<A request of the vampire hunt!>  <Let's beet rhythm!>  <出会い>  <The Count>  <語っても、よいですかな?> 
<作戦会議>  <The Silver Bullet>  <Search and buy>  <城郭跡地へ>  <The memory> 
<Harlem>  <声>  <The red eye>  <Dance!!>  <伝言>  <The Lord> 
−あらすじ−            最終話 



        <A request of the vampire hunt!>       葉月瞬


   その町は、砂漠の傍に位置する小さな町だった。
   今にも砂漠に飲まれそうな、裏寂れた町。そんな、小さな町でその事件は起こっていた。
   まだ年端もいかない少女の死体が、裏路地で発見されるところからその事件は始まった。
  少女の母親は、なぜ、自分の娘が、と嘆き悲しんだが、誰も答えを見出せずにその事件は  
  幕を閉じた。当時、その人形の様な幽美な相貌を妬まれ、苛められていた少女は、それを
  苦に自殺した。事件はそんな些細なことで幕を降ろす、筈だった。その当時、捜査に当た
  っていた自警団の一人が首筋に小さな二つの穿孔を見付けなければ……。
   次に発見された死体は、その事件が起こってから約三ヵ月後だった。今度は学校に通え
  るほどの年齢で、前回の事件と同じくまだあどけなさの残る少女だった。この少女も、人
  目を引くほどの美貌で、前回同様二つの小さな穿孔が首筋に見つかった。自警団も流石に
  不審に思ったが、何かの薬を注入されたのだろうと、事に当たることにした。その時、犠
  牲になった少女は、孤児だった。
   それから約二ヶ月経った後、再び変死体が発見された。今度は小川に捨てられていたの
  を、農作業に向かう途中で農夫が発見したのだった。今度は14歳くらいの少女で、前回、
  前々回同様、人目を引くほどの美貌の持ち主だった。今回は、彼女の許婚と名乗る若者が、
  涙を止め処もなく流し続けた。「どうして、どうして」と繰り返す言葉が印象的だった。
  彼女の場合、自殺は考えられない。結婚を一ヵ月後に控えていたこともあり、式の日取り
  等許婚と幸せそうに話し合っていたという証言が幾つも出て来たからだ。そして、またも
  や首筋に二つの小さな穿孔が……。
   流石の自警団も、本腰を入れて捜査に当たることにした。
   当たって、砕けた。
   早速、捜査が行き詰ったのだ。
   流石に目撃者の少ないこの様な事件ばかりは、町中に情報網を張っている自警団と言え
  ども少々荷が勝ち過ぎたようだ。情報が少ない上に変死体が上がる場所等の法則性が見出
  せない。その上、殺された少女達の接点も全くと言って良いほど無いのだ。
   しかも、犯人は吸血鬼であるという可能性が非常に高い。
   吸血鬼相手では、恐らく自警団では歯が立たないだろう。ミイラ取りがミイラになって
  しまう。
   困り果て、考えあぐねた自警団の団長であるボルダー氏は一つの決断を降した。
   ギルドに依頼する事にしたのだ。
   その際、困った事が一つあった。
   高額になりがちな報酬の事である。
   その問題は、一人の団員に相談したところ、解決の糸口が見つかった。
   村中の戸口を回って、義援金を募ったのだ。
   皆心では、早々に事件を解決して不安要素を取り除いて欲しいと願っていたので、快く
  承諾してくれた。その為、かなりの額が集まった。
   かくして、ボルダー氏の決断は実行されたのだった。

    『吸血鬼を退治して下さい。   ミンラン自警団団長ボルダー』

   その依頼が世界中にばら撒かれるのに、大して時間を費やさなかった。ギルドを通した
  正式な依頼なので、各地から腕利きのヴァンパイアハンター達が集っている、筈だった。
   筈だったのに、その酒場にはそれらしい客が二人しか居なかった。
   未だ、二人しか。
   礫がその酒場“砂漠の虎”を訪れたのは、そんな折りだった。


  ◆◇◆

   礫がギルドからの依頼書を片手に酒場の扉を開くと、既に二人の先客が居た。
   その二人は酒場の一隅に陣取って、誰かを待ち焦がれている風だった。
   奇妙な二人だ。
   少なくとも、礫の目にはそう映った。
   二人の内一人、小柄で華奢な身体つきの方は、全身黒尽くめだった。一目で砂漠地方の、
  何処かの民族の伝統的衣装だと推定できる。ゆったりとした黒の布地を天辺から爪先まで
  すっぽりと覆い、口元はベールで隠している。何処と無く日の光を避けているように見え
  る。その漆黒の中に際立つものがあった。
   白。
   白い仮面。
   闇色の衣装とは対照的に、その仮面だけ浮かび上がる様に顔に当たる部分に装着されて
  いた。それは、まるで、デスマスクを連想させられる。見事なまでに美麗な曲線を描いた、
  芸術作品だった。
   その白に嵌め込まれた赤い瞳が、礫を真っ直ぐ見据えていた。真紅のその色は、白い仮
  面を際立たせていた。
   顔を隠し、身体の線もだぶ付いた衣装に隠れているが、女性であることは歴然としてい
  る。それは、華奢な身体つきと丸みを帯びた肩の線から窺えた。
   もう一人は、男性で、不思議なことにウクレレを背負っていた。
   何故、ウクレレ? と礫は思ったが、口には出さなかった。
   そして、更に奇妙なことに、彼の腰には二丁の草刈鎌が据えられていた。

  (草刈鎌……?)

   草でも刈るつもりだろうかと、子細に観察していくとそれはベルトに無造作に挟み込ん
  でいた。恐らく投げて攻撃するのだろうそれには、手元に引き寄せる紐のようなものは見
  当たらなかった。

  (難儀な武器だ……)

   礫は、こっそりと溜息をついた。
   異質な雰囲気を身に纏った、ちぐはぐな二人。
   成るべく関わり合いにならないようにと、少し離れた席に腰を落ち着かせる礫。

   静かに、時は刻まれていく――。


  ◆◇◆

   最初、その男が入って来たことに礫は気が付かなかった。

   その男は、静かに入ると、店の入り口付近で呆然と立ち尽くしていた。
   草臥れた風体の男が一人。
   戸口に悄然と佇む男の様を確認した酒場の主人は、すぐさま彼に声を掛けた。

  「よぅ!待っていたぜ。ボルダーさん」





           <Let's beet rhythm!>        愉快な魅流         


  「よぅ!待っていたぜ。ボルダーさん」

   カーテンが全て締め切られ、薄暗い酒場に入ってきた男に主人が声をかけると、
  硬直していた男、すなわち自警団団長ボルダー氏はようやく刻を取り戻した。

  「たったの三人だけか…」

  「むしろ、三人も来た方が驚きだね」

   呆然とした口調で呟く彼にカウンターで座っていたウクレレ男が声をかける。

  「報酬も明記してない、尚且つミンランなんて偏狭の地に現地集合。
   こんな暇な依頼を受ける人間なんて限られてらぁな、そうだろ?」

   そうして問いかけるウピエルにボルダー氏はしばし唖然として…
  ぽむっと音が聞こえてきそうな動作で手を打つ。

  「あ、そうだ。報酬書くの忘れてたわ」

  「あん?」

   おもわずコケまくる一同。
  ボルダー氏は乾いた笑いを浮かべて立ち尽くしている…かと思いきや、
  何事もなかったかのように話を進め始めた。
  可愛い女の子が狙われまくること、その所為で村中が怯えまくっていること。
  大まかな話をし終えて、あたりを見回した。
  そして。

  「一回星に還れ貴様は〜〜〜〜〜〜!!!」

   怒り心頭のウクレレクラッシュがボケ自警団団長の頭を直撃したのだった。

          ★☆◆†◇★☆

   〜同日同時刻、ミンラン村酒場前の大通りにて〜

   黒いマントを羽織った男が呟きながら通りを歩いていた。
  風に吹かれ、赤い裏地が顔をのぞかせる。
  特徴的な白い肌、輝く爪にぎょろりと光る双眸。
  そんな風貌をした男が人々にも見咎められずに村の中を歩いている。
  それどころか、

  「あ、おじさん。今日も吸血鬼のコスプレが決まってるね〜」

   などと、親しげな声をかけられていたりもする。
  しばらく歩いた後、彼は町の一角にある酒場へと入っていったのだった。
  屋根の上では、『砂漠の虎』と書かれた看板がさびしく風に吹かれていた。

          ★☆◆†◇★☆

  「まぁ、とにかくこの村に住む吸血鬼の専門家の方にも協力を依頼してますので、
   その人と協力してやってくださいな」

   俺様のウクレレを代償に放たれる必殺技、
  “ウクレレクラッシュ”からようやく立ち直ったボルダーとかいうおっさんは、
  そういって話を締めくくった。

  「吸血鬼の専門家?」

   あいかわらず俺たちの方には近づこうとしない少年の言葉と同時に、
  バンッと酒場の扉が開かれた。

  「諸君、ワタクシがその専門家、ヴラド・ツペッシェ・山田三世である。
   まぁ、伯爵とでも呼んでくれたまえ」

   とがった耳、突き出た犬歯、高い鼻。

  「何の冗談かしらね」

   隣でシエルが呟く。まったく…くだらねぇ冗談だとしか思えネェゼ。
  とりあえず二人で頭を抱えていると、ボケた団長がうれしそうに説明を始めた。

  「伯爵はここ最近この村に引っ越してきた人でな。
   見てのとおり大の吸血鬼フリークなのだ。
   で、村人に吸血鬼を退ける呪いを教えてもらったり、
   いろいろと指導を受けているんだ。
   大体、今くらいの時間帯から深夜までここの酒場に来ているので、
   連絡などはそのとおりにすればよいのでしたね?」

   妙に丁寧な口調で話しかけるボルダーのおっさん。
  態度もなぜか恭しい。

  「うむ、そういうことなのである。
   では、本日は用事があるゆえこれにて失礼する。
   は〜っはっはっはっはっはっはっは」

  「…ほっておいてよかったの?」

   謎の吸血鬼が去ってからしばらくして、
  シエルの言葉でようやく俺様は我にかえった。

   あぁ、これからどうしよう。
  ここから先の展開に頭を抱える俺様なのであった。 





              <出会い>            マリムラ


  「私はシエル。貴方は?」
   黒づくめで白い仮面の女が目の前に立っている。それは動揺を誘うのには十分だった。
  「え?あ、僕は…」
   うっかり逃げそびれた。彼がそう思ったように見えて、シエルは苦い笑みを浮かべた。
  しかしその表情は伝わらない。ランプの灯りに照らされた仮面が、全てを冷たく遮ってい  
  る。
   彼女はずっと、太陽の光というモノを避けてきた。それは日光で火傷を負ってしまう体
  質の所為だけではない。幼い頃、誰かが何気なく言った一言が、彼女に仮面を付けさせた。
   普段は当たり前すぎて気にも留めない他人の動揺が、今日は少し心を痛める。
   こんなコト、久しぶりだわ。シエルはもう一度声をかけた。
  「アレはウピエル。自己紹介も出来ないヤツでご免なさいね」
  「俺様が言う前にそれはないんじゃないの?」
  「ああ、気にしないで。ただのウクレレ野郎だから」
   少年が吹き出す。彼の肩の力も取れたようだ。
  「遅れました。僕は礫、です」
   よろしく、と頭を下げる少年・礫。礼儀正しくお辞儀をする彼に、二人は素直に好感を
  覚えた。

    ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

  「吸血鬼退治、一人でするつもりだったの?」 
   笑みを浮かべてはいるが「なーんでこうなっちゃったのかなー」といった表情を隠し切
  れていない礫と、一人でひたすら料理を平らげるウピエル、静かに紅茶を飲むシエルは、
  一つのテーブルを囲んでいた。
  「いえ、とりあえず概要を聞いてから考えようと思って」
   どことなく優等生な答えも、嫌味には感じない。得な人だ、とシエルは思う。
   何言ったって、嫌われる人は嫌われるのにね…。
   自嘲の言葉を紅茶と一緒に飲み込んだ。
  「シエルさんは?」
  「俺様は無視?」
   フォークをくわえたまま、ウピエルはニッと笑った。
  「…食べるのに夢中で話に加わってなかったのはそっちでしょ」
   呆れた声でシエルが突っ込む。
  「ああ、それもそうか」
   大袈裟にウンウンと頷くウピエル。礫は常識の枠に捕らわれないウピエルを珍しそうに
  眺めた。
  「ウピエルさん、なんで鎌なんですか?」
  「使い慣れてるから」
  「当たらないけどね」
   礫の素朴な疑問にウピエルが即答する。しかし、彼が言い終わらないウチにシエルの補
  足が入る。
  「六回に一回しか当たらないなんて、慣れてりゃいいってモンじゃないでしょう」
  「俺様らしいだろ」
   胸を張って言う事じゃない。が、なぜか礫の興味は引いたようだ。
  「お二人はどうして一緒にお仕事なさってるんですか?」
   ウピエルとシエルは、顔を見合わせた。
  『成り行き』
   ほぼ同時の答えだった。





             <The Count>             葉月瞬


   嗚呼、こんなに楽しい夕食は、初めてだ。
   礫は、先程までの自分の行動――二人を意図的に避けていた――を素直に恥じた。
   如何してこんなに楽しい人達と、もっと早くに知り合わなかったんだろう。故郷の村に  
  おける自分の孤独を思い出し、礫は今目の前に存在している二人に対して急速に親近感が
  湧き上がってくるのを感じていた。彼の笑みには「なーんで、こーなっちゃったのか
  なー」という思いと共に、その親近感も込められていた。

  「おい、お前さんこそ、見慣れない武器持ってるじゃねぇか」

   今までシエルと名乗った仮面の少女――声と体格で解った――にやり込められていたウ
  ピエルが目聡く礫の武器に目を留めて尋ねた。

  「え!? そぉですか? 見慣れないですかねぇ? 僕の故郷では結構一般的な武器なん
  ですが」
  「……へぇ、なんて言うんだ?」
  「無銘の刀」

   瞬時に場を沈黙が支配した。
   音といえば、食器同士が擦れ合う音のみが響き渡る。シエルは先程二杯目を注いで貰っ
  たばかりの紅茶を優雅に啜り、ウピエルは相変わらずの爆食ぶりである。

  「とっ、ところで、先程の吸血鬼の格好をした伯爵、如何思いました?」

   静寂に耐えられなくなったのか、礫は必死で静まり返った空気を打消すかのように誰に
  とも無く尋ねる。そうして一旦言葉を切ると、二人の顔を交互に見遣る。顔色を窺うかの
  ように。
   礫の問い掛けに最初に答えたのは、未だにフォークを口に咥え食い足りない様をありあ
  りと体現しているウピエルだった。

  「どうって……、勿論自分が犯人ですって言っているようなもんじゃないか。俺様はぜ〜
  〜ったい、あいつが怪しいと思うぜ」
  「やっぱりそう思……」
  「余りその人の言う事、真に受けない方が良いわよ。……全てにおいて出鱈目だから」

   礫とウピエルが共感を共に抱きつつあったその矢先、紅茶を飲み終え空になったカップ
  を玩んでいたシエルが口を挟んだ。

  「……でも、当たらずも遠からず、と言った所かしらね」

   そう皮肉を込めて言い放つと、席を立つシエル嬢。そして自室へ向かう木製の階段をゆ
  っくりとした足取りで、確実に昇って行く。暫く硬直してシエルの背中を目で追っている
  だけだったウピエルが、突然何かを思い出したかのように我に返り、礫に向き直って少々
  先輩としての威厳を取り戻して言った。

  「ところで、部屋は取ってあるのかね? 礫君」

   そこで初めて、この村に来てから宿を取ってない事に気付き悔恨を顔に表す礫。

  「……いいえ、まだです」

   礫が苦笑と爆笑を同時に堪えながら正直に答えると、ウピエルの先輩風が突然吹いた。

  「どうだい? ここの宿屋に決めてみてはどうかね。見ての通り、飯は美味いぞ」

   そう自慢げに言って、先程まで口に咥えていたフォークを翳すと、食べかすに満ちた歯
  を見せ笑みの形に口許を歪めた。
   本当に見た目その通りだったので、礫は不本意にも吹出してしまった。
   成る程、確かに飯は美味そうだ。ウピエルが綺麗さっぱり平らげた皿の数々を見渡して、
  礫は得心した。確かにここならば、暫く快適に過ごせそうだ。飯は美味いし、ふかふか―
  ―かどうかは定かではないが、取り敢えず一晩眠りを妨げない程度の寝具は揃っているだ
  ろうし、雨露を凌げる屋根も付いている。例え上等の宿屋でなくとも、それだけで冒険者
  にとってはこの上も無く幸福を満喫出来る。
   よし、この二人に甘えてしまおう、と即決する礫。
   曇り澱んだ顔が、見る間に晴れ渡っていく。

  「ええ、ウピエルさん、お願いします。僕も一緒に……」
  「は!? ……お願いしますぅ? 誰が、誰にだ?」
  「え!?」
  「いいかぁ、宿は自分で取るものだろ。礫君。君も冒険者ならば、なんでも一人でこなす
  ようにしなさい」

   期待していたのと完全に逸脱した答えが返って来たので、礫は思わず椅子からずり落ち
  そうになった。てっきり名前を貸してくれて、同室で過ごせるものとばかり思っていたの
  である。当てが外れて落胆し、からかわれたのだと思い多少むかっ腹が立った。
   頼りになるはずの先輩、ウピエルは、非情にも自力で部屋を確保しろというのだ。

  「そんなぁ……。先輩を当てにしちゃ、いけないんですかぁ?」
  「ならん。甘えは許されん世界なのだ。……ちゃんと部屋が確保出来たら、俺様の部屋に
  顔を出すようにな。二階の一番奥に部屋を取ってあるから。まだまだ未熟な君に、色々と
  指南してあげよう」
  「……はぁ」

   実の所、ウピエルの財布は少々心許なかった。先輩風を吹かした後で気付いたのだ。
   先程の晩餐に予算をつぎ込み過ぎたと、後悔の念に駆られたのは言うまでも無いだろう。
   天井に吊るされたランプがウピエルの頭上で今にも消えそうに瞬いていた。それが、今
  のウピエルの心情を物語っているかのようだった。

  ――― ○ ―――

  「自業自得ね」

   開口一番シエルが冷たく言い放った。その言葉は勿論、懐具合が寂しくなって明日から
  どうしようかと頭を抱えているウピエルに向けたものだった。
   ウピエルが先輩風もそのままに自室に戻ってくると、軽くノックの音が二回響き、「入
  るわよ」の一言のもとに許可も下りぬままシエルが入って来たのだ。
   当然の事ながらシエルがウピエルの部屋を訪れたのは、礫が自室を確保し約束通りウピ
  エルの部屋を訪れるのを見計らっての事だった。
   だから礫がシエルのその言葉をノックの音と共に耳にしたのは、背中越しだった。

  「或いは、大食漢の銭失い、ね」

   シエルは更に止めを刺すように、言葉を重ねた。

  「あれ? そんな諺ありましたっけ?」
  「私が、今、作ったの。何か文句ある?」

   礫の一寸した疑問に、シエルはしれっと答える。
   簡素を極めた室内に、冷めた空気が一瞬満ちた。一瞬だけだったが、室温を下げるには
  十分だったらしく、礫は寒気を覚え身震いした。

  「僕、この依頼、受けようと思うんです」

   数秒か、数分か、兎に角暫く沈黙が続いた後、礫が決意も新たに口を開く。矢張り、冷
  たい空気に耐えられなくなったのだろう。はたまた沈黙の空気自体にトラウマがあるのか
  ……。兎に角礫は口を開き、更に言い募る。

  「依頼人がどんなに間が抜けていても、協力者がどんなに胡散臭くても、実際に困ってい
  る人が居る限り依頼を断るわけにはいかないと思うんです。困っている人を見ると、助け
  て上げたくなる性分なもので……」

   語尾は濁したが、流石に見事なまでの優等生的意見だった。
   礫にとって、他人を見捨てるという事は、苦痛でしかない。自分が今まで与えられて来
  た数多の苦痛、心痛を思うととてもじゃないが見捨てる事など出来ない。もし、見捨てて
  しまったら、自分を苛めてきた者達と同じになってしまうからだ。それだけは死んでも嫌
  だった。

  「…………そう。でも、報酬が貰えるかどうかは、判らないのよ。貴方、ボランティアで
  もする気?」
  「ボランティア……それも良いですね。僕にとって報酬は、生活の足しにでもなれば良い
  だけですから」
  「……なら決まりね。ウピエル、貴方はどうする?」
  「決まりねって、勝手に決めるなよシエル。まだ報酬の額も聞いていないんだぞ。受ける
  かどうかは……」
  「私は、受けようかと思うの。どうせ暇だし、面白そうだしね」

   ウピエルは金魚の口宜しく、自分の口を開いたり閉じたりを繰り返していた。だが、言
  葉は出てこない。呆れて物も言えない風だと、礫は思った。
   ウピエルは諦めたように肩を落とし、ついでに頭も垂れて何やら呟いていたかと思うと
  途端に立ち上がり、ウクレレを出鱈目に弾きながら高らかに宣言した。

  「うぉ〜〜〜っっ!! 俺様も、やぁってやるぜ〜〜っ!!! ヤリパンサ〜〜ッ!」

   何故かウピエルの瞳の端に、光る物があった。
   ウピエルの涙の歌声と、出鱈目なウクレレの音階とが宿屋の板張りの天井を突き抜けて
  高き蒼穹に響き渡っていった――。





