きかっけも始まりも  千草  戦闘もお宝も  青竹  冷凍も解凍も  解凍は体温で  緑青 
潜水も沈没船も  海底温泉行ってみれば  菊塵  海底遺跡も発掘も 



             きかっけも始まりも           葉月瞬


  『さぁ〜、いよいよ今年もやってまいりました!
   一攫千金を夢見るトレジャーハンター達の夢の舞台!
   第三十三回! トレジャーハンター大会! 略して、TH大会!!
   今年も、派手にいってみよぅ〜〜』
  「……別に、略さ無くても……」

    ◇◆◇

   確か、こんな始まりだったと思う。
   会場となったポポルは、煮え滾るような異様な熱気に包まれていた。
   大会に参加した理由は、十人十色だった。真実一攫千金を夢見る者、本当の自分を取り  
  戻したい者、新たなる自分の可能性を見出したい者、技術を磨きたい者、等々。俺もその
  内の一人だったが、隣に居た黒いバンダナの奴ほどには騒ぎに参加仕切れなかった事は覚
  えている。舞台上でショーよろしく右に左に行ったり来たりしているバニーちゃんの尻が
  如何にも気になって、話の半分も聞いていなかった。が、大会の主旨だけは聞き漏らさな
  かった。
   大会の主旨は、こうだ。
   俺達みたいな“優秀”なトレジャーハンター達を集め、トレジャーハントの頂点を互い
  に競い合って欲しい、との事だった。
   いけすかねぇ。
   俺はともかく、他の連中はどっから何処からどう見たって余り大した事無い連中ばかり
  じゃないか。異彩を放っている連中の中にあって、唯一まともそうなのは、俺と隣の黒バ
  ンダナの奴くらいだった。
   俺は思ったね。
   やばいやば過ぎる。この集団には、俺は付いていけないと。
   だが、気が付くと俺は開会式の最後の方まで居たんだ。何故かその場から即座に立ち去
  ることが出来ないほど、俺はその場の雰囲気に飲まれちまっていたのかもしれない。悔し
  いけどな。
   それは、不意に始まった。
   何でも、入り口で手渡された数字の書かれた紙片を基にくじ引きをするのだそうだ。舞
  台上で発表される数字と自分の数字が合っていれば名乗りを上げ、次に呼ばれた奴と二人
  ペアで組むのだそうだ。
   如何してだか、理由は如何ともしがたい。俺自身は一人でやりたかったが、大会の規定
  とかで二人ペアじゃないと駄目なんだそうだ。まったく、やってらんねぇぜ。

   くじ引きの結果、俺と組む事になったのが――。

    ◇◆◇

  「おい! いい加減、起きろよ!! 俺にばっかりたずな引かせんじゃねぇ!」

   黒バンダナの怒声で、俺はやっと目を覚ますことが出来た。
   茹だる様な暑さ。其の最中、しっかり両の眼を開けておけという方が無謀である。そん
  なことを呆然と考えていると、思考が伝わったか黒バンダナが俺に向けて震える拳を振り
  上げていた。

  「……頼むから、殴らないでくれ」

   願いは聞き届けられなかった……。

   この心の狭い黒バンダナの名前は、ファングとか言うのだそうだ。
   一応礼儀の一つとして、ペアを組んだその日に名前だけは名乗りあった。

  「俺は、ギゼー。よろしくな」
  「俺はファング。……やるからには、一位を目指そうなっ!」

   と、こんな風にだ。至って、普通である。
   その後、親交を深めるために酒を酌み交わし、すっかり意気投合した俺達は――意気投
  合したまま現在に至っている。

  「しっかし、あっついよな〜。ここ、どこだ〜?」

   俺は、掌を団扇代わりに扇ぎながら呟いた。
   汗だくの首を左右に振って、周囲を見渡してみる。十キロ四方見渡す限り、砂、砂、砂。
  砂の海がロゴ車の四方を取り囲んでいた。

  「だ〜〜〜! 何で、砂漠なんだ〜〜!!」

   俺が茹だって背後の幌に寄り掛かるように叫ぶと、ファングもまた茹だるように突っ込
  みを入れる。

  「お〜まえが、千金の地図を手に入れた〜とか言って来たからだろ〜」

   手で日陰を作るように翳しながら、俺は再び回想回廊に入り込んでいた。

    ◇◆◇

   「千金の地図」を手に入れたと嬉々として宿の扉を開け放ったのは、開会式が終わって
  数日が過ぎた頃だった。
   ポポルの穏やかな気候の下、ファングが宿屋の二階の一室に陣取ってまったりとしてい
  た昼下がりの一時だった。

  「おい! 喜べ、ファング!! 俺達が一気に優勝できるぞっ!」
  「……あ?」

   人を散々待たせて置いて何を言うか、といった非難轟々なファングの視線も気にせずに
  早速俺は手に入れて来た地図を備え付けの机に広げて見せる。

  「いいかぁ〜、千金が埋まっているって噂の地図を手に入れて来た。まず、ジカに行って
  砂漠声の準備をして……」
  「ちょっと待て、砂漠って!?」
  「ん? 何もそんなに驚く事無いじゃないか。砂漠の砂の中に金貨が埋まっている事くら
  い、良くある事だろ?」
  「……良くあって、たまるか……」

   ファングの静止も聞かず、俺達二人は共に砂漠の奥地へと旅立って行ったのだ――。

    ◇◆◇

  「なあ、本当にこの道で良いんだな?」

   いい加減変わってくれと言わんばかりに、ファングが振り返り様に睨む。俺は相も変わ
  らず幌の中で伸びている。

  「ん? ああ。この地図によると……」
  「ん? どうした?」

   俺が急に地図を片手に押し黙ってしまった為、ファングが不審の眼差しを向けつつ、ロ
  ゴ車を止め地図を覗き込む。その地図には、目印に付けられたバッテン以外道らしき道も
  目印らしき目印も無かった。あえて目印を探すとすれば、それは小規模なオアシスぐらい
  である。それも、名も記されていないぐらいだからきっと今はすっかり枯渇してしまって
  いるだろう。

  「ま、まさか……」

   微かな憶測と悪い予感を胸に、ファングは恐る恐る俺の方に向き直る。

  「……その、まさかさ。…………迷った」
  「迷ったあぁぁぁ!?」

   円らな瞳で虚空を見詰めていたロゴが、一声大きく嘶いた。





                千草                熊猫


  粉をはたいたような、真っ白い太陽の光。
  その真っ只中、ごみのようにぽつんと黒い影のみを落として、
  ロゴ車は砂の上を進んでゆく。

  「あっつー…」
  「あぁ、俺死ぬ。マジで死ぬ。オヤジー。ごめん俺死ぬー」

  ほろの天井をぐったりと見上げて、うつろな視線のギゼーを目の前にしながら
  ファングは誰にともなく喚いた。
  榛色の髪、黒いバンダナ。妙に長めの四肢を惜しげもなくだらりとロゴ車の中に
  放り出して、群青の双眸を細めている。すきまから差し込まれる光がまぶしいのではなく、
  今は単に機嫌が悪いのだが。

  ほろの隙間から見える空は憎たらしいほど涼しげな青で、マットな白い雲など
  どこにもない。それは同時に、日陰もないことを意味する。

  ギゼーが黙っているため、俺もお人よしだよなとか思いながら御者台に戻ろうとして
  ――ふと気がついて叫ぶ。

  「ていうか、ロゴって目的地を往復するだけの乗り物だろーが!?御者はいらないじゃ
  ん!」
  「え?そーなの?俺は知らなかったね」
  「何エラそーに胸張って言えるんだよ!?」

