気分屋
混沌の中に眠る街クーロン。昼夜を問わず灯りが消える事はなく、歓楽街は人のざわめ
きで満たされている。時に裏路地に悲鳴が響くが、誰も耳を傾ける事はない。仮に聞こえ
たとして、係わり合いを持つ事は身の破滅を意味するだろう。遥か以前に法と正義が忘れ
られ、暴力と裏切りが支配するようになったこの都市にも最低限の秩序は生き残っている。
すなわち、ギルドであった。
煩瑣な雑居からは遠く離れた所にその建物はあった。喧騒から逃れた小さな屋敷の窓に
は三つの人影が映っている。他の二つに比べて一際大きな影が特徴的だ。クーロンでは数
少ない静かな夜。しかし部屋の雰囲気はそれを満喫できるほど穏やかなものでは無かった。
書斎――――掃除が行き届いた清潔な書斎に「四人」の人物。窓側に二人、椅子に一人、
そして窓の死角となる壁側に一人。皮手袋をした小柄な青年・・・・小柄な?いや、本棚
と比べれば確実に180cm近くあるだろう。それでも小さく見えるのは、隣の男が巨大
としか形容できない体格だったからだ。深くフードを被っているため顔は見えないが、顎
の形は明らかに男性であることを主張している。身長以上に異常なのは、体格だった。バ
ランスを無視して筋肉を叩きつけ、刻み、凝縮した玄武岩のような肉体。半トンを越える
手負いのグリズリーと渡り合える、そんな印象すら持たせる。
それとは対照に青年の方は、特に筋肉質とは言えないだろう。隣の男と比べれば誰でも
そうだろうが。時々体が透けて見えるような気がするが、明かりの加減ではない。
「今日、あなた方に来て頂いたのは―――」
椅子に座った中年が話を切り出した。少し太り気味で卑屈な表情を浮かべている。クー
ロンで依頼人になれる程の人物のエージェントならば、外見とは裏腹に油断ならない人物
であることは間違いない。
「最近この都市の付近で増えつづけている魔物の処理をお願いしたい。」
それが、私、ハイン・プリズナーがギルドの人間として受けた最初の依頼だった。
「傭兵や警察が総動員されているのですが、数が多くて対処しきれないのです。そこでこ
の街の『裏』である五大組織がギルドに依頼して手を打つことになりました。この地区の
管轄であるミスタ・ロバートソンは早急の解決を望んでおられます。」
警察、と言った時、男の唇が少し歪んだ。
「報酬は?」と皮手袋の青年が尋ねる。
「正エウディス金貨でお一人当たり40枚。必要経費、危険手当は別で、期間は二週間。
期限より早く解決していただければ、一日当たり5枚追加致しましょう。受けて頂ければ
不首尾であっても、いや、失礼、お礼の半分はさせて頂きます。」
「随分と割の良い話だな。」
フードの男が初めて口を開いた。低い声だが、よく通る。
「これもギルドと皆さんの腕前を信用しての事です。」
ミスタ・ロバートソン。クーロンの五大組織の中でもかなり上部、少なくとも中堅以上
の地位にいる男だ。筋肉質な体格と、威厳を纏った容貌。中年期も終わりに差し掛かって
いるというのに、その野心は衰える事を知らない。直接会ったことは無いが、噂、特に黒
いのは耳によく入ってくる。もっとも、この街では悪評と成功は比例するのだが。
皮手袋の青年、ライ・カース。偽名だ。今日、この依頼を受けたのは彼を含めて二人だ
と聞き、クーロンにやってきた。どの依頼を誰が受けたのか、といった情報はこの業界で
は銅貨数枚ですら取引されない。銅貨二枚で名前、出身地、家族構成、経歴を調べてお釣
りが来る。本名の方はライ・クローバー。それは別のツテで調べた。
もう一人はオーガのスレヴィ・ズィーブン。角で盛り上がったフードの形は遠目でも目
立つ。この手の依頼は彼向きだろう。とりあえず二人とも妙な人物ではないのは確かだ。
誰の息もかかっていない。従って、この依頼で二人を疑う必要は特に無い。何事も用心に
越した事は無いのだが。
「随分と割の良い話」、だそうだ。そう、確かに美味い話だ。分裂したと言っても、正
統エウディス金貨の価値は未だに衰えない。しかも失敗したところで成功報酬の半分とい
う破格の待遇。これが報酬以外に目の行き届かない、頭の軽い冒険者ならすぐに飛びつい
ているだろう。しかし、だ。依頼主の素性を考えるとリスクが大きい。報酬は受け取った
が下水に浮いていた、などと言う事もあり得る。だが、それ以上に依頼を断る事によって
ギルドと組織の関係が悪くなるのは今の私にとって好ましくない。仮に各国の関係が一度
に悪くなると言うなら私には好都合だが・・・・
「場所は?」
ライ・クローバーの質問に対するエージェントの答えは、「クーロン郊外のズィーノ方
面」。人災はともかく、魔物の大量発生とはかけ離れた場所だ。
「魔物の種類を知っておきたい。」
「多種多様です。アンデットから獣人、リビングアーマーのような物までいます。」
「処理と言ったが、お前は具体的にどうして欲しい?」
「大量発生の原因を調査し、除去して頂きたい。手伝いも何人かつけましょう。」
沈黙を破ったのはズィーブンの「いいだろう。」の一言だった。続いてクローバも依頼
を受ける。エージェントの目は残った私に向けられた。
裏がある。そんなことは三人とも解りきっている。「クーロンにおける依頼の九割には
裏がある」ギルド関係者以外でも知っている常識だ。因みに「残り一割にはまともな人間
は手を出すな」もある。最後の問答で、後者の格言を思い知らされた。最初から「大量発
生に原因がある」と知っているからには表に出せない事情がある。そのことを「手伝いを
つける」ということで暗に示した。
手伝いという表現はある意味正しいだろう。こちらが邪魔になった時、後ろから始末す
る刺客としては的確な表現だ。クーロン組織の刺客は世界で三番目から五番目ほどの腕前。
一番目と二番目に比べれば遥かにマシだが、この街の暗殺者に狙われて毎晩熟睡できるほ
どの自信家、あるいは愚か者はいないはずだ。
「45枚。それより下はベット(賭け金)として不足だ。」
場の緊張が解ける。ここまで内容を知って断れば最悪の場合、消されかねない。他の二
人もここまで危険な話だとは思っていなかっただろう。クーロン絡みの依頼を受けるのだ
から相当優秀な冒険者ではあるのだろうが・・・・逆に「冒険者としては駆け出し」の私
が受けるのをギルドが許可した理由は・・・・まあ、色々だ。
さらに詳しい日時、内容を一通り聞いた後、私たちは用意された宿舎へと向かった。中
は監視付きだが、それを悟らせるほど『組織』は不粋ではないだろう。
「ライ・カースです。」
「スレヴィ・ズィーブンだ。レイブンでいい。」
「ハイン・プリズナーだ。」
「レンジャーをしている。」
付け加えた一言は私の過去の足跡を塗りつぶすためのものだった。