          <語っても、よいですかな?>      愉快な魅流


   シエルのジトっとした視線にちまちまダメージを受けながらひとしきり歌い終えて、
  改めてウピエルは礫の方に向き直った。

  「さて、ボウヤ。かる〜く吸血鬼のことについて教えてやろう。
   どうせたいしたことは知らないだろう?」

   椅子の背もたれに腕を乗せて、礫に席を促すウピエル。
  シエルはと言うと当然の様にソファーに腰掛けている。
  そして、話は始まった。

  「まず、吸血鬼は大別して二種に分けられる。
   で、片方を『真祖』もう片方を『死徒』と呼ぶ。ここまではいいな?」

   結局椅子がなくてベッドに腰掛けることにした礫をみながら首を傾げてみせる。
  礫のあやふやながら一応理解した、という態度に今度はシエルが口を開く。

  「その二者の違いは、在り方なの。
   『真祖』と呼ばれる存在(モノ)は生まれたときから吸血鬼だったもの。
   そして『死徒』とよばれるそれは人間から吸血鬼になったもの。
   もともと『死徒』は『真祖』の餌として彼らに血を吸われた人間達が自立した者なの   
  よ」

  「ちなみに、今回の俺たちの敵は十中八九間違いなく『死徒』の方だ。
   こいつらは、昔の領主を気取って勢力拡大ゲームをするのが好きでな、
   今はまだ力を蓄えている段階だが、
   そのうち街一つ、ひいては国まで支配することになる。ほっておけばな」

  「はい、ちょっと質問です。
   その『真祖』というのは何者なんですか?」

   律儀に片手を上げて、礫が口を挟んだ。
  その態度にウムとうなずいてからウピエルは嬉々として講釈をたれ始める。

  「『真祖』という存在はだな、簡単に言うと人の敵、機械の敵。
   ありとあらゆる自然を脅かすものの敵だ。
   吸血鬼と言ってもやつらの性質は精霊に近い。
   この世界そのものから力を吸い上げているため無限に近い能力を誇り、
   自分の想像したものを自然に反映させ、数多の能力を持つ。
   この世界が、天敵のいない人間の為に生み出した究極の存在。
   ちなみに人型で実体も持ってる。人を律するには人の型をって考えらしいな。
   ま、運悪く遭っちまったら辞世の句でも詠む間があるかどうかもあやしいしろもんだ」

  「圧倒的ですね…」

   そろそろ日も完全に堕ち、月の時間帯となる。
  件の吸血鬼騒ぎのせいか夜闇を出歩く者もなく、
  彼らの部屋の中には語る声とランプの芯が焦げる音しかしない。
  しかし真円を描く金白色の月も、まだ天の頂には達していないのだった。

  「はなしを戻そう、この際やつらの起源やら実体についてはどうでもいい。
   問題はどうやつらと戦いやつらを倒すか、だ。
   礫、お前の武器は無銘の刀だっつってたっけか。
   はっきりいってそれじゃあやつらにダメージは与えられん。
   刀は確か鋼鉄と芯鉄から成り立っていたと思うが、どちらも人の意思を伝えにくい」

  「刀の構成なんて、妙なものを知ってるのね」

   饒舌に語るウピエルの弁に、シエルが茶々をいれた。
  しかし牽制の意味も込めたその言葉は、
  「まぁな、刃物のことなら任せてくれぃ」
  というアブない一言に一蹴されてしまう。

  「まぁ、とにかく『死徒』っつー吸血鬼は、
   早い話が根性の力で無理やり死んだ体を動かしてるわけだ。
   つまり肉体ではなくその根性を滅ぼさなければいけないわけ。
   吸血鬼退治に銀の武器が定番なのも、あの金属が人の意思を伝えやすいからだ。
   つまぁ〜り、やつらを簡単に倒すには銀のそれも飛び道具がいいわけだ。
   なぜかというと…」

   と、まぁ無駄に長いウピエルの話を総合するとこうなる。
  ・もともと不死ではない人間が不死たりえているのは、
   早い話がすさまじい精神力でその意識を保ち、吸血によって体の崩壊を抑えているから。
  ・それを殺す方法は三つ
   @彼らの精神力を上回る気合で彼らを意識を奪うこと。
    具体的には銀の、主に飛び道具による攻撃。
    直接攻撃だと銀の特性を相手に利用されダメージをもらう恐れあり。
   A意味上の死を与えること。
    彼らの心臓に杭を打ち込むことは問答無用で彼らの死を意味する。
    存在の意味が消滅すればその存在も滅ぶのが道理である。
   B体を崩壊させる。
    彼らの寝床を破壊し血を与えずにおくと、彼らは体を保てなくなり消滅する。
    まだ、陽光にあてることで崩壊を早めることが出来る。
    一番安全で手間のかかる倒し方。

  「あぁ、あとあの伯爵のじぃさんは多分ほっといておっけーだろ」

   そういってウピエルはようやく長い時間をかけた『かるぅ〜い説明』を終わらせたのだ
  った。
  月は天空を上り詰め、後は下るだけ。
  もはや大人の、ましてや子供のものではない時間。

  「狩りの、時間だ」

   意味のなく椅子の上でポージングしているウピエルだった。





               <作戦会議>           マリムラ


   月が闇を支配する時間。
   日は沈み、星明かりすらも霞む暗黒の夜空。月は僅かに紅く染まり、真上から妖しげに  
  見下ろしている。

  「狩りの、時間だ」
   ポーズをつけるウピエルを冷たく一別すると、シエルは服の下から銀色に光る一丁の銃
  を取り出した。
  「コレは風を込めてあるけど、多分銀の弾丸も平気だと思う」
   テーブルに静かに置き、一言付け加えた。
  「いざとなったら、銀のナイフでも吹き飛ばしてあげるわ」
   さて、どうしたものだろう。
   銀はそう安価なモノではない。必要物資として現物支給させるとしても、物量作戦とい
  うわけには行かないだろう。自分には風を使うという手段があるが、それも万全ではない
  のは知っている。大掛かりなことをすればそれだけ、自分に疲労という形で返ってくるの
  だ。抗いようのない極端な睡魔として。
   ウピエルの鎌を銀メッキにするというのも無理があるし、礫の刀という武器も未知数だ。
   第一、この時間では店が開いているわけもなく、銀製のモノを手に入れるのも難しい。
  誘き出すにもなにかしらの策を練らなければならないだろう。

   ふと。シエルは顎に手を当て考える。
   狙われるのは若い女性だとすると、自分が囮になるのが手っ取り早いかもしれない。
   自衛手段があり、この中では唯一の女性である。
   吸血鬼の好みかどうかは疑わしいが、噂のおかげで夜出歩く人も疎らだ。

  「あの、どうかしましたか?」
   銃を置いた後、考え込んで動かなくなったシエルに礫が問いかける。
  「作戦、考えてたんだけど…」
   シエルが顔を上げる。
  「銀製品が手に入ったら、囮で誘き出してみるのはどうかしら」
  「手に入れるって?」
  「スポンサーに出させるわよ、それくらい。元々報酬も期待できないんだし」
   礫はそれもそうかと、頷いてみせた。が、すぐに身を乗り出す。
  「囮なんて危ないですよ。第一そんなに危ないこと、誰に頼むって言うんですか」
   陶酔するかのようなポージングにツッコミがないのが寂しかったのか、ウピエルも椅子
  に腰を下ろす。
  「シエルがいるじゃん」
  「そういうこと」
   フードを外し、仮面に手をかけるシエル。
  「さすがにコレじゃやらないから、安心して」
   こぼれる白髪は柔らかく、仮面の下から現れたのは…紅玉の瞳。
   礫は思わず息をのんだ。
  「ぅわっ…すごぃ」
   小さく言葉が漏れる。
  「ああ、それ以上は言わなくてイイから」
   自嘲気味に小さく唇が歪むシエル。昔、醜いと言われたことが頭をよぎる。
   瞳と唇の紅と前髪の一部が見事な銀である以外は、透き通るような白。
   どこか現実離れしたこの容姿が彼の目にどう映るか、シエルは知らない。
  「異様すぎて寄ってこないかしら」
   再び顎に手を当てるシエル。
   ウピエルが手をぽんと叩いてさも楽しげに提案する。
  「最後の手段として、礫くんに女装をお願いするか」
  「え?い、嫌ですよ、僕!」
   シエルは柔らかく微笑んだ。
   彼女の素顔を見ても敬遠しない人たちがいる。それだけで、とても居心地がいいのだ。
  「じゃ、サポートは頼めるわよね」
   少し目を細め、シエルは眩しそうに二人を見た。





            <The Silver Bullet>          葉月瞬


   ついに、彼女の仮面は剥がされた。
   仮面の下から現れたのは、白一色だった。
   フードの中から零れ出たのは純白の絹糸、、仮面の下から躍り出たのは紅玉と妖艶な微  
  笑を貼り付けた紅唇。そして、白磁の肌。
   それは、純潔の白だった。
   雪にも似た、鮮やかな白。
   一瞬、惚ける様に彼女の素顔に見惚れてしまう、礫。
   雪の精だと思った。
   天空から降りた天使だとも。
   清楚で可憐で純粋で……、女性に対する褒め言葉と言う褒め言葉を凡そ全て並べ立てて
  みたところで、どれも当て嵌まらないようなそんな気さえする。相手を称賛する、ありと
  あらゆる美化言語が礫の脳裏を過ぎったが、何故か出て来た言葉は己の思惟とは裏腹なも
  ので実に単純明快なものだった。

  「ぅわっ!……すごぃ」

   息を呑んで、礫がやっとの思いで搾り出した言葉がこの一言だった。
   言ってから酷く後悔した。
   これは、相手に対して物凄く失礼なのではないかと。もし、彼女がその抜けるような白
  い容姿に劣等感を抱いていたら自分のこの反応は限りなく不愉快に感じるだろう。初対面
  の相手に対する態度としては、余りにもお粗末過ぎる。自分のポリシーに反する行為だ、
  と礫は自分自身の行動に嫌悪感を覚えた。それは、余りにも微細で些細な感情だったので
  周囲にも己にも気付かない小さな亀裂だったが。だが、そんな些細な亀裂でも失敗を恐れ
  臆病になっている礫にとって慎重な行動に移す理由としては十分だった。
   礫は無意識の内に手を口に当て、「もうこれ以上は何も言いません」と言う意思表示を
  見せながら、シエルの様子を上目遣いで見る。

  「ああ、それ以上は言わなくてイイから」

   これは、許しだろうか。それとも、ほんの少しの気遣いと呆れだろうか。礫は酷く不安
  になった。相手に嫌われてしまったのではないだろうか、と。こんなに綺麗なお嬢さんに
  嫌われてしまったのだろうか、と。もう、嫌われるのは嫌だ。もう二度と、他人に嫌われ
  たくない。礫は、自分が捨て子だと言う事、育てて貰っているんだと言う劣等感に苛まさ
  れながらこれまで生きてきた。他人に対して慇懃に振舞うのも、優等生としての顔を持つ
  のも全ては他人から嫌われたくないからだ。自分は、要らない子だと言われたくないから
  だった。
   ふと、シエルに視線を転じると彼女が微かに微笑んだように感じた。礫は一瞬顔を高潮
  させる。だが、次の瞬間礫は現実に引き戻されるのだった。