  たまらず胸倉を掴んでみるが、そうしなくてもギゼーは限界のようだった。
  こちらもさほど体力が残っているわけでもない。あっさり離して、頭を抱える。

  「まぁいいや…いいかげん俺も限界だし、次のオアシスで休もーぜ」
  「そんなにすぐ見つかんのかよ?あ、ワリィ今水筒空になったから」
  「見つけろ!頑張れチョッチョリーナ!」

  ばっと起き上がり、ほとんどやけっぱちの心持ちのまま、ロゴの耳に口を近づけて
  たった今考えた名前で囁いてみる。
  それに対してギゼーがなにか言うかと思ったのだが、反応がない。

  「…おい、ギゼー?」
  「…ギゼーは、ただ今機能が停止しております。ピーッと鳴りましたらメッセージを…」
  「入れるか―――――――ッ!」

  ほとんど光のない目で遠くを見つめているギゼーの肩を揺さぶって、無理矢理起こす。
  ギゼーは気だるそうに腰をすえて、頭の後ろを掻いた。

  「…もっとさぁ、デューロンとか、海側かと思ったんだよな俺」
  「え?海はヤだ」

  即座に半眼で否定するファングに、ぐっとギゼーは今までにないほどの勢いでもってして  
  身を乗り出してきた。

  「なんでだよ?お前、ソフィニアのブランドから新しい水着ができたんだぞ?
  今年の夏は世界中の美女がわんさかリゾート地にその水着で来るに決まってんじゃん!
  俺は!海がよかった―――――!」

  ヘタな俳優のように両腕を広げ天を(天井を)仰ぐ彼に、ファングはぽつりと反論した。

  「だって海ってしょっぱいじゃん?」
  「そんな理由かよ!」

  さらに言い募ろうとしたギゼーが、突然つんのめった。ファングも同様、下から突き上げ
  るような衝撃に冗談ではなく腰を浮かせて、ロゴ車の壁に顔面から激突する。

  「んなっ…!?」

  真っ先に心に浮かんだのは鼻血が出ていないかということだったが、とりあえず今は
  そういった事はないらしかった。見れば、(水を飲んで)復活したギゼーが
  早くも外の様子を伺っている。
  彼にならって、ファングもロゴ車から頭だけを出した、その時――

  どざざざざざあああああぁ!

  もうもうたる砂塵の海が、激しい起伏を生み出した!





             戦闘もお宝も             葉月瞬


   海は海でも、砂の海……。

  <ギゼー日記 一日目>

    ◆◇◆

  「言っておくが、俺は戦えないからな」

   俺は胸を張り、誇張するように堂々と言った。昔誰かが、「無駄な自信」とか言ってい  
  たやつだ。

  「ああ、そんな事か。安心しろ。期待なんかしてないから」

   ファングが事も無げに知った風な事を呟いた。余りにも無造作に呟くものだから、俺の
  耳にぎりぎり届くか届かないかぐらいの声量でやっと入って来た。俺はそんな無造作な呟
  きの中に、日常性を見たような気がした。

  「……期待ぐらいしても……」
  「……………して欲しいか?」
  「…………………欲しく無い」


   俺達は今や、横倒しになって肌色の焼け付く砂の上にどでかい日陰を作っているロゴ車
  を背にする格好で、腰を落ち着けていた。“壁”の向こう側からは「ドドド」とか「キチ
  キチキチ」とかいう不穏な音が流れて来ている。

  「なあ、あの音、何だと思う?」
  「さあなぁ。俺が思うに、虫系だと思うが」

   俺の無遠慮で徐に発した質疑に対して、ファングは律儀にも的確に答えてくる。俺達は
  最早、息もピッタリの名コンビだ。「めい」の文字が、時には違うという声も聞えて来た
  りもするが、息が合っているのは同じである。
   閑話休題。ともかくファングは俺の質問に対し、虫系だと即答した。当然彼は戦う気
  満々で、“壁”の向こうを頻りに気にしながらの回答だが。そしてその答えを耳にすると
  同時に、俺は鳥肌が立つのを覚えた。俺は、虫という奴が大の苦手なのだ。この世に存在
  するありとあらゆる物の中で、一位と二位を争うくらいには。
   今頭上で「キチキチ」言っている奴なんか特に――。

  「ん? おい、ファング! 頭上になんかいるぞっ!!」
  「……え゛っ!?」

   俺の切羽詰った発言に、ファングは人間の口腔で発音出来るか出来ないかギリギリの言
  葉で驚きを表現する。
   今や俺達の頭上に巨大な影を落としているそいつには、頭部らしき頭部は見当たらなか
  った。変わりに楕円とも言える蛇頭の先端に、牙の様な歯の様な白い円錐がストーンヘン
  ジよろしく円を描くように並んでいる。その中心には、赤黒くて大きな口腔が俺達を飲み
  込もうと待ち構えているかの如く、無色透明の粘り気のある液体――唾液を滴らせている。

  「あー……、あれは、サンドワームだなー……」

   俺は、大粒の唾液が降って来るのを水に濡れても大丈夫な様に作られている外套[マン
  ト]で防ぎながら、頭脳に格納されている図鑑を引っ張り出していた。そして、細い、か
  細い声で呟いたのだった――。

    ◆◇◆

   ファングが離れたところで戦っていた。砂を蹴立てて。
   そして俺は、そんな彼の行動を黙視していた。目で動きを追って行くのも、そろそろ慣
  れた頃合だ。
   そんな矢先、俺の目にふとあるものが飛び込んで来た。逆光になっていて良く見えない
  が、あの形は紛れも無く――。

  「おうい、ファング! 俺、今、すっごい事に気が付いたんだけどさぁ」

   俺は戦っているファングに、落ち着いた調子で叫んだ。

  「何だよっ! 俺は今、取り込み中だよっ!!」
  「あそこに見える、あの椰子の木な、あれ、蜃気楼に見えるか?」
  「ん〜だよっ、もう……ん? 見えねぇな。何処から如何見ても実物だ」
  「だろ? と、言う事は……あの付近には水が在る、という事だ。ここら辺一帯は砂の海
  しかない筈だから、あそこに在るのは“オアシス”って事になる。……この地図を見る限
  り、あの位置に“オアシス”が在るって事は……ツツツっと、丁度ここら辺が“千金”の
  隠し場所に……」

   そう言って、掲げた地図を人差し指でなぞる、俺。
   ファングは暫く呆然と例の蜃気楼でないオアシスと、自分の至近距離でのた打ち回って
  いるサンドワームとの間に視線を行き来させていた。かと思いきや、不意に合点がいった、
  若しくは閃くものを覚えたとでも言うように、一つ掌を叩くと徐にサンドワームの腹部を
  指差して言った。

  「千金は、あそこか」

   落ち着いた、静かな声音だったが不思議とサンドワームの唸り声や彼の生物が身動ぎを
  する度に響く地響きを背景にしても遜色無いくらい不思議と良く通る声が俺の耳を穿った。

  ―――千金はあそこ。

   ファングの仰せの通り、宝は何処からどう見てもサンドワームの腹の中だと見当する事
  が出来た。
 それは何故か。
   千金は砂中に埋まっていた。それは、千金の地図が指し示す通りの事実である。砂の上
  に出ていれば、おいそれと目に付き易いし、そもそも千金の地図などと言うものの存在意
  義すらも危ぶまれる。千金の地図がある、と言う事実を考え合わせた上で砂中に千金が埋
  まっている事は確定要素なのだ。
   その確定要素を踏まえた上で、サンドワームの生態を加味すると――砂中を移動してこ
  こまでやってきた奴が砂中の微生物諸共に千金を呑み込んでいる可能性が非常に高い事に
  行き着く。
   その憶測を事実に摩り替えるが如く、高笑いが辺りに轟いた。

