぉ!」

  偶然見つけた抜け穴を通って、川へ出れると知ったのは一週間前。でもその時は近くに釣
  り人がいて、せっかくのチャンスだったのに外に出そびれてしまった。
  でも、収穫はあったんだ。
  その時の会話が聞こえたからね。星祭りまで後一週間!せっかくの旅立ちの日は、豪勢に
  いきたいじゃない?
  しっかし……初めての接触が酔っぱらいとはね、ツイてないな。

  「オッサン、酒臭いよ」

  人にはツノがないっていうのは聞いていた。あと、水掻きもヒレもない、貧弱な体をして
  るって。
  でも、この人はボクの2倍くらいありそうだ。道端に座り込んで、立ったボクの肩まで頭
  があるんだからデカい。
  しかも変わった服を着ていた。なんだろう……祭り用の特別な服かな?

  物珍しそうに眺めて、ボクは通り過ぎようとする。ぺたぺたぺた。
  でもオッサンは片方にひょうたんを、もう片方に小さな服を持った腕を伸ばして、ボクの
  行く手を遮った。

  「オレの子さぁ、祭り用にわざわざ遠くから取り寄せた、ひっく、この、ひっく、あー
  うっとおしいなぁ、そうそう、この服いらないんだとさー」

  よく見ればオッサンのソレとお揃いらしい。サイズだけ違う、同じデザインの服みたいだ。

  「しかもふざけるなって話だよ、ひっく、女房だった女がさ、ごほっごほっ、エーと、どこ
  まで言ったっけナァ、ああ、子供が泣くから祭りが始まる前に街から消えろときたモンだーぁ」

  「だから何?」

  よくわからないな、ヤケ酒の理由を聞いて欲しいだけなのか?
  日が傾き、日差しが弱くなってから出てきたお陰で、祭りが始まっちゃいそうだというのに。

  「用件はそれだけ?なら、ボク行くよ」

  手を押しのけて通ろうとして、男の豪快な笑い声に立ち止まる。
  男は腰を下ろしたまま、こっちの顔をめがけてさっきの服を投げながらなお笑った。

  「ガハハハハハハハハ!オマエ気に入ったよ、ひっく、ヒャハハハハハ!」

  「何すんだ、テメェ」

  払い落とそうとし、男の声が止まったことに気付く。
  一体今度は何なんだよ。思わずキッと睨め付けて、男の表情に驚いた。なんだか穏やかな
  顔でこちらを見ていたから。
  ちょっと自分の対応を反省しそうになるくらい、その目は優しくて。

  「貰ってやってくれや。誰かが着てくれた方が、服も喜ぶってハナシだ」

  しんみりと、そう言った。
  で、でも、オレは間違ってないぞ。酔っぱらいに絡まれたら、誰だって逃げようとするよな?!
  自分に言い訳せずにいられないくらいには、罪悪感が掻き立てられる。

  「それに、腰巻きだけじゃ寒いぜ少年」

  カチン。

  「少年じゃねーよ、何で勝手に決めつけンだよ!」

  思わず蹴りで昏倒させて、サスガに悪いことをしたかもとか思い始める。
  でも、さっさと行かないと、祭り、終わっちゃうかもしれないし。
  街の方と手元とを何度か見比べて、仕方がないので着てみることにした。



  ……で、今に至る。
  ボクはリヴィエラ。青竜と人間の血を引く水辺の民。
  といっても、ボクは信じちゃいない。爺ちゃんももう少し、信憑性のある話をすればいい
  のにね。話の半分は冗談なんだから。
  ああ、畏まらずにリヴィでイイよ。今とっても気分がいいんだ。
  街にはいろんな色が溢れてて、いろんな匂いがして、とても賑やか。
  ボクのことを見えないフリする人もいるけど、気付く人もいるもの。そう悪い気分じゃな
  いね。

  そういう話を街路樹にしながら、ぺたぺたぺたと歩き回る。

  さっきなんか風船貰っちゃったモンね。
  拾ったコインでイカ焼きだって買っちゃったモンね。
  ほら、外の世界は怖くない。爺ちゃんは大げさなんだよ。
  イカ焼きを食べながら、ボクは笑う。