  「異様過ぎて、寄って来ないかしら」

   その言葉を受けたウピエルが、さも愉しげに手を一つ叩き提案する。

  「最後の手段として、礫君に女装をお願いするか」
  「え!?い、嫌ですよ、僕!」

   咄嗟に口をついて出た言葉は、否定の言葉だった。だが、礫はまんざらでもないようだ。
  この人達と一緒に居ると楽しい。それだけで十分だ。行動を共にする理由としては。例え
  ば、自分が女装する事により少しでもこの二人と親しくなりえるのならやっても良いと、
  その時は不覚にもその考えに走ってしまったのだ。

  「じゃ、サポートは頼めるわね」

   礫にとっては天からの助けにも似た、シエルの言葉。
   どうやら自分は女装をしなくて済みそうだ。先程陥った、不本意な思考から脱し得て礫
  は密かに安堵した。

  「ん〜じゃ、まずは“銀の弾丸”の確保からだな」

   伸びをしながら、ウピエルが言った。
   そろそろ、就寝の時刻が迫って来たらしい。窓の外では曙光と小鳥の囀りが夜の終わり
  を告げていた。

  ――― ○ ―――

   礫が目覚めたのは、陽が中天を割った頃だった。
   室内に差し込む日の光が眩しくて、つい目を細めてしまう。一瞬白く幕が掛かり、暗い
  室内が徐々に明るくなっていく。室内を隈なく見渡してみるが、昨日遅くまで話し合いを
  していたシエルとウピエルの姿は見当たらない。自分の荷物だけが寂しげに置かれた殺風
  景な室内を目の当たりにして、改めて此処が自分の取った部屋だと言う事を頭の隅で認識
  する。光の差し込む角度から、今が丁度真昼時――太陽が天頂に差し掛かった頃だと言う
  事がわかる。そして、自分が寝過ごしてしまったと言う事も同時に認識する礫。

  「あっちゃ〜。寝過ごしちゃったよ。あの二人、まだいるかな?」

   言葉を吐き捨てるのと同時に、まだ居る事を祈る礫であった。


   昨日の晩。
   正確には深夜から今朝方未明に掛けてだが、三人で話し合った結果、まず昼間の明るい
  内に、必要な全ての道具と戦闘の段取りを済ませておく事と相成った。短時間で全て済ま
  せられるようにと、役割を決めて置こうとウピエルは提案した。そこでシエルの指示の下
  で、役割が次々と決まっていった。まず、昼間の間の役割分担はシエルと礫の二人でボル
  ダーに会いに行き、ウピエルは銀の弾丸以外の雑多な道具を買い出しに行く事とした。
   この時点でウピエルが不満を露にしたが、シエルの一瞥と一理ある説明に納得させられ
  る事となった。

  「だって、貴方じゃ突然何を言い出すか判ったものじゃないもの。人に会いに行くときは、
  それなりに礼儀正しい人と行きたいじゃない? それに……ここは敵の事をより良く知っ
  ている者が分かれて行動した方が良いと思って」

   そして、反論の言葉が出て来ないで逡巡しているウピエルに有無を言わせない様に買い
  物リストを手渡すと、シエルは透明な微笑を浮かべた。

  「行って、くれるわね?」

   ウピエルは、首肯せざるを得なかった。


   支度を整えて階下の食堂に降りて行くと、礫の祈りが通じたのかシエルとウピエルが食
  事を取っていた。時間を考慮すると昼食だと思われるが、遅い朝食である可能性も否定で
  きない。礫が尋ねると、遅い朝食であるということが判明した。二人ともつい今し方起き
  たばかりだと言う。

  「遅かったわね。礫君……だったかしら」
  「あ、呼び捨てで良いですよ。すいません、いつもは早くに起きるんですけど」
  「ま、昨日は寝るのが遅かったしな」

   椅子に座る前にシエルの方をちらと見たが、彼女は昨日出会ったばかりの服装と同じも
  の――仮面と黒フードを装着していた。暑くないのかなと礫は考えたが、彼女にとってそ
  れはさしたる問題ではないらしい。
   礫が席に着くと、まるで待っていたかの如く食事が運ばれて来た。
   それを一瞥するとウピエルは確信めいた笑みを漏らし、礫に言った。

  「君の分も食事、頼んでおいたからさ。礫君。感謝しても良いからな」
  「彼が間に合わなかったら、自分が全部食べるつもりだったくせに」

   すかさずシエルのツッコミが入る。ここら辺の息はぴったりだ。そう思うと、礫は無意
  識の内に笑い出していた。心の底から、腹の底辺から笑が込み上げて来る。嬉しくて、嬉
  しくて、どうしようもないのだ。人との触れ合い、そういったものに飢えていたのかも知
  れない。
   急に声を立てて笑い出した礫を、二人は互いに顔を見合わせ本気で心配した。

  ――― ○ ―――

   自警団本部には、ボルダーの姿は見当たらなかった。
   隊員の一人を捉まえて聞いたところ、今の刻限なら街の見回りに行っているとの事だっ
  た。何処に行ったのか聞いたところ、ハッキリした事は判らないらしい。暫くすれば帰っ
  てくるので、ここで待っている事を進められたが、シエルははっきりと拒絶の意を表した。
  この様な所でグズグズしていられる程、時間があるわけではないと。ハッキリとそう言っ
  た訳ではないが、慇懃な言葉遣いの裏にはそういったニュアンスが含まれている、礫はそ
  のように感じた。

  「当ては、あるんですか? ……その、ボルダーさんの行き先の」

   礼儀をもって自警団本部を後にした後、礫は唐突にシエルに質問をぶつけた。その疑問
  が生じた理由は、余りにもあっさりと引き下がってしまった事に由来している。何か当て
  があるのではないか、そう考えるのも当然と言えば当然である。

  「当ては……あるといえばあるし、無いと言えば無い……かな」

   意味深な言葉を残し、一人先を歩くシエル。その歩の進める先は、宿屋とは別の方角―
  ―町の郊外に向いていた。郊外にはかつて領主が居住していた城郭の跡地があるという。
  先程の自警団員から貰った地図には、そう描かれていた。
   その地図を見ながらシエルの後ろを歩いていた礫は、ふと何かに思い当たったかのよう
  に顔を上げて言った。

  「そうだ! 昨日ウピエルさんが言っていた、せこい方法で仕留めます? 今の刻限なら
  ……」
  「いいえ。今夜。一発で仕留めるわ。真祖なら……」
  「真祖なら……?」

   一度言葉を濁した後、歩みを止め礫の顔を真っ直ぐに見据えるシエル。仮面ごしながら
  もその美麗な顔に吸い寄せられる、礫。

  「今夜は、満月よ」

  ――― ○ ―――

   城門の正面に、一人の男が佇んでいた。
   ボルダー・シュナイフ。自警団を率いている、若き団長。その瞳に影を宿し、過去を見
  せようとしない男の事を何時しか町の住人達は、「謎の男」と噂する様になった。その「謎
  の男」は、顔に躊躇いと哀しみを覗かせ、かつて領主の城だった巨大な建築物を見上げて
  いる。
   彼の手には、ペンダントに加工した一発の“銀の弾丸”が握られていた。





           <Search and buy>          愉快な魅流


  「ったくなんで俺様がこんなことを…」

   ぼやきながら、ウピエルは買い物を進めていった。
  まずは銀製品。皿や燭台、ナイフにフォーク。
  銀で出来ているものなら何でも買いあさった。
  それから食料品屋。
  酒とか酒とか酒を買い漁る。
  そのほかにもいくつかの店により、買い物をする。
  正午ごろにはあらかたの買い物が済み、
  荷物は両手でようやく抱えきれるほどの大きさになっていた。
  よっという掛け声と共にそれを肩に担いだウピエルは、
  最後に教会を目指した。

  「すまん、この間頼んどいたもの、できてるか?」

   中に入り、修道女に声をかける。
  こころなしかその声は震えているようにも聞こえる。
  もし修道女が彼をちょっと注意してみれば、
  彼が大量の脂汗をかき、顔色が悪いこともわかっただろう。

  「はい、私が三日間身に着けた聖印二つですね?
   けどこんなもの…何に使うんですか?」

   いぶかしげな表情を浮かべながらも、懐からロザリオを取り出す。
  布で包んで、ウピエルに手渡す。
  微かなじゅ。という音が果たして誰かに聞こえたのかどうか。
  少し焼け爛れた手で彼女に金を渡すと、そのままふらふらと教会をでていくのだった。

          ★☆◆◇†◆◇★☆

  「あ゛〜〜〜。んとにうっとおしい天気だぜ」

   サンタクロースよろしく大袋を肩に担いだウピエルは、
  よくやく買い物を終え、いまは宿屋に向かっている。
  さまざまな銀製品は鎌のコーティングや銃弾の作成に使われたのでもはやない。
  鍛冶屋のホルグレンが何個か製造をミスったので大分荷物は軽くなっていた。
  と、その道中に。

  「あのおっさん、何でこんなところに…?」

   自警団の団長が、昨日はつけていなかったペンダントを首に歩いていた。
  装飾部は手に握られていて見えないが、それほど大きなものでもないらしい。
  晴れ渡った空の天気とは裏腹に、苦渋に満ちた表情がどうにもめだつ。
  …もっとも、それはウピエルにもいえることなのだが。
  ともあれ、目的を持つ者特有のしっかりとした足取りで郊外の方へ向かうボルダー氏。

  「なんか、面白そうだな」

   しばらく彼の姿を見送った後口の端を歪めて笑い、言うウピエル。
  かくて、自警団長を追う24歳独身恋人募集中という、
  誰がいつ何処でどう見ても奇妙で人様から後ろ指を刺されてもおかしくない構図が出来上
  がったのだった。





             <城郭跡地へ>           マリムラ


  「今夜は、満月よ」

   しばらくの間の後、シエルは少し足早に歩き始めた。急に歩速が上がったことに驚きつ  
  つも、礫は遅れないようについてくる。
   満月……魔力の満ちるこの日に動きを見せないはずはない。そして、相手が真祖となる
  と、同じ手は二度と通じないと考えるべきだろう。危険を考慮して普段は「本体」を隠し
  ていたとしても、必ず「本体」が動く満月の夜、つまり今日、確実に仕留める必要がある
  のだ。

  「あ……んのバカっ!」

   突然弾かれたようにシエルが走り出した。礫の視界の端には小さくウピエルが見えたよ
  うな気がした。

  「ちょっ、どうしたんですか?」

   礫が走りながら小声で訊ねる。シエルは走りながらも、ちょっと感心していた。
   礫は賢い。突然走りだしたにも関わらず、誰かを追っていることにすぐ気づいたのだろ
  う、シエルだけに聞こえるように声を潜めてくれる。それに。足も速かった。走りながら
  の会話に息が乱れていない。

  「アレが歩いてるの見えた?」
  「ウピエルさんですね」
  「そう。私たち、宿で落ち合う予定だったわよね?」
  「ええ、宿は反対方向です」
  「……なんかヤな予感がするわ」
  「フラついて誰かを付けていれば、心配になるのも無理はないですよ」