  「ハーッハッハッハッハッハ。千金は、俺様が頂いたっ!!」

   俺達がそちらの方へ視線を転じると、下卑た笑みと多少間の抜けた丸眼鏡が良く映える
  青年が、サンドワームの頭頂部に両の足でしっかと踏み締めて立っていた。亜麻色の短髪
  が、風にそよいでいる。
   なんっつー離れ業をする奴だ、と俺は無言の内にそんな言葉が流れるのを頭の隅で感知
  したね。
   そんな特技が何故に出来るのか、そして“千金”の行く末はどうなったのか、彼は自ら
  語り明かした。暑苦しいくらいに……。

  「ふふんっ! 驚いているなぁ、愚民共。聞いて驚け。俺様の、世界で唯一の心の友、モ
  モコちゃん(メス)が、俺様の為に、俺様の為だけに、千金を全て集めてくれたのだ! 如
  何だ! 驚いたかぁっ!? ハーッハッハッハッハ! 偉いぞ、モモコちゃん! 凄いぞ、
  俺様!!」

   一通り捲くし立てて興奮を抑える事に成功したのか、眼鏡野郎は肩を粗く上下させなが
  ら今度は呟くように再び自慢話の続きを話す。

  「……モモコちゃんはなぁ、俺様の言う事ならば何でも聞いてくれるカワイコちゃんなん
  だぞぅ。何しろ俺様と寝食を共にし、苦楽をも共に乗り越えて来た仲だからな。如何だ、
  羨ましいだろう。……やらんぞ」

   本人は格好付けているようだが、肩が上下に痙攣している辺りが滑稽さを強調している。
  少なくとも、俺の目にはそう見えた。

  「いるか! ……なあ、あいつ、ぷち殺していいか?」

   ファングが空かさず突っ込みを入れつつ、眼鏡野郎を指差して俺に問う。問うた所で、
  俺にどうこう出来よう筈も無いのは彼の方も承知している筈だが、どうやら気分的に問い
  ただしただけの様だ。その証拠に目が半分閉じられ、呆れを体現している。

  「……いいけど、ちょっと待てファング。兎に角あいつに一言、言っておきたい事があ
  る」

   俺は思いっきり息を吸い込むと、眼鏡野郎を真っ直ぐに指差して吐き捨てるように堂々
  と言い放った。

  「おい、其処の眼鏡野郎! 耳かっぽじってようく聞いて置け! お前の大切なモモコち
  ゃんの腹の中に納められた“千金”はなぁ、残念ながらお前が手にする事は無いと思うぜ。
  “千金”は今頃、モモコちゃんの腹の中でドロドロに溶けて沈殿物と化している筈だから
  な……」

   俺は自身でそう述べて置きながら思わず想像してしまい、吐きそうになるのを堪えた。
  それでも心は呆れ果てていた。実際、阿呆な事この上ない。自業自得とも言うかもしれな
  い。まぁ、どちらにせよ、俺達には知った事では無いがな。
   俺は言い放って吐気を堪えてから奴の顔をもう一度拝んでやろうと、顔を凝視する為視
  線を上げる。見ると、ファングも同じように呆れ顔で上を見上げていた。どうやら、視線
  の先は俺と同じようだ。
   拝んでやると――奴は両肩を戦慄かせている所だった。

  「なっなっなっ、何てことだぁ〜〜〜っ! 迂闊な〜〜!!」

   雲一つ無い蒼穹に眼鏡野郎の驚嘆の叫びが響き渡るのを、俺は明後日の方に視線を泳が
  せ聞かぬ振りをしていた。





               青竹                熊猫


  「やっぱね、俺思うわけよ。寒いのは厚着すりゃ防げるけど、暑いのはどーしようもねー  
  じゃん?」

  びょおおおおお、と風が唸る。
  グレーの空。舞い散る粉雪。

  「ファング、限度っつー言葉知ってるか?」
  「砂漠なんか砂が服ん中入ってキモチ悪いじゃん?でも氷なら
   溶けるから心配いらないじゃん」

  ギゼーの言葉を聞き流しながら、空を見てみる。なにもない。
  風だけが、空隙を埋めてゆく。
  ちら、と隣で雪に埋まっているギゼーを横目で確認してから、同じような格好で
  ファングもため息をついた。

  砂漠越えをしてから一気に北上した理由は、ファングの直感に従ったからであるが、
  現地についてからは本能的な危機感のみが2人を支配し続けていた。

  「しょーがねぇな。じゃあ俺の小粋なパーティジョークで場を和ませてやろう」
  「お前、精神的にも俺を凍死させる気か?」
  「いや、何気にあったまるかもよ」
  「やだ」

  ごそごそと雪から這い出すギゼー。あまりにも吹雪が激しいため、少しの間
  雪に埋まって待機していたのだ。

  「なぁ、とりあえず吹雪が収まるまでどこか洞窟でも見つけて――」
  「あーはははははは!俺達が先だ――!!!どけどけどけー!」

  しゃあああああああああああああああ!

  ファングとギゼーの間を通り抜けていった風は、けたたましい笑い声をあげていた。
  振り返ってみると、小さなソリが見えた。それに3人ほど無理矢理乗って
  いるのである。スピードも相当なもので、もう見えなくなろうとしていた。

  「…何よ?今の」
  「雪山3バカトリオ」

  びし、と小さくなってゆく影を指差して、勝手にギゼーが名づける。
  と、突然悲鳴と共にその影がかき消えた。

  『!?』

  2人で同時に顔をあわせて、走り出す。
  新雪の上をやみくもに動くのは危険極まりないが、探究心と寒さが
  緊張感を麻痺させていた。

  「――見えた!アレだ!」

  吹き付ける雪を顔面から受けながら、指差す。そこにあったのは、
  直径2メートルほどの穴である。中を覗き込もうとすると、突然
  横の雪が動いた。

  「どいてろ!」
  「お前ら、こんなところにいるちゅーことは大会の参加者やな?」

  さきほどのグループとは違い、ファング達と同じぐらいの若者が2人。
  装備はファング達のよりしっかりしており、手にはスコップをそれぞれ持っている。
  そろいの青いジャケットのせいで、雪と同化して見えなかったのだ。

  「…何やってんだ?お前ら」

  素朴な疑問をギゼーが投げかける。それを聞いて、ふっと2人は鼻で笑って
  胸を張った。

  「落とし穴だよ。このあたり一体、昨日から夜通しであっちこっちに掘ってやったのさ」

  と、指差された先の穴の底を覗いてみる。そこでは、さきほどの
  ソリともみくちゃになって、大会の参加者らしい3人が折り重なって
  気絶していた。
  それでも、たいした怪我はしていないようだが。
  呆れ顔のファングとギゼーの背から、まだ得意げな声は続いている。

  「あくせく動いてお宝を探すより、お宝を持ったやつから奪った方が
   よっぽど能率的やろう?」
  「…それ、俺らに教えちゃっていいわけ?」

  ファングの指摘に一瞬2人はびくりと顔をひきつらせたが――すぐに一人が
  真顔に戻って、

  「お前らなんか、鼻にもかけとらんわ」
  「そ、そうだよ!どうせここで凍死すんのがオチだな!」

  もう一人もとりなすように言ったが、虚勢であることは明白だ。
  ファングはギゼーを見た――すぐに視線が合う。同じことを考えていたらしい。
  にやりと笑って、ファングは空々しくギゼーの横に並びながら言った。