  慣れない人混みでクラクラするから、ちょっと休んで、また探検しよう。

  でも、街の明かりが名残惜しくて、すぐ戻って来るつもりでも後ろ髪がひかれて。つい後
  ろ向きに歩いてしまった。

     ドンッ

  「うわっ! ゴメッ」

  誰かにぶつかり、肩を竦める。怒られるかと思ったのに反応無し。
  おそるおそる振り返ると、無表情に佇む人魚と小さな白い子供がいた。

  「……とけいとうに、行くの」

  ぽつりという子供。傍らの少女はあいかわらず無表情。
  怒っているのか普段からそうなのか、あまり身動きすることなく少年の手を引いている彼
  女に、ボクは笑いかけてみる。
  ……ダメか。
  子供の頭を優しく撫でて目線を会わせるように屈むと、子供が縋るように見上げてきた。

  「ボクは詳しい場所知らないんだけど、さっきぶつかったお詫びはしたいな。一緒に探し
  てみようか」

  言ってから、少女が迷惑に思っていたりして、とか考えてしまう。
  目尻の上がったキツめの目で少女を見上げると、やはり無表情。
  でも最後に、小さく頷いてくれた。 





                                葉月瞬


   星の光が降る夜、祭囃子に囃し立てられている町の中に少女はいた。
   明かりに照らされて煌く銀の髪を風に靡かせて、色白な肌が灯火に照らされて橙色に照
  り映える。銀髪の色素の薄い少女は、呆けていた。途方に暮れているようにも見える。
   少女は、何をするでもなく、何処を見るともなしにただ、祭囃子に耳をそばだてていた。
   檸檬、橙、紅、浅黄、萌黄、鶯、象牙、薄墨……七色の光を纏った妖精が目の前を通過
  していく様を、眼で追いながら少女は考えていた。

  (…………何故、ワタシはこんなところに居るのだろう?)

   試しに記憶を遡ってみる。
   最初に上がったのは、常に行動を共にして来た赤髪の女魔術師、オプナだった。
   そして、その女[ひと]が常にして来たように何故自分の手を繋いでくれていないのか、
  不思議な面持ちで自分の手を眺めやりながら考えていた。
   次に浮かび上がって来たのは、「スピカへ行こう。今の時期ならば夏祭りの頃合だから、
  きっと楽しめそうよ」と笑いながら言ったオプナの横顔だった。
   そうだ。ここは、スピカと言う名前の街なのだ。
   スピカ――星と音楽の町、スピカ。旧暦の夏の終わり頃、今の初秋に『聖マルタンの夏
  祭り』という一大イベントを催す事で有名だ。起源は正確には解らないが何百年も前、まだ
  魔物と人が区別もされず同化していた時、スピカのある場所は星と空の精霊の寝床だった
  のだそうだ。そこに都市を築いてしまった人々に、精霊が怒って星達を雨あられと降らし
  始めた。文字通り空から流星の雨が降ってきたのである。それを止めたのは、偉大な魔術
  師であった。とっても力の強い魔法使いだったという。その魔法使いは精霊に謝り、彼ら
  を慰め、そして人々と魔物を守った。そうして彼は聖人として都市の英雄になった。彼の
  聖人はマルタンと言う名だった。
   彼を讃える為に催したのが、『聖マルタンの夏祭り』なのだと、先程少女に赤い風船を
  渡してくれた泣き笑いの仮面を被ったピエロは言った。
   ピエロは更に、こう付け足した。

  「一つ、絶対喧嘩はしちゃいけない、相手が涙を流してしまうから。
   二つ、絶対涙をながしちゃいけない、悪魔が涙を見つけて喜ぶのだから。
   三つ、絶対泣いてる子供に気がついちゃいけない、一緒に夜空も泣いてしまうから」

   最初何の事かと訳が解らず、少女はその無感情な青灰色の瞳で祭囃子の中へ消えていく
  ピエロの後姿を見送っただけだった。

  ――喧嘩って何? どうして泣いちゃうの? 涙って、何?