   ウピエルが折れた横道へ入る角で、シエルは速度を落とした。あわせて礫も歩き始める。

  「シエルさん、足が早いんですねぇ」
  「ねぇ、なんでアレが尾行中だと思ったの?」
  「え?だって……違うんですか?」
  「いえ、よく分かったな、と思って」

   シエルに確信が持てなかったことを、礫はいとも簡単に見抜いていたのだ。
   確かに、そう考えると違和感も納得がいく。サポートを頼むどころか自分の方がサポー
  トに回ることになりそうだと、シエルは小さく笑った。
   さて、どうしたものか。
   ウピエルはシエルが向かうつもりだった城郭跡地に向かっている。が、直接対決には早
  すぎる。
   まだ太陽の位置はかなり高い。月が昇るまで、どうやって間を持たせればいいのだろう。

  「礫くんは、どう思う?」

   ウピエルを見失わないように歩きながら、シエルは問いかけた。





             <The memory>            葉月瞬


   銀の弾丸――。
   そう、一般的名称を与えられた傾き掛けた陽光を受け銀色に鈍く光る寸胴の弾丸を手に  
  し、彼は小刻みに震えていた。
   彼にとってそれは、思い出深い代物だった。考えただけで哀しく、そして酷く懐かしい
  哀愁に囚われる思い出の――。

   彼には、兄が一人いた。兄と呼べる肉親が、たった一人だけいた。
   彼にとって、この世で肉親と呼べる人物は其の兄だけだった。
   彼の兄は、吸血鬼を狩る事に喜びと、生活の糧を見出していた。
   兄は――ヴァンパイア・ハンターだった。
   あの時も、彼の兄は笑顔で仕事に出掛けて行った。
   今夜は久しぶりにご馳走が食えるぞと、彼に微笑んで片目を瞑って見せたものだ。それ
  が、身体の弱い彼に対する兄の精一杯の励ましである事に、彼自身気付かない訳は無かっ
  た。だが、言葉に出して感謝の意を表する事など到底出来なかった。必要が無かったのだ。
   彼は、常に兄に対しすまなそうにしか振舞えなかった。申し訳ない、感謝してもし足り
  ない、という想いが彼をそうさせた。
   とにかく、彼は兄に保護され続け、兄は彼を保護する為に日銭を稼ぐ日々を送っていた。
  ヴァンパイア・ハントは其の数多ある仕事の内の一つだった。とはいえ、彼の兄は命の危
  険を顧みないその吸血鬼退治の仕事に誇りと自信と楽しみを覚えていた。
   其の日もまた、いつもの様に彼の兄は自信たっぷりな出で立ちで狩りに出掛けた。
   そして、いつもと変わりなく報酬を得て帰って来る筈だった。
   いつもの通り、寝台に伏せっている彼に「ただいま」の笑顔を向けてくれる筈だった。
   しかし――。
   其の日は、其の日だけは、いつもと違っていた。
   彼の兄は、其の日以来彼の元に帰ってくる事は無かった――。

   彼が風の便りで兄の死因の噂話を聞いたのは、彼が元気を取り戻し旅をするようになっ
  てから半年が過ぎた頃だった。
   彼の兄は、ミイラ取りがミイラになってしまうが如くヴァンパイアに殺されてしまった
  のだという。
   其の兄を殺した相手が――この村にいる。
   噂を辿ってこの村に彼が来たのは、三年程前の事だ。
   彼が復讐を心に誓ってから、悠に十年は月日が過ぎ去っていた。

   今夜は満月の夜。
   再び、彼にとって仇以外の何者でもない“あいつ”が動き出す夜だ――。
   そして彼――ボルダー・シュナイフの決意が行動に変わる時でもある……。

    ◆◇◆

  「礫君は、どう思う?」

   最初シエルの口からそう問い質された時、礫は彼女が何の事を言っているのか理解出来
  なかった。
   何をどう思えばいいというのだろう?
   疑問符が頭の上を輪を描くように回っていた。
   シエルはそんな礫の様子に気付いたのか、先程空気に溶け込んで消えた言葉に一言補足
  的な事を付け加えた。

  「月が昇るまでには、まだまだ時間が掛かりそうよ」

   其の一言の助けを借りて、礫はやっと先程の質問の意図を理解した。
   実際シエルはそんな礫の様子を見て、半ば呆れているようだった。仮面の内側からため
  息がもれ聞えて来るほどに。
   先程の鋭い指摘とは裏腹な礫の理解力の欠如に、今後の行く末を案じざるには居られな
  いシエルであった。

  「ああ、其の事なら―― 一度ウピエルさんと合流してから相談しあった方が良いかと思
  いますけど……」

   賢明で優等生的な受け答えである。
   シエルは礫のその賢明な判断を聞き、不本意にも微笑を浮かべてしまう。優等生的な彼
  の発言に、自分には無いものを感じ取ったからかもしれない。

  「……そうね。まずは、彼と合流する方が先決か」
  「で? どうやってウピエルさんに声を掛けます?」

   礫の鋭い発言に思わず目を見張るシエル。本当にこの子には驚かされる事ばかりだわと、
  見開かれた瞳の奥で語っていた。

  「そうね。まずは、彼と接触することを考えないとね」





             <Harlem>               魅流


  「後ろに二人いるな」

   ウピエルが自分もまた尾行されていることに気がついたのは、
  自警団長を追っかけはじめてから数分後のことだった。

  「………ま、いいか」

   今はこのおっさんを追うのが先。
  まぁ、二人組だし俺様を追ってくるような物好きはそうはいないはずだしな。
  そう考えてウピエルはボルダー氏の追尾を再開しようとした…が。

  「おじさんおじさん、そんなに急いで何処に行くの?」
  「私たちと遊びましょうよ」
  「たっぷりサービスしてあげるわよ…?」

   気がつけば前を行くボルダー氏が美女の群れに囲まれていた。
  白く透き通るような肌に、輝くばかりの金の髪。
  整った顔は極上の笑みを浮かべた綺麗所が4、5人ボルダー氏を取り囲んでいるのが見て取  
  れる。

  「な、なんでお前たちがここにいるのだ…?」

   独り者の彼からすれば天国のような状況だが、
  生憎と彼にはその女性達に見覚えがあるようだ。
  が、ウピエルはそんなことを知ったことではない。

  「よう、おっさん。もてもてじゃねぇか。紹介しろよ」

   対吸血鬼用の装備を近所の草むらに隠してから、出て行くウピエル。
  その瞳には女の人たちと同じ紅い光が浮かんでいた…





               <声>              マリムラ


  「よう、おっさん。もてもてじゃねぇか。紹介しろよ」

   草むらに何かを隠し、ボルダー氏に近付くウピエル。
   かなり離れた物陰で様子を見ていたシエルは頭を抱えた。

  「ほんっとに、おお馬鹿だわアイツ」
  「えーっと、助けに行かなくていいんですか?シエルさん」
  「今行ったら、足引っ張りかねないでしょ」
  「???」
  「あの女達から離れてからじゃないと。ボルダーさんを人質に取られたら動きが取れなく  
  なる」
  「ああ、なるほど。じゃ、武器の回収が先ですね」

   礫は彼等が塀の陰に隠れた隙に、草むらへと近付く。
   行動の早さに少し驚きながら、フッと笑ってシエルが続く。
   礫の推測通り、草むらに隠されていたモノは頼んでおいた品々だった。

  「彼女たちをどうやって引き離すかですね」
  「吸血鬼の支配下にある人間は、ちょっと厄介よ」
  「あれ、やっぱりそうなんですか」
  「たぶんね」
  「ボルダーさんの様子も、彼女たちの目の色も不自然だったから、そうかなと思いまし
  た」

   よく見ている。
   シエルは素直に感心した。
   しかし、自分の位置と角度からでは、ウピエルの目の色までは見えなかった。
   彼が本気を出す気なのか、キレかかっているときなのか、素なのか、確かめられない。
   小さく舌打ちすると、シエルは顎に手を当て、考え始めた。
   礫は辛抱強く待っている。

  「礫くん」
  「はい、なんでしょう?」
  「あの馬鹿に、<声>を飛ばしてみようと思う」
  「声、ですか」
  「そう。やったことはないけど、風に乗せれば彼だけに聞こえるように出来る」
  「それで、何をしたら」
  「初めてだから、<風>に集中したいの。<声>は任せるから」

   シエルはそっと目を閉じた。彼女の口の中でぼそぼそっとなにかを呟いたかと思うと、
  礫の口元には奇妙な風が留まっていた。





            <The red eye>             葉月瞬


   紅い目。
   紅に光る瞳が吸血鬼の証だと、礫はこの時初めて知った。
   そして、自分の知識の宝庫に仕舞える事に、喜びを見出していた。

    ◇◆◇

   “声”は空気を振動して相手に伝わるもの。“風”は的確に、伝える相手を限定して届  
  ける手助けをするもの。
   <Wind Voice>は確実にウピエルを捉え、礫の言の葉を乗せて届けた。それは、ひらり
  と舞う羽根の様に軽く、地を削りながら流れる水の様に奔放に、ウピエルの耳を捉え撫で
  回した。

  『ウピエルさん、武器は確保しました』

   それだけで良いと礫は思った。
   ウピエルならばそれしきの言葉で、此方が言いたい事を理解してくれると。
   彼の事は道すがらシエルから聞いていた。彼が吸血鬼であること。それでありながらも、
  同属狩りをも辞さないギルドハンターであること。彼がある程度までなら、吸血鬼の力に
  支配されず自制できる事……。
   一昨日降った雨水が溜まったまま蒸発せずにそのまま残った水溜りに、彼の“紅の瞳”
  が克明に移っていたのを礫はしっかりと両の瞳で捉えていた。

  「紅い目……どうやら、ウピエルさんも吸血鬼形態に成っているようです。シエルさん」
  「………そう」

   仮面の上からでは、その思考、感情、全てを読み取ることは出来ない。しかし、辛うじ
  て彼女の言の葉に乗せられた声音によって感情を察する事ならば出来る。彼女は――焦っ
  ている様だった。何がどう焦っているのかと問われれば、正確には答えようも無いが、少
  なくとも礫の心にはその様に響いたのだ。

  「シエルさん……焦っても仕方ないです。機会を待ちましょう。きっと、彼ならば少女達
  を何とかしてくれますよ……」

   語尾は不安げに風に流された。
   兎にも角にも、今礫に残された道は“待つ”事だけだった。不安を胸中に押し隠しなが
  ら、機会を伺うしか道を選ぶことが出来ないのだった。





              <Dance!!>             魅流


   とりあえず目の前の事態をどうにかしようと動こうとしたとき、
  妙な風がウピエルの耳を撫で回した。

  『ウピエルさん、武器は確保しました』

   風に乗って礫の声が運ばれ、確かにそれは耳に届いた。
  尤も、実はそれ以前の会話すら丸聞こえだったりするのはここだけの話。

  「ちっ、隠してたハズなのになんでバレてんだよ…しかも妙に勘違いしてやがるし…」

   そう、自身も吸血鬼たるウピエルは、
  ちょっと意識を集中すればそこら辺の音を全て聞き分けることもできる。
  尾行の気配に気付いて以後、礫とシエルの会話を盗み聞きするくらいは造作もなかった。