  「あぁ、そんな事言われちゃー俺たち、どーしよーもねーなー?ギゼー?」
  「帰ろうぜー?ファングー」

  くるりと背を向けて、もと来た道を引き返す。
  2人がなにやらヤジを飛ばしたようだったが、吹雪のせいで聞こえない。

  背を完全に向けてから、2人は低く笑った。

  「バカだよなぁ」
  「くくっ!バカだよ。さて…さっきの所に戻…」

  吹雪はさらに強くなって、目の前を真っ白に濁していた。

  『れない!?』





             冷凍も解凍も             葉月瞬


   俺達が元来た道を辿ろうと、一歩目を踏み出そうとした時でも吹雪が止まる事はなかっ  
  た。寧ろその逆で、この白い悪魔は猛威をこれ見よがしに振るってきやがった。まるで俺
  達の退路を阻むかのごとく。それは凍て付いた牙を剥いて、俺達二人に猛攻を掛けて来た
  のだ。

  「どーしよー。ギゼやーん」

   ファングが滝の様に流した涙を氷柱と化してぶら下げながら、俺に泣き言を擦り付ける。

  「どーしよーったって……これじゃあ、とてもじゃないが、進めねーぜ……」

   背後で、黄色い声と共に雪で何かを埋める音が聞えてくる。埋める音は兎も角、黄色い
  声の方はどー聞いたって人のそれに聞えるのに、何故か吹雪の中でもはっきりと聞き取れ
  る不思議な声量だった。それほど張り裂けてるとも思えんのだが。

  「……おい、ファング。今何か“悲鳴”のようなものが聞えなかったか?」

   俺が落ち着き払ったやや沈みがちな声音でそう尋ねると、ファングは、

  「……なあに、気のせいだろ。こんな吹雪の中で、通る声なんて“普通の”人間じゃ出せ
  ないからな」

   と、これまた落ち着いた沈みがちな声音で答えて来た。
   俺達は少なくとも普通の人間だ。猛吹雪の最中普通に会話を交わしているように見える
  が、肩を寄せ合い密着している状態では暴風に掻き消される事無く言葉をやり取りする事
  が出来るのだ。
   しかし、先程聞えて来た黄色い悲鳴の主は、明らかに俺達から離れた所に存在している。
  なのに、はっきりと声として伝わって来たのだ。これはもう、尋常な人間とは思えないの
  も当然と言えば当然だろう。

  「いやぁ〜ん★ 何故に、何故に埋めまするぅ〜」

   俺はてっきり、黄色いから女性の悲鳴だと思っていた。が、どうも言動を聞いている限
  りではそうとも思えない。
   で俺は、直ぐ隣で震えているファングにちょっとした疑問をぶつける事にした。

  「……なあ、あの悲鳴、女のものだと思うか?」
  「違うだろ」

   即答で否定された。

  「じゃあ、何だと思う?」
  「両性具有か、オカマ」

   これまた即答。俺は不本意ながらも、妙に納得してしまった。
   俺達はその後、自分達の憶測が誤謬だと思い知らされる事になるのだが……。今は未だ、
  知る由も無い。

   無視しようと思えば無視できた筈だが、しかし正義を重んじる俺達に――少なくとも俺
  は――無視出来よう筈も無く、結局黄色い声の主を助ける方向性を持って話が進んでいっ
  た。
   半分凍れる綿に埋もれた身体を掻き出すように、俺達は動いた。元来た方向とは逆の方
  向――即ち、黄色い悲鳴を上げている女性だか何だかが居る方向へと方向転換し疾走した
  のだった。
   雪にも負けず、暴風にも負けず、身体の冷たさにも、心の寒さにも負けない、そういう
  大人に私はなりたい、という心持で俺達は現場へと直進した。
   程無くして辿り着いたその現場では、一人の少女が今正に雪中に埋められんとしている
  所だった――。





              解凍は体温で             スケミ


  雪の穴の中にソレはいた。
  ソレ……もとい少女が天を仰ぐと空のみえる穴からスコップの先端がちらりと覗く。
  そしてその次の瞬間、天井から真っ白な雪が落ちてくる。
  雪は穴の中にいる少女へと無慈悲に降り注がれる。
  頭を打つ白い凶器に思わず少女は声をあげた!

  「いやぁ〜ん★何故に、何故にうめまするぅ〜!」

  ちょっと嬉しそうである。
  嗚呼、何という悲劇であろうか。
  このようなぶっちゃけてシャレにならんほどの生命の危機に晒されておきながら、少女の  
  持つマゾヒズム気質は悲鳴をあげる事すら許さないのだ!
  このようなことでは次から次へと降ってくる雪の量が増えてくるのも当たり前である。
  少女はもう太腿まで埋まってしまった自分の身体を疲れたような、それでいてちょっと嬉
  しそうな顔で見つめた。

  「くぅっ!まさか相方にこんなコアでハードなプレイをされるとは……ッ!」

  などと、文面では悔しそうにもみえる台詞ではあるが実際には嬉しそうな感じが九割を占
  めている。
  生命の危機よりも今、自分が置かれている状況にドキがムネムネしているらしい。
  ときめきで胸を満たしつつ、少女はふと思った。
  そもそも何故自分はこんな目にあっているのだろう。
  一獲千金を夢見てマッサージも忘れず頑張ってきたというのに!

  「ああ……こんな時こそ、カボチャパンティの王子様が助けにきてく」

  そんな妄想を思わず口から漏らしてしまった瞬間、上の方から声が聞こえた。
  良いか悪いかは未だ不明ではある。
  だがしかし、声は確かにこう言ってしまった。

  「……おい!オカマさんに何してるんだお前!」

  ……………………。

  「カボチャパンティ!!!!!!」

  王子様はこんな雪原まで来るはずがないし、大体、この世界にカボチャパンティがあると
  も限らない。
  しかし、少女は手に唾を吹き掛けパンッと手の平を合わせると雪の壁に腕を突っ込んだ。
  どうやら何かしようととしているようだ。
  目が、マジだ。
  色々と違った意味で。

  というか「オカマ」?

  ▼
  雪のせいで白い視界にぼんやりと一人の人物が見えてきた。
  白い世界の中でも目立つ赤い髪を持つその人物は一心不乱にスコップを操っている。
  先程まで嫌というほど響いていた少女の声は何時の間にか聞こえなくなっていた。

  「ファング……これはいかにも危険な状況なんじゃね?ふが」

  喋ろうとすると口の中に雪が入ってふがふが言ってしまうのが少し寂しい。
  ファングはそんなギゼーの状況を見て口をガードしつつ喋る。

  「だよな。いくらオカマといえども人権遵守だよな……おい!オカマさんに何してるんだ
  お前!」

  口に雪が入らないのはいいが次々と吹き付ける雪で時たま鼻の穴に雪が詰まるのは秘密だ。
  そんなこんなで、ざっくりざっくりと雪を踏み締めつつファングとギゼーの二人は少女を
  埋めようとしている赤髪に詰め寄った。
  近付いてくる二人に気付いたのかゆっくりと、不機嫌そうに振り向く赤髪。