   少女はやっとの思いで想い出した。
   自分が何故、この町に居るのか。自分が何故、オプナと逸れてしまったのか。
   目を奪われていた。煌びやかな祭りの明かりに。祭囃子に。色取り取りの服を着て、笑い
  ながら駆け回る人々の群れに。だから、オプナと繋いでいた手が離れてしまっても気が付
  かなかったのだ。今頃自分の名を呼んで、歩き回っている事だろう。「クロース」と。
   そう。少女は名を、クロースといった。


      ━━━━━━━━━━○━━━━━━━━━


   周囲の華美な装飾に、目を泳がせているクロース。ふとその淡白な瞳が一所に止まった。
   煌びやかな四色の尾ひれをこれ見よがしに左右に振っている人魚を、目の端に捉えたか
  らだ。人魚――確かに人と魚の中間くらいの容姿なのに、それは何故か中空を浮いていた。
   それから、その人魚の後ろを付かず離れず歩いている少年だか少女だかにも目が留まっ
  た。彼――彼女?――は額から角が突き出ているのが印象的だ。耳が垂れ下がっているの
  も、手足に水掻きが付いているのも人間とは明らかに違う。その人間とは明らかに違う者
  が、人間の創作物である半被[はっぴ]を着ているのだ。不可思議と言えば不可思議である。
   更に人魚が手を引いている少年はクロースと同じ白髪だった。それに――どこか人間以
  外の匂いを感じる。
   クロースは何故か興味をそそられ、付いていく事にした。動いてはいけない場所を離れ
  て――。


   祭りの華やかさ、賑やかさとは打って変わって三人は静かに歩いていた。まるで何かを
  探すかのごとく周囲に目を配らせながらどこか気もそぞろな感じで歩いている。クロー
  スはそんな三人の後ろを、付かず離れず静かに付いて行く。声を掛けるでもなく、ただ黙
  々と三人の後姿を追っていくのだ。その様子はまるで何かに取り付かれたかのようだった。
   三人の直ぐ後ろ、と言うわけではなく少し離れたところを歩いているので、ばれてはい
  ない様である。今のところは。


   暫くの間、そんな密やかな追いかけっこが続いていた。クロースはそれを、密やかな楽
  しみにしつつあった。
   そんな折。
   人魚の少女がふと徐にその歩み――浮遊か?――を止めるとポツリと言った。

  「誰か、付いて来てる」

   無表情に、平時と変わらぬ声音だった。
   そんな人魚の様子に、半竜人だかなんだかの少年のような少女が吃驚する。そして、慌て
  て後ろを振り向く。
   クロースはそこに居た。
   別に隠れるでもなく後を付回していたので、直ぐに見つかってしまった。人通りの多い
  通りだと言うのに、その色素の薄いシルエットは嫌に目立った。そして、白いシルエット
  の中で、赤い風船と薄紫のフリルが付いた服はもっと目立って印象的だった。
   人魚の少女が顔色一つ変えず、クロースに誰何の声を掛ける。

  「そこにいるのは誰? 如何して付いてくるの?」

   それに答えるようにクロースが言う。

  「…………解らない」

   そのクロースの答えに半竜人の方が、怒って堪らず口を挟む。

  「解らないって、お前なぁ! 勝手に付いて来てるのはお前の方だろぅ!」

   そんな三人のやり取りを素通りするかのように、白い子供がクロースの方に近付いていっ
  た。そして、クロースの目の前にやってくると立ち止まり、クロースに向かって言った。

  「とけいとうに、行きたいの」

   クロースは初めきょとんと白い子供を無表情に見下ろしているだけだったが、やがて徐
  に口を開いて思わぬ事を口走った。

  「…………時計塔…………ワタシ、時計塔、知ってる」

   そう、そこはつい数時間前にクロースが通り過ぎた場所だったのだ――。 





                               Caku


  その威容は町を支配するが如く、見下ろす視線ははるか地上。
  時計塔は気がついた、無粋な侵入者に。

  ああ、誰だ。絶望を弄る者、悲嘆を掘り起す者よ。

  そう語っているように、本来の役目たる時計の秒針は地上を串刺しにするかのように
  切っ先をすべて下に向けて。
  本来連歌色の塔の外壁は、なぜかこの暗闇よりもなお黒く、見る者に不安と恐慌を呼び覚
  ます。