   そも、日の下でも活動できる吸血鬼なんて普通の人間には想像もつかないハズだ。
  実際ウピエルはそれを行う事で数多の人の疑いを晴らしてきた。

  「ま、いいか。とりあえずあっちをどうにかせにゃあいかんし…」

  そう意識を切り替えて――開き直っただけかもしれない――
  ウピエルは自警団長の周りにまとわりつく美女達の始末にかかることにした。

   最初は、魔眼で一気に始末しようと思ったのだ。
  相手の目を通して脳に、深層意識に無理矢理こちらの思念を叩きつける魔眼の能力は、
  こういう事態の収拾をつけるのにはもってこい。

   ただし、それは相手が単数ならば…の話である。
  こうもたくさんいてはいちいち目を覗き込んで支配するのも面倒だ。
  結局、瞳は一瞬紅くなっただけだった。

  「ち、女を殴るのは趣味じゃネェんだけどよ…」

   呟くと同時に、ボルダー氏の方に踏み込んだ。
  二条からなる薄紫の残光を残して、ウピエルはいわゆる一つの疾風となり襲い掛かる。

   延髄に手刀、こめかみの捻りを加えた掌底、鳩尾に肘鉄。
  わき腹に回し蹴り、正面から蹴倒し踏みつけて躙り、くるっと反転して顎を蹴り上げた。
  ここまで仲間をやられてようやく気付いた最後の独りが構えをとるが――

  「遅ェ。」

   造作もなく股座と肩をつかまれ、投げ飛ばされる。
  いくら身体能力が向上していてもそこは素人、受身も取れずにあっけなく地に伏した。

  「よう、おっさん。怪我はねぇか?」

  「き、君はいったい…?」

   とまどいまくるボルダー氏は、とりあえず立ち上がりズボンの埃をはたいた。
  後ろの二人が動き出す気配に、ウピエルはとりあえず氏に先を急がせることにする。
  途中で、倒れている美人の一人に魔眼で細工をほどこして、今度は堂々と自警団長殿の後
  を付いて歩く。
  追ってきた二人の気配が仕掛けのところで立ち止まるのに感づいて、すこし歩調を落とし、
  口を開いた。

  「なぁ、ホントは俺様達を雇ったのはカムフラージュなんだよな?」

  「なっ!?」

   いきなり無茶なことを言い始めたウピエルに、ボルダー氏は驚きを隠しきれないようだ  
  った。
  美人のねーちゃんを使った伝言はが上手く通じていれば、風をつかってこちらの会話は彼
  女らにも聞こえているだろう。
  それを確認して、ウピエルはさらに口を開く。

  「俺様達をやとって、いかにも怪しい爺さんを疑ってる間に自分は黒幕を仕留めておくつ
  もりだったんだろ?
   なにしろあのジィさんもモノホンだ。そーすれば犯人はジィさん、真犯人ももういない
  から事態は丸く収まる…」

  「しかし、何故私が…!?」

   焦った口調で横槍を挟もうとする氏を手の動きで押し止めて、ウピエルは続けた。

  「そこから考えても、真犯人はアンタがそこまで彼の名誉を守ろうとする存在。
   つまり、領主様が真犯人なんだよな?少なくともアンタはそう考えてる」

  「私にはなんの事だかさっぱり…」

   ぷぃ、と視線を逸らす氏。
  その仕草は、本当の事を言い当てられて焦っているようにも、
  あるいは全く見当違いのことをいわれて困っているようにも見えた。





              <伝言>             マリムラ


  「ほんっとに派手ねぇ」

   物陰で様子を見ていたシエルは、さっきの応用で音を拾っていた。
   礫にもちゃんと聞こえている(はずだ。たしかめてはいないのだが)。

  「アレ、本気すら出してないわよ?多分」
  「すごい人、いや、すごい吸血鬼なんですねぇ」
  「どっちだっていいわよ」

   そのとき、どうやら一応の終結を向かえたらしきセリフが聞こえてきた。

  『よう、おっさん。怪我はねぇか?』

   シエルはそっと礫を小突いた。

  「慣れないことやってるから、移動中に声を送ったり拾ったりするのは無理かも」
  「それでも、離されすぎると良くないと思います」
  「そうなのよね」
  「いきましょう」

   服の土を落とすような静かな音を合図に、そおっと近付いていく。
   離されすぎるのはマズイと思うのだが、未だウピエルの真意が分からない以上、ボル
  ダー氏に気付かれてもいいのかという問題もあるのだ。
   暫くはそっと近付いていった方がいいかもしれない。

   倒れているヒト、ヒト、ヒト。
   全員がかなりの美女だから、ほぼ間違いなく吸血鬼に襲われたという被害者達だろう。
   首筋には小さく深い穴が二つ。シエルはその一人にそっと手を伸ばした。

  「もう少し眠っててね。きっと助けるから」
  『あー、ちょーっとおとなしくしといてくんないかな。
   聞き耳立ててりゃ面白いこと聞かせてやれるかもしんないしさー』

   その声は手を伸ばした一人の美女から発せられたモノだった。
   一度ぱっちりと開けた目は赤く光り、言葉が途切れると共に瞼が落ちる。
   突然の行動の後は、その他大勢と共に無言で横たわっていた。

  「声は女性のモノでしたけど」
  「あのバカからのメッセージでしょうね。待つ?」
  「待てと言われる理由もあるでしょうし」
  「そうね」

   素直におとなしく声に従う礫、苦い笑みを仮面に隠すシエル。
   彼等の元に、風は意外な言葉を運んできた。

  『なぁ、ホントは俺様達を雇ったのはカムフラージュなんだよな?』
  『なっ!?』

   一拍置いて話は続く。

  『俺様達をやとって、いかにも怪しい爺さんを疑ってる間に自分は黒幕を仕留めておくつ  
  もりだったんだろ?
   なにしろあのジィさんもモノホンだ。そーすれば犯人はジィさん、真犯人ももういない
  から事態は丸く収まる…』
  『しかし、何故私が…!?』

   焦りを隠せないボルダー氏の声は、どこか悲壮感さえ漂う。

  『そこから考えても、真犯人はアンタがそこまで彼の名誉を守ろうとする存在。
   つまり、領主様が真犯人なんだよな?少なくともアンタはそう考えてる』
  『私にはなんの事だかさっぱり…』

   シエルと礫は顔を見合わせた。
   ウピエルはコレを彼には知られない形でこちらに知らせようとしたのだ。

  「さ、て。どう思う?」

   シエルは小さく首を傾げて見せた。
   ウピエルの推論は悪くないと思う。ただ、ボルダー氏の推論が正しいかどうか、判断す
  る材料が足りないのだ。

  「足止めしたってコトは、別行動をお望みかしら?」

   ねぇ?吸血鬼さん?
   ウピエルへ飛ばした声への返事は、氏にも聞こえないくらいさり気ない一言だった。

  『ま、そういうこと』





             <The Lord>              魅流


  「足止めしたってコトは、別行動をお望みかしら?」

   シエルの呟き…というより、確認の言葉だろう。
  それを聞いて、ウピエルは内心苦笑した。
  ――流石、相棒。分かってるじゃネェか

  「ま、そういうこと」

   それは推論を締めくくると同時にシエルへの肯定。
  そしてその直後、彼女は礫を従えて道を迂回していった。

   ボルダー氏は何かを考え込むかのようにただじっと地面に座り込んでいる。
  その表情には後悔、焦燥、困惑が入り混じって浮かんでいた。

  「私は…」

   ポツリ、と呟く氏。
  ウピエルは何も言わず、ただ彼を見下ろしている。
  そんなウピエルを見上げて、彼は口を切った。

  「私は、領主様を信頼していたっ
   だから辺りを駆け回って、あのお方が犯人ではないという証拠を集めようと思ったのだ  
  っ」

   悲痛な、叫び。

  「だが駄目だったのだ。いくら探しても、あのお方が犯人だと思わせる証拠ばかり…
   最後には私も最終手段にでたよ。
   家に領主様をお誘いして夜食会を開いたんだ…
   次の日だったよ。うちのが吸血鬼に浚われたのは…」

   語り終えると、再び自警団長はがっくりとうなだれた。
  全身に、裏切られた者の悲しみを宿して。

  「で、アンタはどうするんだ?」

   言いたい事を言い終えた風なボルダー氏にウピエルが声をかける。
  ともすれば冷たさを含んでいるような声に、彼はピクと体を震わせる。
  そしてまた、しばらく考えを巡らせ、そして今度はたちあがって、言った。

  「こうなっても私の使命はかわらん。
   どうも君がいてくれないと辿り着けそうにもないしな。
   行こう、城はもうすぐだ」

   その様子を見てウピエルがニマっと笑う。

  「上等、ならとっとと行くとしようぜ?時間は待っちゃくれねぇからよ」

   そして二人は、城に向けて駆け出した。

  ―― 一方その頃、城内部にて――

  「ボルダーよ、お前は私を裏切るのか…」

   日のあたらない北側の窓辺で、豪奢な服を着た男が空に向かって呟いた。
  窓の外には、二階であるこの場所にすら影を落とす背の高い木が群生している森がある。

  「気にすることはないわよ。貴方には私がいるじゃないですか」

   後ろから、女の声。
  言葉面だけは敬語だが、その中にはむしろ見下すような響きさえ含まれているような声。

  「そうだな、お前さえいてくれれば…私はいつまででも…」

   ふらふら…と女の方に歩み寄る男。
  一瞬だけ入った外の光に、その首にはっきりと刻まれた、
  二つの刻印が照らし出されていた。





             −あらすじ−             葉月瞬


   その事件は砂漠の傍に位置する裏寂れた町で起こった。
   美しい少女が死体で発見されたのだ。しかも首には二つの穿孔が見つかった。
   事件はさらに続いた。しかもどれも被害者は飛び切りの美女ばかりだった。
   犯人はおそらく吸血鬼だろうと踏んだ、自警団団長のボルドーは吸血鬼退治のため、ギ
  ルドハンターを雇う事に決めた。
   依頼内容は、『吸血鬼を退治して下さい。   ミンラン自警団団長ボルダー』という、
  至極簡潔なものだった――。
   ボルドーの依頼を受けて集まったシエル、礫、ウピエルの三人。
   依頼内容を詳しく聞いた三人は、ウピエルのウクレレクラッシュを受けて倒れたボル
  ドーが復活するのを待って「吸血鬼の専門家」と自称するちょっと風変わりなおじさんを  
  紹介される。名前はヴラド・ツペッシェ・山田三世。男はコスプレよろしく、とがった耳、
  突き出た犬歯、高い鼻という酷く吸血鬼っぽい格好をしていた。
   取り敢えず簡潔に自己紹介を済ませた三人。
   早速食事をしながら犯人の見当をつけ始める三人。取り敢えず、依頼を受ける事を確認
  しあう。