  「………あぁ?何だオメーら。」

  赤髪はいかにも短気そうな青年だった。
  青年のつり目が思いっきり睨んでくるが、そこで怯むような二人ではない。

  「いくらオカマだからって埋めるのはどーかと思って話し掛けてみた正義の味方だッ!」
  「いや……待て、ファング。オカマじゃなくて両性具有かもしれないぞッ。」
  「うっ!そうだった……いや、でも人類には変わり無いからさー……って人間じゃなかっ
  たらどうしよう!ギゼやん!!」
  「ゴ、ゴブリンとか……オカマゴブリンッ?!」
  「キモッ!」

  よくよく考えれば埋められている生物の正体を知らないのだ。
  正体が分からないのなら想像するしかない。
  思考は止まらない。
  まるでジェットコースター。

  (何なんだこいつら……)

  いきなりワケのわからない会話を始めた二人に青年は途方にくれた。
  青年の邪魔をするのかと思っていたが違ったのだろうか。
  自分はさっさと『あいつ』を埋めて自由になりたいというのに。
  ダンジョンに入れば罠を全て起動し、盗賊に遭遇すれば捕まり、風呂に入れば覗いてくる。
  こんな奴が相方じゃ一獲千金なんて夢のまた夢だ。
  一人の方が、絶対いい。
  ふと、『あいつ』がいるはずの穴の中へと視線を落とす。
  さっきまで『あいつ』が五月蝿くわめいていたのにいきなり静かになったからだ。

  「!?」

  穴の中には誰もいない。
  代わりにあるのは穴の側面に出来た新しい穴。
  どうしてかは分からない、しかし嫌な予感がして青年は未だ爆裂トークをしている二人に
  気付かれないようにこっそりとその場から逃げた。
  ぼごッ!
  そんな音がギゼーの足下で聞こえた。
  それと共に何かがギゼーの足首に巻き付いた感触がする。

  「ぬあ?!な、なんだ……?」

  恐る恐る自分の足首を見下ろすギゼーが見たもの。それは……

  「ギ、ギゼやん!!足!足が手が手が手がーーー!!」

  地面から生えた何者かの手が自分の足首をしっかりと掴むさまだった。
  何故かは知らないが手が生えている地面一体が赤くそまっている。
  どうにかして手を外そうと足を振ってみるが全然外れる気配すらみえない。

  「ななななななんだ!!幽霊か!オカマか!?ファング!手伝えー!!!」
  「わかった!!」

  頑張れー。
  そんなことを言いながらちょこっと距離をおくファング。

  「いや、メンタル面じゃなくて物理面で手伝った欲しかったかも……ってうわぉ!!」

  ギゼーの足首を掴んだ手を外そうと思いっきり足を引っ張った時だった。
  足首を掴んでいる手の持ち主がずるずると地面から出て来たのだ。
  それは幽霊でもオカマでも両性具有でもなく、

  「………女の子?」

  ▼
  吹雪が弱くなってきたような気がする。
  一面が白かった景色もすこしずつ和らぎ始め、雪原の入り口である村の建物がうっすらと
  見えてきた。
  そんな中を彼等は歩いている。

  「やっぱね、俺思うわけよ。オカマってのは結局男だけど、女の子は女の子じゃん?」

  だから、ここは優しく助けてあげるのが男だな、とファングは言う。

  「いや、そりゃそーだけどよ……なんか……なぁ?」

  結局、地面から引っ張り出した女の子をそのままにしておくワケにもいかず御持ち帰りす
  ることになった。
  だがしかし。

  「いやー★マヂですいませんね青年方ッ!もー月見さんったら助かっちゃったわよー!」

  うひょひょひょひょ、と笑いながら女の子(月見という名前らしい)はファングとギゼー
  のケツをちゃっかり叩いた。
  オマケに揉んだ。
  二人はあまりの脱力感にそれをなかったことにした。
  助けたことを感謝されるのはいい。
  感謝の気持ちを表すのもまあ、いい。
  だがしかし、何かが違う。
  窮地から助けられた女の子がこんなテンション高いはずがない。
  女の子は普通、殿方のケツを叩かない。
  むしろ自分達は清楚で可憐な女の子が好みだ。
  『うひょひょ』じゃなくて『うふふ』と笑う女の子がいい。
  もっと困ったことが、月見がTH大会の相方(赤髪の青年だろうか)に逃げられたというの
  で

  「それじゃ、一緒に組むか?」

  とうっかりファングが口を滑らせてしまったことだ。
  大失敗である。
  うっかりさんである。

  「さーさーさー!頑張っていくっすよ御二方ッ★」
  『おー!!!』

  もはやヤケな返事の二人。
  弱くなってきたはずの吹雪が、ヤケに目にしみる、そんな日だった。


  雪原で一獲千金を頂くつもりがうっかりとお荷物を頂いてしまったギゼーとファング。
  これが吉となるか凶となるか、それは神のみぞ知る。





                緑青                熊猫


  しん…と、夜は音を吸収する。
  闇の黒は、音の色なのかもしれない――

  月見という不可解な存在が出てきた、という事も手伝い、雪山はもう諦め、
  明日違う目的地に出発すること――それが、ファングとギゼーの出した結論であったのだ  
  が…。

  だがそんなことはどうでもよく、ファングは疲れた体を眠りの中に沈めていた。
  心地よいベッド、ぬくいシーツ、温かい枕、暑い…。
  暑い…?

  「どわぁあああ!?」

  異変を感じると同時、がばと跳ね起きる。いつの間にかいていたのか、汗が凄い。
  わけがわからず、ファングはとりあえず部屋を見渡した。

  明かりといえば、よろい戸の隙間から入る月光のみである。それでも、目は闇に慣れて
  部屋の様子をうかがうことはできた。

  普通の、何の変哲も無い宿屋の一室である。

  「な…どうがしたんだ一体が何!?」
  「ンだよ…何いきなり錯乱してんだお前は」

  ぼそぼそと、隣のベッドでギゼーが言う。ぜはーっ、ぜはーっ、と荒く息をしながら
  そちらを見るが、まだ落ち着けずに言葉が出てこない。その間にも、ギゼーは
  二度寝しようとまぶたを閉じかけている。今のは半分寝言だったらしい。
  それを阻止すべく、ファングは必死で声を張り上げた。

  「ギゼー!俺のピンチだ!お前はどうなってもいいから俺を助けてくれ!」
  「うふふふぅ」

  突如響いた笑い声に、死ぬほど心当たりはあったが、ファングはびくりと体を震わせた。
  見れば、ギゼーとファングが寝ている、ふたつのベッドの間に月見がいる。
  その事実を受け入れることもできず、ファングはただ驚くしかない。

  「そんな夜這い仕掛けられそうになったみたいな顔してファング君★
   だーいせーいかーい!じゃ、続きを」
  「なっ…だっ…どぉお!?」
  「ファング君どんなパジャマ着て寝てるんすかー♪あ、もしかして全裸とか?よーし!」
  「そ…そこで意気込むなよ!」
  「だー!うるせぇな!ご近所に迷惑だろうが!」

  やっと出たツッコミに、さらに怒号を上乗せされて、でも、と月見を指差して
  反論しようとギゼーのほうを振り返った瞬間――

  どぉ…ん…

  遠くで号砲が響いた。
  一瞬、部屋が静まり返る。かたかたかた、と、テーブルの上に乗っていた
  ランプが揺れている音がする。いや、今や大地が揺れていた。

  ご…ごごごごごごごご!!!!