  不思議だね、なんとなく引き寄せられたように。
  角の子供と不思議な少女と自分は、まるで光に引き付けられた夏の虫のように
  この、手を繋いでいる子供へと集まったみたい。

  真っ暗な道を、歩いていく内に気がついたの。
  この子、この不思議な白い子が光を放ってることに。珊瑚が、満月の夜に自分達の子供を
  月の光にくるんで潮に託すときのような、そうこれは光。
  光る砂みたいな輝きが、歩くたびに足跡を引いて、そしてすぐに消える。

  さらさら、さらさら。

  廃屋と崩れた木々の、恐ろしい場所にあっても、いやあるからこそ、この子の光は強くなる。
  銀の輝き、星の色だ。私はそう思った、これは、この子は“星の子供”だ。

  「綺麗だね」

  隣を並んで歩いていた水棲の子がそういった。一角獣のような角を持つ子だ。男の子かな?
  淡水の香りがする、多分この子は湖水の民だ。

  「体中が光ってるよ、さっきの祭りのなかじゃあわからなかったけど」

  うん、さっきは分からなかった。
  このささやかで控えめな輝きは、あの明るく強い色彩に負けていて見えなかった。
  子供は、不思議そうに私達を見上げる。
  この子が星の子供なら、どうして大地にいるのだろうか?
  ああ、うえに帰れないとは、空に帰れないということか?でも、時計塔っていうところに行けば
  帰れるのだろうか?そこはそんなにも天空に近い場所なのだろうか?


  「時計、塔」


  ぽつりと、水の波紋を音にしたような声が響いた。
  それは、あの陶器人形のような少女から響いたと気がついたのはそれを見てからだった。
  高い高い門構え、茨の蔦と氷の氷柱でできたみたいな不恰好な門。ひどく心が不安になる。
  しかも、誰かの力でへし折られてるみたいに、ひしゃげてる。
  誰か、先にここを壊して入っていったみたいだ。

  「ねえ、先に誰か入ったのかな?」

  「………」

  お人形、みたいなその女の子は断ち切られた門を見つめて、首をかしげるだけ。
  角の子も、なんだか薄気味悪そうに辺りを見回している。うん、ここは良くない場所だ。


  子供の光がはっきり分かるほどに輝いてくる。
  陸のお話で、旅人を導く最も清浄な星は北極星という。自分が空を見上げても、それがそれだか
  わからないけど、きっとその光は目の前の子供のような光だろうと、訳もなく思った。
  導く光は、目に見えるもの。わかるものだ。
  光は闇にとって、攻撃する対象の目印にもなる。



  Ruuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuu−−−−−
  Ieeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee−−−−

  この響く旋律は、どこから聞こえるの?

  Aruuuuuuuuuuuuuuuuuu−−−−−

  風?ううん、風はこんな音じゃない。もっと無機質でもっと硬いものだ。
  生身を剥がすような怖気に襲われて、触覚がピン!と立つ。


  weeeeeeeeeeeeeee−−−−ruyeeeeeeeeeeeee−−−


  陶器人形のような女の子が敏感に反応した。
  名前、まだ聞いてないね。馬鹿、何考えてるの自分。こんなときに。
  角の子も「何っ!?なんだよっ」と異常事態を察してる。

  子供が身震いして、しがみついてきた。
  光はそれでも子供の内から溢れ出て、いや闇に比例するように辺りを照らす。
  歌が聞こえる。あどけなくて、でも確実に迫る闇の歌。

  Rairairairairairairairai………
  Rairarararar………Airrarararara−−−−−

  思わず羽根が逆立つのをとめられない。
  子供のような無邪気な歌声に、深深と我が身から沸き起こる恐怖と…なぜか、痛み。




  「走って!!」

  思わず声を上げた。早く!早く!!ここを離れろ、と体中が叫んでる。
  足のない自分が、水から跳ねるように空中で宙返りする、あるはずのない水面の波紋が、魔法
  の波紋を空間に刻んで、蒼色に光る。
  同時に何かがあちらこちらでもぞりもぞりと胎動しはじめた。影だ!