   食事を終えた礫はウピエルの吸血鬼についての講義を受ける。

   「さて、ボウヤ。かる〜く吸血鬼のことについて教えてやろう。
   どうせたいしたことは知らないだろう?」

   椅子の背もたれに腕を乗せて、礫に席を促すウピエル。
  シエルはと言うと当然の様にソファーに腰掛けている。
  そして、話は始まった。

  「まず、吸血鬼は大別して二種に分けられる。
   で、片方を『真祖』もう片方を『死徒』と呼ぶ。ここまではいいな?」

   結局椅子がなくてベッドに腰掛けることにした礫をみながら首を傾げてみせる。
  礫のあやふやながら一応理解した、という態度に今度はシエルが口を開く。

  「その二者の違いは、在り方なの。
   『真祖』と呼ばれる存在(モノ)は生まれたときから吸血鬼だったもの。
   そして『死徒』とよばれるそれは人間から吸血鬼になったもの。
   もともと『死徒』は『真祖』の餌として彼らに血を吸われた人間達が自立した者なの
  よ」

  「ちなみに、今回の俺たちの敵は十中八九間違いなく『死徒』の方だ。
   こいつらは、昔の領主を気取って勢力拡大ゲームをするのが好きでな、
   今はまだ力を蓄えている段階だが、
   そのうち街一つ、ひいては国まで支配することになる。ほっておけばな」

  「はい、ちょっと質問です。
   その『真祖』というのは何者なんですか?」

   律儀に片手を上げて、礫が口を挟んだ。
  その態度にウムとうなずいてからウピエルは嬉々として講釈をたれ始める。

  「『真祖』という存在はだな、簡単に言うと人の敵、機械の敵。
   ありとあらゆる自然を脅かすものの敵だ。
   吸血鬼と言ってもやつらの性質は精霊に近い。
   この世界そのものから力を吸い上げているため無限に近い能力を誇り、
   自分の想像したものを自然に反映させ、数多の能力を持つ。
   この世界が、天敵のいない人間の為に生み出した究極の存在。
   ちなみに人型で実体も持ってる。人を律するには人の型をって考えらしいな。
   ま、運悪く遭っちまったら辞世の句でも詠む間があるかどうかもあやしいしろもんだ」

  「圧倒的ですね…」

   そろそろ日も完全に堕ち、月の時間帯となる。
  件の吸血鬼騒ぎのせいか夜闇を出歩く者もなく、
  彼らの部屋の中には語る声とランプの芯が焦げる音しかしない。
  しかし真円を描く金白色の月も、まだ天の頂には達していないのだった。

  「はなしを戻そう、この際やつらの起源やら実体についてはどうでもいい。
   問題はどうやつらと戦いやつらを倒すか、だ。
   礫、お前の武器は無銘の刀だっつってたっけか。
   はっきりいってそれじゃあやつらにダメージは与えられん。
   刀は確か鋼鉄と芯鉄から成り立っていたと思うが、どちらも人の意思を伝えにくい」

  「刀の構成なんて、妙なものを知ってるのね」

   饒舌に語るウピエルの弁に、シエルが茶々をいれた。
  しかし牽制の意味も込めたその言葉は、
  「まぁな、刃物のことなら任せてくれぃ」
  というアブない一言に一蹴されてしまう。

  「まぁ、とにかく『死徒』っつー吸血鬼は、
   早い話が根性の力で無理やり死んだ体を動かしてるわけだ。
   つまり肉体ではなくその根性を滅ぼさなければいけないわけ。
   吸血鬼退治に銀の武器が定番なのも、あの金属が人の意思を伝えやすいからだ。
   つまぁ〜り、やつらを簡単に倒すには銀のそれも飛び道具がいいわけだ。
   なぜかというと…」

   と、まぁ無駄に長いウピエルの話を総合するとこうなる。
  ・もともと不死ではない人間が不死たりえているのは、
   早い話がすさまじい精神力でその意識を保ち、吸血によって体の崩壊を抑えているから。
  ・それを殺す方法は三つ
   @彼らの精神力を上回る気合で彼らを意識を奪うこと。
    具体的には銀の、主に飛び道具による攻撃。
    直接攻撃だと銀の特性を相手に利用されダメージをもらう恐れあり。
   A意味上の死を与えること。
    彼らの心臓に杭を打ち込むことは問答無用で彼らの死を意味する。
    存在の意味が消滅すればその存在も滅ぶのが道理である。
   B体を崩壊させる。
    彼らの寝床を破壊し血を与えずにおくと、彼らは体を保てなくなり消滅する。
    まだ、陽光にあてることで崩壊を早めることが出来る。
    一番安全で手間のかかる倒し方。

  「あぁ、あとあの伯爵のじぃさんは多分ほっといておっけーだろ」

   ウピエルの軽い一言に、伯爵はどうでもいい者として処理された。

   作戦会議で銀製の武器を調達するように決めた三人は、早速翌日から行動を起こした。
   銀製の武器を調達する方と、自警団団長ボルドーに会いに行く方とで分かれた。
   しかし、ボルドーは留守をしていた。

   時を同じくしてボルドーは城門の前に来ていた。銀の弾丸を手にして、思いつめたよう
  な表情で。


   買い物の途中で城門に向かうボルドーを見かけたウピエル。面白そうだという理由から、
  後を追いかけ始める。
   そんなウピエルを見かけたシエルと礫は急いで後を追いかける。
  「今夜は、満月よ」
   シエルの言った台詞が不吉を増す。

   ボルダー・シュナイフには兄が一人いた。吸血鬼退治専門の。
   その兄が死に追いやられ、その仇討ちを決意していたボルダー。
   ボルダーは満月の日、一人城郭跡地へと赴いていく。
   それを追うウピエルと、ウピエルと合流すべく後を追うシエルと礫。四人の行動は交錯
  する。
   ボルダーが吸血鬼に被害にあった少女たちに襲われそうになった時、ウピエルはボル
  ダーと接触していた。そんなウピエルに対して、<風>で<声>を飛ばすシエル。
  『ウピエルさん、武器は確保しました』
  という内容だった。
   焦ってもしょうがないと、ウピエルと接触する機会を待つシエルと礫。
   対するウピエルは戦闘状態に入っていた。
   既に『死徒』になっていた少女たちを、軽く片付けたウピエル。ボルドーに近付き、真
  犯人を言い当てる。

  「なぁ、ホントは俺様達を雇ったのはカムフラージュなんだよな?」

  「なっ!?」

  「俺様達をやとって、いかにも怪しい爺さんを疑ってる間に自分は黒幕を仕留めておくつ
  もりだったんだろ?
   なにしろあのジィさんもモノホンだ。そーすれば犯人はジィさん、真犯人ももういない
  から事態は丸く収まる…」

  「しかし、何故私が…!?」

  「そこから考えても、真犯人はアンタがそこまで彼の名誉を守ろうとする存在。
   つまり、領主様が真犯人なんだよな?少なくともアンタはそう考えてる」

  「私にはなんの事だかさっぱり…」

   その会話は風を伝って後ろの二人にも筒抜けだった。

  「足止めしたってコトは、別行動をお望みかしら?」

   シエルのその疑問にウピエルはあっさりと答える。

  『ま、そういうこと』

   先を急ぐウピエルとボルダー。



  ―― 一方その頃、城内部にて――

  「ボルダーよ、お前は私を裏切るのか…」

   日のあたらない北側の窓辺で、豪奢な服を着た男が空に向かって呟いた。
  窓の外には、二階であるこの場所にすら影を落とす背の高い木が群生している森がある。

  「気にすることはないわよ。貴方には私がいるじゃないですか」

   後ろから、女の声。
  言葉面だけは敬語だが、その中にはむしろ見下すような響きさえ含まれているような声。

  「そうだな、お前さえいてくれれば…私はいつまででも…」

   ふらふら…と女の方に歩み寄る男。
  一瞬だけ入った外の光に、その首にはっきりと刻まれた、
  二つの刻印が照らし出されていた。





                               マリムラ


  「さ、いきましょう」

   そう小さく言うと、さっさと来た道を戻るシエル。追うようにして急ぐ礫。
   二人はウピエルが武器類を隠していた所まで戻って、ようやく普通に口を開いた。

  「行くって、どこへ?」

  「あのあからさまに怪しい伯爵の所」

  「でも、ウピエルさんが放っておいていいって言ってましたよ?」

  「そうね」

   顎に手を当て、シエルはちょっと考える。

  「なにしろあのジィさんもモノホンだ……って、さっき言ったわよね?あのバカ」

  「ええ」

  「ということは、吸血鬼には吸血鬼が見分けられるんだと思うの」

  「じゃあ、彼が一番の手がかりかもしれないわけですね!」

   本当に飲み込みが早い。
   詳しい説明の前に事情を酌んでくれる賢い礫に、シエルは好意的な笑顔を向けた。
   といっても、仮面で大部分が隠れているのだが。

  「荷物も減らしていきましょうか?」

  「そうね。元の場所に隠して、弾丸だけ念のために持っておこうかしら」

   シエルは愛銃アルジャンに弾を込め、残りを隠しポケットに納める。

  「アレだけ目立つ伯爵だもの、きっと居所を探すのは簡単なはずよ」

   ちょっと自分に言い聞かせるように、シエルは呟いた。

  「そうですね」

   礫も同意する。
   自分たちの今の役目は「ボルダー氏の推測が正しいかどうかを見極める」コトだろう。
  仮に彼の推測が正しかったとして、下手に突っ込み足を引っ張るだけならウピエルに任せ  
  た方がずっとイイ。
   シエルは空を見上げた。
   まだ、空は青々と晴れ、日もすぐには沈みそうにない。
   日が暮れるまでどのくらいの時間が残っているのだろう?
   伯爵に今は害が無くとも、月が出た後、無害のままで居られるだろうかの不安もある。

  「急ぎましょう」

   シエルと礫は小走りに街へ向かう。
   胸をよぎった心配は、信頼でうち消すことにした。
  (どうしようもないバカだけど、アレなら大丈夫よ、誰よりも信頼できるもの……)
   きっとウピエルなら一人でも無事だろう。いや。
  (一人なら無事で済むけど、誰かを庇いながら、無事に済む相手かしら……?)
   だからこそ、急いで、真相を確かめて、サポートに向かうのだ。

  「アレに全部、いいトコロを持っていかせることはないわね」

   そのシエルの呟きは、ウピエルのピンチには必ず駆けつける、という、密かな誓いの言
  葉だった。


    ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


   あっけなく、というか、案の定というか。
   とにかく「吸血鬼マニアの自称伯爵」の住む家はすぐに見つかった。

  「ああ、あの変わった人ね。お昼寝が好きだから、日が落ちるまで声をかけないでって言
  ってたわ」

  「一回忍び込んだらねー、なんか黒い箱一つしかなかったんだよー?」

  「カーテンを開けないんだよなー、健康に悪いって言うんだけどさ、吸血鬼になりきらな
  きゃ吸血鬼の気持ちは分からないとか何とか言って、アノ人忠告を聞かないんだ」

  「え、だって有名ジャン」

   ちょっと聞くだけで随分色々なことが聞けるモノだとちょっと関心。
   多分自分たちのことも、噂の種になっているのだろう。

  「で、ココね?」

  「そうみたいです」

   小さな貸家らしい。窓は目張りしてあるのかカーテンの隙間すらなく、玄関とは名ばか
  りの扉にも鍵がかかっている。

  「いきましょうか」

   シエルはそう言うと、小さな風を起こし、玄関扉を鍵ごと吹き飛ばす。
   何事もなかったかのようにつかつかとブーツのまま踏み込むと、礫が呆気にとられてい
  る間に棺桶を蹴りあけ、愛銃を構えた。