  「地震か――?」

  ひどくなる揺れに立ち上がることもできず、ただこの先の展開を待つ。
  そして。

  『!!!!!』

  その瞬間ファングが理解できたのは、ただ月見が、よろい戸を突き破って来た
  何かと激突したという事だった。

  「へ…へきゅう」

  変な悲鳴をあげて、さすがに月見が一気に昏倒する。それでもギゼーは冷静だった。
  何事も無かったかのようにランプに灯りを付けて、ベッドから降りもしないで
  床を上半身だけで覗き込む。
  それにならって、ファングも彼と似たような格好で月見を見下ろした。

  倒れている月見のちょうど顔があるべきところに、木片が転がっている。
  ペンキのはがれたいくつかは、よろい戸の残骸だったようだが――
  それとは似ても似つかない鈍重なシルエットがある。

  倒れている月見をはさんで、それぞれのベッドの上で同時に顔を見合わせるふたり。

  「…宝箱だよな」
  「宝箱だなぁ」

  遮るもののなくなった窓の外からこぼれた月光が、その宝箱の中に入っていたのだろう、
  きらきらと輝くまばゆいばかりの金貨を照らしていた。

  ・・・★・・・

  「俺の推理によるとだ、落とし穴を掘ってたグループがいただろ?あいつらが
  この雪崩を巻き起こした…で、雪ん中にうずもれてた宝箱がだな」
  「ここに?」
  「…だってそーとしか考えられないじゃん」

  ギゼーの言葉に、双方同時にぐったりと力を無くして、黙る。
  ふっと、白い息を吐く。目の前には。

  雪崩で半壊した宿と、金貨155枚(徹夜で数えた)を浴びて狂喜乱舞する月見がいた。





             潜水も沈没船も           葉月瞬


  「よしっ! 取り敢えず、金貨百五十五枚は手に入れた。取り敢えず……な。
  あー……、こんな、凍傷染みた所なんて早くおさらばしようぜ」

   百五十五枚と言う中途半端な枚数でしかない、宝箱の中身を手にして俺はこの北に来て  
  何度目かの弱音を溜め息交じりに吐露した。半分開き直って言ったその台詞に、「千枚に
  は程遠いがな……」と脱力感混じりに口走ることも忘れてはいなかったが。
   なんと、俺達はその、中途半端な金貨を相手に、徹夜で数えた上に律儀に金袋まで用意
  したのだ。トレジャーハンターの鏡とでも言うべきだろう。他の奴に言わせると、泥棒の
  鏡だと言い出しそうだが。

  「ま、何はともあれ、金貨が無事手に入って、良かったんじゃん?」

   ファングがお気楽ご気楽極まりない事を、平然とのたまった。彼のそんな日常的な態度
  に触れて、俺は更に肩を落とす様に深く溜め息を付いた。心の底から。


  「で? 次は何処へ行くんだ?」

   暫く場を沈黙が支配した数瞬後、徐にファングが言った。誰に問うでもなく。如かして、
  それに答えたのは当然の事ながら俺だった。全員の視線が俺に向いていた、と言うのも然
  る事ながら何故か俺達二人の間で暗黙の了解と化していた「交互に目的地を定め合う」と
  いうある種の定款(ていかん)があったからだった。

  「次は……」
  「「次は……?」」

   俺は、態と二人を焦らす様にもったいぶった言い方をした。
   全ては、雰囲気を作り出すためだ。

  「次は……、海に行こう」
  「う、みぃ〜〜!?」

   俺のやっと吐き出した一言に、ファングの素っ頓狂な声が重なる。過剰な反応、と言う
  奴だ。

  「うみだぁ〜〜★」

   ファングの声の上に、月見嬢の狂喜乱舞の嬌声が更に重なる。この辺の声に関してはも
  う、耳に栓をしていても聞こえるほどだ。
   俺は指で耳に栓をしながら続ける。

  「そうだ。ソフィニア北の入り江の中心付近に、宝物を満載した船が沈没したっていう噂
  話があってな。それを取りに行ってもいい。或いは、海底遺跡に眠る秘宝って奴を取りに
  行ってもいいしな。ともかく……ここよりももっと暖かい場所に―――」

   最後の言葉は、ファングの冷視によって遮られた。

  「……お前……浜辺に群がる“美女”が目当てだろう……」

   図星を突かれた俺は、一度大きく肩を震わせると背中を仰け反らせた。よくやる、焦っ
  て否定する仕草だ。

  「い、いや、別に俺は“美女だけ”が目当てじゃ……」

   心なしか、目が泳いだように思える。いや、多分気のせいだろう。別に俺にはやましい
  事なんて一つも無い。

  「海! 浜辺! ときたらっ! もう、“水着美女”の群れしか無いじゃない★」

   月見嬢の興奮冷めやらぬ黄色い声が、輪をかけて室内に響き渡る。最早、頭の中に響き
  渡って消えることが無い。俺の味方をしてくれているのは、解っているつもりなのだが…
  …。
   かくして俺と月見嬢は、ファングに有無を言わせぬ勢いで、「浜辺行き」を押し切った。
   そのときの俺は、もう天を付かんばかりの喜び様だったに違いない。なんにしろ、念願
  の海行きなのだ。だからこそ、喜び勇んで海―――海岸に向かったのだ。
   それが、あんなことになろうとは―――。


    ◆ ◇ ◆


   俺達は今、人っ子一人居ない砂浜に立っている。

  「……なあ、その、海底遺跡だか沈没船だかの当てはあるのかよ?」
  「……当て?」
  「だからぁ、地図だか何だかは持っているのかって……」
  「う〜みだぁ〜〜★」

   そうだ。
   俺達は、念願の“海”にやって来たのだ。
   白波を蹴立てて打ち寄せる波打ち際、白砂が果てまでも続く砂浜―――俺達は、ソフィ
  ニア北にあるという避暑地で有名な砂浜に来ていた。当然、付近の村や町は観光地として
  賑わっている。ここも、遊びに来た世界中の美女達でごった返している―――筈だった。

  「あれぇ? 水着美女は何処に……?」

   月見嬢が誰にとも無く疑問を投げ掛け、辺りを見回している。

  「時期を間違えたんだろ?」

   ファングが呆れ半分で答え、肩を竦めて見せる。
   そうなのだ。時期はずれなのかどうか知らないが、海岸には水着美女どころか、人っ子
  一人見当たらなかった。足跡すらも、俺達が付けて来たもの意外見当たらない所を見ると、
  少なくとも一週間以上は人が寄り付いていない事になる。

  「……そんな馬鹿な」

   俺は、俄かには信じる事が出来なかった。何しろ、ここは彼の有名な避暑地なのだ。人
  っ子一人居ないと言うことなど、有って堪るか。
   しかし、そんな俺の願いなど虚しく寒空に散るのみだった―――。

  「誰も居るわけ無いだろー? 何たって今は、秋の入り口なんだぜ? 時期外れだって
  の」

   こんの黒バンダナは、人も気も知らないで冷静にさらりと言ってのけやがった。どうや
  らファングには、俺がどれだけ此処に来るのを楽しみにしていたか知ろうとも思わないら
  しい。ま、それを知ったところでどうなるもんでもないがな。

  「ま、ともかく泳ごー! 潜ろー!! グフフ★
  殿方の水着姿が早く見たイッス★」

   相も変わらず、月見嬢は元気丸出しだ。
   いや、しかし、彼女の言ってる事も最もだ。ともかく今出来る事は一つ。

  「そうだな。ともかく、潜ってみるか。宝が見つかればめっけもんだしな」
  「って、一寸待て、地図は―――?
   宝の場所は、判っているのか―――!?」

   ファングの驚愕とも静止とも付かない文句を俺達は無視するように、桟橋に向かって行
  った―――。





           海底温泉行ってみれば           スケミ


  かくして、彼等は桟橋に立っている。
  もちろん、沈没船を発見するために。
  だがしかし。

  「つ、つめたいぞ?!こんなんじゃまた凍傷かよ?!」

  海に手を突っ込んだギゼーが驚きつつ振り返る。
  そういえば心無しか風が冷たいような気がする。
  特に海辺だからと余裕ぶっこいて薄着を着て来た三人には威力絶大だ。