  それを合図に、時計塔の入り口まで走る自分たち。
  別に中に入れば安心、だなんてこともないだろうけど。この場所にいると恐怖に犯されて
  しまう。
  ここは、入り口だ。時計塔の入り口であり、闇の入り口でもあるだ!
  一番足の長い女の子が、もつれて転びそうになった子供の手をひいて走り始める。
  角子は、服の裾をひるがえして駆ける。

  雫が水面に落ちたような波紋の魔法印めがけて、影が殺到する。
  彼らは光に反応するみたいで、魔法印の光を食べつくすと、子供の光を見て貪欲に笑う。
  うん、顔も口もないあの黒い影が笑い、こちらを見ているのが分かる。
  あの魔法、水の魔法であったはずだが、発動前に食われた。魔法自体を食べるなんて聞いたこと
  ない!!


  さあ、時計塔の入り口はもう少しだ!
  幸い、先客かあるいは誰かが扉をあけて、中には松明の光がある。
  ここは大丈夫だよ、少なくとも影は入って来れないよと囁きかける。あそに!早くあそこに!

  転がるように、子供、銀髪の女の子、角子と最後に。
  間に合わない!尻尾にぞわぞわと撫でる影の感触が、思わず泣きかけたその時。


  「あっち行けぇぇぇーーーー!!!」

  角子が松明を私の後ろに投げた。頬を掠める火の粉が熱い。
  と、肉か水か、はたまた別の何かが燃えるような匂いがして影は悲鳴をあげた。


  Hiiiaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!


  腕を引っ張られて、最後に私が水から引き上げられた魚のように尾を引く。
  バタンっ!!と扉が閉まる。



  松明が、ちりちり燃える。
  石畳の、古い壁。鼠と羽音の声が聞こえる。
  あとは、荒い呼吸を繰り返す私達の声と心臓。誰も喋ろうと、喋れない。

  しばらく、呼吸音だけが響いた。


  「……な、なんだよアレ……」

  「…………」

  「…ドキドキした……」

  「ああ、はぁ……はぁ、そうだね…ってえぇ!?先にそっちなのか!」

  角子の言葉に、何か場違いな事を言っただろうかと首をかしげる。
  ふと、ぐったり倒れこんでる子供を尾っぽで持ち上げた、大きな瞳が、めいっぱい開いてる。
  多分、びっくりして呼吸も止まってるんじゃなかろうかと思う。可愛いかも。

  「…でも、まだドキドキすると、思う」

  ぽつりと女の子が言った。
  彼女は外に繋がる階段を見て、指をさした。

  「外に、出ないと……うえに行けない」

  「げ、マジで……」

  とりあえず。
  私は呼吸をおちつけて、忘れていた重要なことを発言する。
  大事なこと、とっても大事なこと。とてもとても大切なことを。




  「……とりあえず、全員自己紹介してみよう」





                               マリムラ


  「私は下弦。月の半身。海の女王の養い子よ」
 
   ぼんやりと無表情のまま名乗る人魚。
   悪気は感じないんだけどナァ、何で笑わないんだろう?
   そういえば下弦って月の形の名称とかそんなんだっけ。
   こんなことならもっと外のことを勉強しておけば良かったなぁ。
 