  「だから時期を間違えたっつったじゃーん。大体、潜水っつっても何十分もできるわけじ  
  ゃないしー」

  はぁ、とため息まじりのファング。
  潜水など、言語道断といった感じだ。
  更に確証もない潜水艦探索をすることにたいして乗り気じゃないようだ。

  「うぉぁ?何かnotノリノリですなバンダナ殿ッ!第二次性徴すか?!」

  せい‐ちょう【性徴】
  (sex character) 雌雄異体の動物、特に人や哺乳類で、男女・雌雄の性を判別する基準と
  なる形質。第一次性徴と第二次性徴とに分ける。第一次性徴は、狭義には生殖腺、広義に
  は付属する生殖器の特徴、第二次性徴は、第一次性徴以外の性に付随する特質(例えばシ
  カの雄の角、シシの雄のたてがみ、獣類の雌の乳房など)をいう。性形質。
  人間の第二次性徴は十代前半から起こり女性なら乳房の発達や月経、男性ならばムダ毛祭
  やアレソレコレなどが起こる。
  だから何だと言う話だが。

  「大人への階段を登っちゃうのかファング!今日は赤飯かッ?」
  「いや、どっちかっつーと玄米フレークの方が好みかなー」

  何故、和食からフレークにとぶのだろう。
  そんなとりとめのない話をしているとどこからか叫び声が聞こえてきた。

  「きゃああああああ!!」

  ■

  浜辺では

  少 女 が 亀 複 数 に 虐 め ら れ て い た 。

  「おお……なんつーか……逆転ッすか……★」

  亀が人間に虐められるということは聞いたことがあるが逆のパターンは珍しい。
  と、思った月見であったが。

  「なんかこーいう昔話なかったっけ?」
  「ああ、あったあった!亀が男を竜宮城へ拉致るやつか」
  「小さなころは怖かったよなー」

  ファングとギゼーの話を聞く限りそうでもないらしい。
  流石は異世界、一筋縄ではいかない。

  「よーし!可愛い女の子を助けるぞ!」

  水着美女に会えなかったからか、ヤケに気合が入っているギゼー。
  そういうと「お前ら、ちょっと待てー」といいながら亀達の方へと走っていった。
  月見も行こうとするが、その場を動かないファングに違和感を覚える。

  「バンダナ殿はいかないんすか?」
  「まぁ、亀だしな。ギゼー一人で十分だろ……あーあ……一獲千金はどこだぁ〜。」

  どうやら見物を決め込んだらしい。
  やる気のなさはいまだ健在である。

  びゅんッ。

  「ギャー!!」

  いきなり、月見とファングの横を高速でギゼーがとんでいく。
  叫び声は尾を引き10メートル先のところでとまった。
  というか、地面に激突したらしく強制中断だ。
  ギゼーがとんできた先を見ると一匹の亀が手(?)をアッパーをし終えた形でとまってい
  た。
  どうやらギゼーをぶっとばしたのはこの亀らしい。
  少女は逃げたのだろうか、姿がない。

  「……さーて、俺かえろっかなー」
  「……あ、あたしもさすがにぶっとぶようなプレイはちょいと……★」

  二人はそういうときびすを返そうとした。
  が。
  目の前には亀。
  亀は手を振り上げて、そして

  「うおッ」
  「うひゃあ★」

  殴られて昏倒する二人。
  亀はファングと月見、離れた場所で倒れているギゼーが意識がないのを確認するとよいし
  ょっといわんばかりに担ぎ上げた。

  かくして、彼等は昔話のように拉致られた。
  向かうは海底、竜宮城。

  「三名様、ごあんな〜い」

  彼等は竜宮城で一獲千金を手に入れられるのか。
  むしろ、生きてかえれるのだろうか。





                菊塵                熊猫         


  「う…?」

  ひどく変な夢を見ていた気がして…目が覚めた。
  頭をさすりながら、ゆっくり起き上がる。

  立方体の、奇妙な建物の中。
  素材のわからない滑らかな白い床の上に、ファングは寝ていた。
  壁は四方すべてが透明で、青い海底が静かに流れている。
  冬の海は目立った魚もおらず、ほの暗い。

  「…どこよここ」

  まだ寝ている月見の寝顔を見下ろしつつ、誰にともなくきいてみる。

  「竜宮城らしい?」
  「うわ!?」

  いきなり横手から聞こえた声に、驚いて上体を起こすと、
  声の主はギゼーだった。

  「なんか知らんけど、暴行かつラチられたっぽい」
  「ぽいっていうか確定だべ」
  「オゥ」

  やたら自信たっぷりにそう言ってから、ギゼーが立ち上がって
  月見を起こしにかかる。
  ファングも立ち上がって、あたりを見渡した。

  部屋はそれほど広くはない。独房のような印象だ。
  扉も階段もなく、透明な天井を見上げても、光がうすく
  乱反射しているだけで照明らしい照明もない。
  景色のせいで圧迫感はあるが、どういうわけか呼吸はできる。

  「どんなんだっけねぇ」

  首を鳴らしつつ、あくびをする。どれだけ時間が流れていたのか
  さっぱりわからない。

  「はい?――オラ起きろ月見」
  「昔話さ。このあとどうなんだっけ」
  「えーと…なんだっけな、とりあえずラチられた男は、亀にすげー
   コキ使われるんだけど、最後に宝の入った箱渡されて、地上に戻る」
  「あ、そうそう。襲われてた女の子もグルだ」

  そこまで言うと、ギゼーが微妙な表情で振り返る。

  「…けど、地上では100年経っていた…」
  「ふにゃあ〜!筋肉―――――!」

  感慨にふける前に、月見が飛び起きてギゼーに抱きついた。

  「うん、本能に従って自分の欲望に突っ走る。極意だ」
  「俺…もうヤだ」
  「俺だって嫌だよ」

  弱音を吐くギゼーの胸に頭をすりつけていた月見は、やおら
  立ち上がって周囲を見渡しては、いちいち騒いでいた。

  「をやッ!これは軟禁ですかッ!一体これからどんなコトが始まるのですか!
   やっぱアレですか、なんていうんですか緊張感!?」

  諦めた表情でファングは壁――の奥にある海底を見た。
  ふと、海上に人影のようなものがいくつか現れた。
  近づくにつれ、それがあの亀のシルエットだとわかった時には、
  さすがに月見も落ち着きを取り戻していた――

  「4タートルズのお出ましですな★」

  のだろうか。

  月見の言うとおり、4匹の亀は次第にこちらに向かってくると、
  透明な壁を前にして止まった。

  「なんだ。オイ」

  ギゼーが心底嫌そうに数歩下がる。また殴られるとでも思ったらしい。
  亀はそのまま壁にぶつかるようにして――事も無げに壁を素通りして
  部屋に入ってきた。

  「お…」

  3人が3人とも、何か言いたげな顔のまま、事象を見守る。

  亀といっても、その大きさは身の丈ほどもある。
  亀の姿かたちをしてはいるが、明らかに亀と形容するには奇妙すぎる。
  ファングはもはや、うわぁ…としか言えない。