  「……あなたは?」
 
   僅かに首を傾げ、やはり表情がないままの人魚に問いかけられる。
 
   爺さん意外と話したコトってあんまりないし、話したことあっても竜の末裔とか名前っ
  ぽくない呼ばれ方をしてた。
   大体爺さんが変化した姿って、どう見ても竜じゃないんだけどね。よくて蛇のでかいの
  とかそんなカンジ?あ、でも蛇でもないな。エラあるし、角あるし。なんか飛び魚みたい
  な羽根っぽいヒレもあるし。足には爪の代わりに大きな水掻き。やっぱり竜玉持って天空
  を駆けるような竜とは全然違うよ。爺さん達の夢物語には付き合ってられない。
   ボクは幼生だからまだ変化出来ないって聞かされてたけど、大きくなってから変化出来
  るかどうかも怪しいと思ってる。だってボク以外に若い子は見たことないし、だったら爺
  さん達の方がボクみたいな姿に変化しているのかもしれないって思うじゃないか。
 
   えーと、脱線脱線。そう、だからボクの名前は自分で付けたんだ。
   どこかの言葉で川という意味のリヴィエラ。音の響きが気に入ったんだよね、素敵な名
  前だと思わない?
 
  「リヴィエラ、リヴィでイイよ。湖水の民って呼ばれたこともあったかな」
 
   吊り上がった大きな片目で、笑った。
   よし、大丈夫、おかしくない。……と思う。
   爺さん、知識量だけはなんか凄かったからナァ。頭の中に図書館があるカンジかな。
   って、図書館も行ったことないや。行ってみたいなぁ、一応字とかは習ったんだけどなぁ。
 
   色の抜け落ちた人形のようなもう一人の女の子は、やっぱり特に表情もなく立っている。
   祭りの騒ぎの中で見た他の女の子達は、もっと表情豊かで自己主張が激しかった気がす
  るんだけど。何でこの子達は表情が乏しいんだろう。
   あれ、爺さんが前に言ってた「人見知り」ってヤツなのかもね。
 
  「で、キミは?」
 
  「…………クロース」
 
   色のない子はそう言った。
   何だろう、クロース……意味が思い出せないや。
 
   とりあえず驚きで口も利けない状態の光る子は自己紹介を後回しと判断。
   名前だけは聞いておいた方が呼ぶときに便利なんだけどね。
   というわけで、私的に彼の呼び名は「星の子」に決定。だって光る姿が空に浮かぶ星達
  の仲間に見えたんだもの。
 
  「えーと、どうする?上に上がるの外の階段しかないんだろ?」
 
  「…………そうみたい」
 
   小さく頷くクロース。
   えーと、とりあえず女の子と子供は守らなきゃ、だよな。
   何か方法、ないかな……。
   さっきのことを振り返り、一つの疑問に辿り着いた。
 
  「ね、さっきさぁ、魔法喰ってた化け物、松明避けてたよね?」
 
   うろ覚えのまま二人に質問。
   無我夢中で詳しくは思い出せないけど、確かそうだったはずだ、と思う。
 
  「……多分、炎は苦手なんだと思う」
 
   下弦が呟くように答えると、クロースも小さく頷いた。
 
  「魔法を食べる魔物なんて…………初めて見た」
 
   そう、魔法を食べるとなると、魔法で突破が期待できないのだ。
   しかも見た感じ、二人ともそっち方面が得意そうだったりするし。
 
  「よし、松明を沢山作ろう。明かりが消えたらココにいても無事でいられるとは限らない
  からね。それになにより『星の子』が上に行くのを望んでる……」
 
   そう言うと、ハッピを脱いで、下に巻き付けていたサラシを解き始めた。
   松明を沢山作るとなると、棒きれに油を染み込ませた布を巻き付けるのが手っ取り早い。
  と思ったのだ。
 
  「あ」
 
   どちらの声かはわからなかったが、少女が驚きの声を上げた。
   サラシを解きつつ、顔を向けることもせずに声をかける。
 
  「大丈夫大丈夫、どうせ殆ど胸なんて無いんだし、上から羽織るモノもあるから」
 
   知識として羞恥心というモノは知っているが、それまで腰巻き一つとか、その程度しか
  身につけた覚えがない。寒くなってくるかが気にならないとは言わないけど、他の子の服
  を犠牲にするよりもずっと適当だと思ったのだ。
 