  「…なんかもう、本当どうリアクションしたらいいわけ俺?」

  頭を抱えていると、亀は二足歩行してこちらに寄ってきた。
  ギゼーがファイティングポーズをとっている。
  しかし、やおら亀らは自分の頭に手をやると、そのまま首を引き抜いた。

  「おおおおおおおおおおおお!?」

  本気で驚いて、ファングはギゼーの横まで後退った。
  亀は首を取ったわけではなかった。
  ただ、亀の頭の形をした皮を取っただけだった。

  その間も亀――だったものは、人間の頭、手、胴、足と、次々に
  亀の部位を脱ぎ捨ててゆく。

  「なんですかこれは!亀のストリップショーですか!?」

  月見が目の色を変えて一歩前に出てくる。
  ギゼーとファングは同時に、月見に裏拳をかました。

  「…ソレ何なの?結局」

  さきほど亀に襲われていた少女の姿をした亀は、ギゼーの問いに
  こともなげにこう答えた。

  「ごく普通の潜水スーツです」
  「いやそんな奇抜なデザインのスーツ片手に普通とか言われても」

  あとの3人は皆、男だった。軽装で、それほど年が離れているとは思えない。

  「もしかして…おたくら、トレジャーハンターだったりする?」

  全員が頷くのを見て、ファングはさらに頭痛を感じた。





            海底遺跡も発掘も            葉月瞬


  「お前達が罠を発動させる!」
  「そして俺達が、その発動済みの罠をゆっくりと通り過ぎる!」

   亀の甲羅を背負ったライバル達は、しきりに片腕を高々と掲げたりあらぬ方向を指差し  
  たりして、ポーズを取りながら親切にも作戦の説明をしてくれた。

  「嗚呼、なんっっって完璧な作戦なんだっ!」

   中には涙すら浮かべて、恍惚としている者すらいたりする。
   律儀にも俺達は、彼らの語り草に聞き入ってやっていた。

  「なあ、ファング」
  「何だ?」
  「伝説や伝承は真実味を帯びているって、知ってたか?」
  「ああ、知ってるよ。良く親父が寝言のように言ってたよ」

   回を重ねる毎に、言葉の数が増えていく度毎に、感嘆符の量が増えていく何度目かの“
  説明”の後に、罵声が飛んできた。

  「こらぁ、そこ! 私語を慎みなさい!!」

   今や俺とファングは、海底遺跡の調査に従事させられていた。“亀”たちによって。
   月見は感嘆と喜びの声を高々と上げながら、先頭をひた歩いていく。勝手に罠にでも掛
  かってくれとでも言わんばかりに、俺は呆れながらも月見に気を配りながら慎重に歩いて
  いく。生来の癖だ。他の場所ならいざ知らず、こと遺跡の中に至っては慎重にならざるを
  得ない。直ぐ横を歩いているファングは少し違うようだが。

  「なぁ、一つ聞いていいか?」
  「なんだ?」

   俺は、ふと疑問に思った事を口に乗せてみる。“亀”達に向かって。

  「俺達が罠を発動させて、その発動済みの罠をお前達が通り過ぎるまでは解った。……だ
  が、その後は……?」
  「……………………」
  「先は、長いんだよな」
  「………………………」

   実はこいつ等その後の事まで考えに至らなかった口だな。その事実が顔にありありと表
  れている。
   俺達がそんな会話を続けていると、先頭を無敵に突き進んでいた月見が素っ頓狂な声を
  上げた。

  「おおぅ★ ギゼー殿、ファング殿! なんか、すんごい事になってしまっております
  が!!」

   仮にも女性である筈の月見がそんな素っ頓狂な声を上げたものだから、なんつー声を上
  げてるんだという風に俺はそちらを見遣った。見ると其処には、汗だくになって何かを足
  蹴にしている月見がいた。何を……とよくよく見ると、一つだけ色の違う石畳だった。

  「おい、月見。それって、もしかして……もしかしなくとも…………罠?」
  「そうであります! もしかしなくとも罠でありますです!!」
  「……!? 月見! そこ動くなよっ!!」

   俺が汗だくになって月見に質問をぶつけると、タイミングの良い素早さで答えが帰って
  きた。それを聞いたファングが、物凄い勢いで待ったをかける。この辺の掛け合いの良さ
  はもう、その道のプロとしか思えない程だ。“亀”達も後ろで拍手喝采で見守っていたり
  する。見守るなら何とかしてくれこの状況、などと俺は口には出さず只思うだけに止めて
  首を機械的に月見の方へ戻す。そして、妙案を思いつくままに言葉にする。

  「なあ、ファング。俺、いい考えを思いついたんだけどさ……」
  「なんだ?」
  「亀の甲羅を、月見の代わりにタイルの上に乗せる」
  「ああ、それは妙案だ」

   ファングが一つ手を叩いて同意すると、後ろにいた観客共は一斉に異を唱えた。

  「なんだとぅ!」
  「それでは俺達はどうやって、ここから脱出すればいいというのだぁ!?」
  「そうだ、そうだ!」
  「そうよ、私達を見殺しにするつもり!? 薄情者!」

   俺が頭を抱えていると、代わりにファングが一喝してくれた。

  「うるせぃ! じゃ、俺達はここから脱出できなくてもいいってのかよ! そっちこそ薄
  情者だろうが!!」

   そういう問題でもないのだが。

  「なぁ、ここは一つ良く考えてみようぜ。今目の前にある危機を回避する方が先か、それ
  とも脱出方法を確保しておく方が先か。因みに、俺達が一人一人脱落していくとその分お
  前達にお鉢が回ってくることになるぜ」

   俺は彼等に一つ、提案を持ち掛けることにした。後ろの方で瞳を潤ませながら見つめる
  月見の視線が痛いというのも確かにあるが、こんな所で自分達の仲間をみすみす失いたく
  は無いし、ここで奴等の脱出方法を一つ一つ剥いで行くというのも良いように思えた。後
  はまあ、なる様になるだろう、と俺の頭ではここまでしか考えに至らなかった。後は野と
  なれ山となれだ。ひょっとしたら……他にも脱出口はあるかもしれないし。そう悲観する
  ような事でもないような気がした。

  「ほら、どうすんだよ……」

   俺はわざとらしく“亀”達に凄んで見せた。案の定、“亀”達はびびってすぐさま俺の
  提案に乗ってきた。

  「い、いいか! 俺達は、お前にびびったんじゃないからな! 俺達は、これから先が長
  い事を見越してだな、後々の事を考えた上で、この潜水スーツを置いていくんだからな!
   わかったか!」

   せかせかと潜水スーツを脱ぎながら“亀”Aはのたまった。リーダーらしき女の指図で
  ある事は、目に見えて明らかだが俺達の意図に乗って来てくれるのは有り難い事だ。まん
  まと俺達の思惑に乗っかってくれたようなものだからだ。

    ◆◇◆

  「んじゃ、先へ進むか!」
  「おうよ!」

   俺達は、月見の脚を慎重に退かしながら同時に亀の甲羅を乗せると言う、絶妙のタイミ
  ングでやら無ければ巧く事が運ばない様な難儀な仕事をやり終えて、冷や汗を拭きつつ先
  を促した。後に続くは、うなだれてすっかり怖気付いた“亀”達と慎重に成らざるを得な
  くなった月見だ。

  「あれ? 月見ぃ。もう先行はしないのか?」
  「んんにゃ、やはしここは隊長殿に任せるという事でっ★」
  「誰が隊長だ、誰が」

   ファングの疑問に汗って答える月見。俺は、呟くと同時にその“隊長に任せる”という
  ことがいつまで続くのか微妙に気になった。