  「で、必要なのは……棒だよね、棒」
 
   外し終わり、ハッピを再び羽織ると、小さな袋から植物の種を取り出す。
   掌に乗せ、じっと見ることしばし。
   いきなり芽が出たかと思うと、ソレは驚異的なスピードで成長し、枯れていく。……残
  されたのは不自然に立ったまま床に置かれた小さな枯れ木だった。
 
  「……ムリさせてゴメンな」
 
   木を一撫ですると、枝を一本一本折っていく。松明に使えそうな枝が何本か揃うと、リヴィ
  は振り返った。
 
  「ボクの特技、植物操作なんだ……やろうと思えばこんなコトもできる」
 
   少し悲しそうな表情を浮かべたが、一拍置いて思い直したように伸びをすると、にっこ
  り笑ってサラシを拾った。
 
  「あ、適当な長さに切ってくれる?」
 
   サラシをクロースに渡すと、クロースはふるふるふると首を横に振った。
 
  「ワタシ、魔法使えない…………」 





                                 葉月瞬


  「ワタシ、魔法使えない…………」
  「えっ!?」

   クロースが何気ない表情で、当然の如く呟くとリヴィエラと名乗った少女は驚きの眼差
  しをクロースに向けた。まるで、魔法が使えないのが意外だとでも言うように。
   魔法が使えない。このメンバーの中で魔法が使えないのは、クロースただ一人の様だ。
  星の子は未知数で、魔法が使えるかどうかは定かではないのだから。クロースにはそれが
  良い事なのか、悪い事なのか解らなかった。ただ、リヴィエラの意外そうな顔と下弦の無
  表情だが驚きを隠せない顔を見ると、少し自分が無力なのではないかと思うようになって
  いた。

  「……しょうがないなぁ。貸してみ」

   リヴィエラは諦めた表情を見せて手を差し出した。クロースはその手に先程渡されたさ
  らしを乗せる。するとリヴィエラは手に持っていた水風船に何事か言葉を呟くと、さらし
  に向かって水風船を垂直に掲げた。するとどうだろう。水風船はその場で回転を始め、更に
  加速させていって無数の水の刃を作り出していた。そして、風船を割ると水の刃は、さら
  しをそのまま適度な長さに寸断していった。

  「……私も」

   下弦もそんなリヴィエラを見てか、さらしを手に取ると水の刃で適度な長さに寸断して
  いく。まったくの無言で。その様は畏怖さえも感じさせるほどに、凄まじかった。
   適度な長さに寸断されたさらしを、先程リヴィエラが作った木の棒の先っぽにぐるぐる
  巻いていく。そして、油を少し湿らせて少し前に影を追い払った時に使った炎を点火する。
   同じものを丁度三本、人数分作って各々がそれを持つ事にした。予備に一本作って、それ
  をリヴィエラが持った。

  「これで、良し!」

   リヴィエラが、気合を込めて言う。
   すると、下弦が周囲を不思議そうな眼差しで見渡して表情一つ変えずに心臓が止まるほ
  どの事をさらりと言ってのけた。

  「……私達の他に、誰かこの塔に入っているみたい」
  「ええ!?」

   それを聞いてリヴィエラがひどく驚いた。
   それはそうだ。こんな古びた時計塔に自分達の他に誰が、何の用事で入り込んだと言う
  のだろうか。先程襲って来た“影”の事もある。ここは慎重を持して行かねばならぬだろ
  う。リヴィエラがそう考えていると、下弦は思わぬ事を更に続けて言った。うっとりする
  ような表情を見せて。

  「私の、身近な存在。とても懐かしい者……」

   それは、歌うような口振りだった。

  「身近な存在? 味方……って事?」

   下弦はそのリヴィエラのその質問には首肯で返した。それを見たリヴィエラの顔が綻ん
  でいく。何故だかは解らないが不安が少し取り除かれたような気がしたのだ。

   明るくなってみて初めて解った事だが、先客がここで戦いでも始めたのか凄惨な傷跡が
  目に付く。
   まず、壁が抉れていた。獣の爪で抉れたのではなく、何か衝撃波めいたもので削られた
  跡だった。次に目に付いたのは、焦げ跡だった。何か火でも飛ばしたのだろう、其処此処
  に黒い跡がこびり付いていた。周囲三百六十度にそれは渡っていた。
   見渡してみて初めて気付いた事だが、この部屋は正方形で出来ているようだった。流石
  に松明の明かりが及ばない四隅の方は、闇がわだかまっていたが。

  「さて、と。何時までもグズグズはしていられないぞ。またあいつらがやってくるかもし
  れないからな」

   リヴィエラが先を見通した発言をする。
   クロースが無表情に首肯でそれに同意する。恐らくは下弦も同じ考えだろう。表情には
  表していないが。星の子が不安げな視線を三人に向けてくる。

  「大丈夫。キミ達の事はこのボクが守ってやるから!」

   出来うる限りの笑顔を作って見せるリヴィエラ。頼もしくさえ見えるリヴィエラを、クロー
  スは眩しそうに見ていた。


       **********


   入り口の対面にもう一つ扉があつらえてあった。
   その扉は鉄製のようで、所々赤錆がこびり付いている。
   一見して重そうだが――扉は意外と軽かった。非力な少女の腕力でも開けるぐらい軽かっ
  た。流石に軽やかにとまではいかなかったが。
   引き摺るような不協和音を奏でて、扉は開け放たれた。
   扉の向こうには上へと向かう階段が綴れ折に続いていた。その階段も赤錆だらけで、鉄で
  出来ているというのが窺える。
   クロースはおもむろに手すりを手で擦ってみた。掌を見ると、赤錆で手が赤茶色になっ
  た。無言でそれを見る。そして、上へと続く階段を見上げて、果たしてこの階段が四人の
  体重を支えてくれるだろうかと茫漠と心に思う。

  「不安に思うことは無いさ。ボクがついてるから」

   少女達を奮い立たせようと一生懸命なリヴィエラ。そんなリヴィエラを安心したような
  顔で見詰めるクロース。表情には出さないが、それは信頼の証だった。


   外に突き出た九十九折りの階段を、一段一段確かめながら上って行く三人の少女と一人
  の少年。一人は淡く光っている。今は松明の炎に当てられて掠れているが。いつ、影達が
  襲ってくるか判らないから慎重を持しての行進であった。リヴィエラの頬を冷汗が伝う。
  下弦は中を浮かびながら無表情に昇っている。が、恐らく彼女の心には不安と緊張が過ぎっ
  ている事だろう。クロースはただ、二人の後を付いて行くだけである。星の子の手を引き
  ながら。
   三階に差し掛かった丁度その時、影達が踊り来た。
   その影達は先程の人型の影達とは違い、球形にいがいがを付けたような形をしていた。

  「まっくろくろすけだ!」

   リヴィエラが叫んだ。
   何処でそんな知識を得たのか甚だ疑問だったが、今はそんな事を気にしている時ではな
  い。
   恐らく塔の中から出た事により、少なからず闇が薄らいだので流石の影達も身を縮めざ
  るを得なかったのだろう。遠のいたとはいえ、祭りの明かりが照らしているからだ。
   しかし、流石に縮んだとはいえ影は影である。球形から細長い腕を伸ばすと星の子供を
  捕まえようとする。リヴィエラはその様を見て取ると、松明の炎を影に向かって振り回し
  た。

  「ええぃ! 寄るなよ!」

   影達は堪らず一歩後退る。
   階段の上なので、思うように身動きが取れない。影たちが向かってくるのを待ち構えて
  持っている松明を振り回す他無かった。
   だが、小さい奴なのでそれでも十分撃退する事ができた。一匹一匹、確実に仕留めてい
  く。

  「でかいのが来ない内に、早く上に昇ろう!」

   誰からともなく、そういうが早いか駆け出す。
   階段は四階で途切れていて、鉄製の扉があつらえてある。其処から中に入るのだろう。
   四人は一息にその扉まで駆け上った。
   そして、扉に手を掛けそのままの勢いで開け放つ。
   四人が転がり込んだ其処は、時計塔の機関部だった。