  「おはよう、伯爵さん」

   見下ろすシエルの白い髪がさらりと額に落ちる。
   銃を構えた手をそのままに、僅かに顔を振って髪を払いのけると、シエルは仮面の下で
  笑った。





                                葉月瞬


  「んぁ? もう時間か?」

   無理やり目覚めさせられた伯爵の第一声は、なんとも形容し難い間抜けなものだった。
  目覚めたばかりでまだ本調子じゃないのか、伯爵は未だ何が起こったのか理解しきれてい  
  なかった。わざとらしい安っぽい牙が、きらりと光る。
   質素な外見と相まって一歩踏み込んだ室内は、貧相さを際立たせていた。まず目だって
  気になったところは、室内の広さだった。仮にも“伯爵”と名乗っている割にはその建築
  物は狭かった。屋敷と言うにはおこがましいほどに。昼間だと言うのに薄暗く見通しは聞
  かないが、簡素な暖炉が扉の正面の壁、中央にあつらえてあるのが見て取れる。火は点っ
  ていない。他の家具類は全て埃避けの白い布が被せてあって、一目で使われていない事が
  窺える。窓には態々板張りがしてあって、それが日光を遮っている様だ。丁度部屋の中央
  に棺があって、シエルが蹴りあけた棺の縁に片足を乗せている。

  「さぁ、こっちの用事をさっさと済ませて、次行くわよ」

   そう言って礫の方に振り向いて優雅に微笑んだシエルの赤い瞳は、今より先を見据えて
  いた。どことなく焦っているようにも見える。ウピエルと早く合流しなければならない。
  そういう焦りだった。

  「用事って、何の事だね?」

   牙を不必要に煌かせながら、伯爵はのたまった。

  「とぼけないで。今更。
   さぁ、教えてもらうわよ。真祖が誰なのか……」
  「真祖?」
  「本当に知らないの?」

   シエルは、少し苛立って、詰め寄った。時間が無いのだ。扉を派手にぶち破ったものだ
  から、もう直ぐ警邏の者達が駆けつけてくるだろう。流石にばったり出くわす訳には行か
  ない。
   シエルの仮面を付けたままでの凄みに、流石に気後れしたのか伯爵はあっさりと白状し
  た。

  「ああ、領主様の後妻に入った女の事だな」
  「後妻?」

   疑問に思い尋ね返したのは礫の方だった。

  「ああ。領主様はあれでも大の女好きでね。先に娶った妻に先立たれると直ぐに、また別
  の女を妻に娶ったのさ。丁度二、三ヶ月前の事かな。ところがその女を娶った途端、きっ
  ぱりと女遊びを止めやがったのさ。不審に思ったわしは調べたね。あの女が吸血鬼の真祖
  だというところまで突き止めた所で、襲われたのさ。これが、その時の傷」

   そう言って見せた右腕の傷は、蝙蝠か何かの動物に咬まれた様な咬み傷だった。穿たれ
  た二つの穴が妙に生々しい。

  「襲われたのは夜だったから正確には把握出来なかったが、ありゃあ、相当にデカイ蝙蝠
  だったな。ひょっとしたら人間大はあったかも知れん」
  「女の名前は?」

   今度はシエルが脱線した話を元に戻すべく、先を促す。

  「女の名前? 何だっけかなぁ……嗚呼! クソッ! 上手く思い出せねぇ…………えっ
  と、確か……ソフィア……違う! フィリス……? これも違うなぁ。フィ、フィ、フ
  ィーニア……確かそんな感じの名前だったと思う」

   伯爵は自信無さ気に上目遣いでシエルの認可を得ようと覗き込む。
   シエルは暫く黙っていたが、やがて満足したように一つ溜息を吐くと振り向いて礫の方
  へ近付いて言った。

  「さ、早く行くわよ。こんなところに何時までも居られないわ。グズグズしてるわけには
  いかないもの」
  「えっ!? ええ、そうですね。早く行きましょう。ウピエルさんが心配だ」
  「飛ぶわよ」

   そう小さく呟くと、シエルは外に出て何がしかの言語を低く小さく呟き“風”を呼んだ。
   そして、その“風”をシエルと礫の周囲に巻きつけると空高く舞い上がった。
   ふわりという浮遊感に、礫は驚きを禁じ得ないで居た。まさか、自分が空中に浮かぶな
  んて。思ってもみなかったからだ。

  「うわぁ……」
  「あんまり動かないで。コントロールが効かなくなるから」

   気が付いたら身動ぎしていた礫は、気恥ずかしさのため赤面した。地に足を付けている
  わけではなく、空中に宙吊りにされた格好になっているのだ。誰だって慣れない内は恐怖
  を覚えて、身動ぎの一つでもしてしまうことだろう。

  「この術はそう長く持たないから、とばすわよ」

   そう一言言い置いて、シエルは“風”を操作してウピエルが歩いていった方向――城の
  方角へと進路を取った。途中、ウピエルが用意して隠しておいた銀製の武器を取るのを忘
  れずに……。





                                 魅流


   薄暗い森の小道を抜けたその先。
  ウピエルと自警団団長はこの地域の領主の居城、つまりは黒幕の居る場所の門前で座って  
  いた。

  「素人考えなのだが、本格的に日が暮れる前にカタをつけた方がいいのではないかね?」

   普通、吸血族は夜中に活動するモノだ。だからこそ、無防備な昼間を狙うのが基本なの
  ではないか――
  『素人考え』と断ってはいるものの、常識で考えてわざわざ夜に吸血鬼に喧嘩を売る道理
  が通るハズはない。あえてそれをやると宣言し、門柱にもたれかかって目を閉じてしまっ
  たウピエルに不安を隠しきれるほどボルダーは達観してもいなかったし忍耐力もなかった。

  「今のままじゃな、まだ舞台が整ってネェんだよ」

  「舞台?まさかわざわざ堂々と戦って打ち倒してこそとか言い出すつもりか!?」

   さきほど、"なりかけ"の吸血鬼を相手にした時のウピエルは傍目にも嬉々としているの
  は丸わかりだった。ならば今回も――と発想するのは当然だろう。まして、詰問に対しウ
  ピエルは無言だ。さらに問い詰めようと焦れた団長が口を開きかけたその時。
  風が、吹いた。

  「……お待たせ」

   振り向けばどこから現れたのか仮面の美女が降り立っていた。それに少しだけ遅れて、
  刀を佩いた少年剣士も現れる。

  「ギリギリ…ってトコだな。なんか収穫あったか?」

   再び団長が振り向けば金髪の軽薄男が起き上がって軽く手足を伸ばしたりしていた。
  彼女を待っていたのか…と胸のうちで納得する団長。先ほどの自分のイライラ振りが少し
  恥ずかしく、無言になっている間にも必要事項の確認などは進んでいく。

  「領主様を後ろで操ってる黒幕が居るそうよ。真祖だって」

   淡々と言うシエルに軽く仰け反るウピエル

  「ゲ、マジかよ。そいつァ楽させちゃくれそうにネェなぁ」

   そういいつつもきっちり口元が笑みの形に歪んでいる辺りこの男も業が深いなぁ。
  なんてやや現実逃避に走ってみたり。

  「名前がちょっと不正確なんだけどね。なんだっけ?」

   仮面の麗人はそう言って後ろで鎧の具合などのチェックをしていた礫の方に振り返った。

  「フィーニア、だったと思いますよ」

   指名に応えるべく、ちょっと考えてから自信を持って応えて、ついでにチェック終了と
  いわんばかりにパムっと革の鎧を叩く。刀は腰に佩いたまま、銀でコーティングされた急
  ごしらえ対吸血鬼仕様の剣を握っている。
   もともとが急造、しかも銀なんて材質なので下手すれば剣の形をした鈍器になりかねな
  かったそれも、都合よく腕のいい鍛冶屋が仕事をしてくれたようでなんとか斬れそうなモ
  ノに仕上がっていた。

  「フィーニア。へぇ、フィーニアねぇ…」

  「心当たりがあるの?」

  「一応あるけどな。あいつは真祖じゃネェから別人じゃねぇかな。妙な偶然だけどよ」

   アゴに手をあて、いかにも考えてますと言いたげなポーズを取るウピエル。シエルに問
  われて、なんでもないとでも言うように手を振って数本の銀コーティング投げナイフを回
  収した。具合を確かめるように数回振って見てから、腰帯に無造作に挿していく。

  「さて、そろそろ行きますかね。依頼人も焦れてるコトだしよ」

   な、と忘れた頃に水を向けられて思わず詰まるボルダー氏。「まぁ、すぎた事はいいじ
  ゃないか」などとごにょごにょ呟いている辺り、なんとか気持ちの整理はついたようだ。
  ついでにこれから領主の城に突入するという緊張感も飛んだようで、はっきりと分かるく
  らいに体から余計な力が抜けていた。

  「ん?」

   力が抜けたついでに周りの様子に気を配る余裕ができたのか、シエル達が来た方、言い
  換えると街の方から人の声のようなものが聞こえてくるのに気付く。
  すごいぞボルダー、さすが自警団団長は伊達ではない。

  「いたかっ!?」「いや、こっちにはいないぞ」
  「この辺りに降りたのは間違いないんだ、よく探せッ」
  「一応領主様にご報告申し上げた方がいいんじゃないか?」

   木々のさざめきに混じって微かに聞こえる数人の声。
  それは少しずつではあるが、確実にこちらへと近づいてきていた。

  「アイツら、なんでこんなところに…?」

   首をかしげるボルダー氏。聞こえてきたのは彼のよく知る人のもの……つまりは、部下
  達の声だった。だが、その疑問はシエルの一言であっさりと解決した。

  「あぁ、私が連れてきたの。観客は多い方がいいでしょう?」

  「連れて来たって……だったら合流してから行くのかね?」

  「いや、さっさといっちまおうぜ。ったく、無茶しやがって…っとッ!!」

   仮面の下の表情は見えないが、きっと平然としているであろう顔を想像して苦笑しなが
  らウピエルは門を蹴り開けた。団員が二人でぼやいているのが聞こえたのだ。

   曰く、
  「白昼堂々民家のドアをブチ抜きやがったんだって?」
  「そうそう、辺りにいろいろ聴いて回った挙句の犯行だとよ」
  「危害を加えるでもなく逃走、しかも犯人の一人は仮面着用。体型からして女だとよ」
  「許せねぇな。とッ捕まえてひっぺがしてやろうぜ」
  ――だとか。

  「ほら、行くぜ?夜になっちまうといろいろやっかいだしな」

   かくて一向は門を抜け、いよいよ黒幕が座する本拠へと歩を進める。
  その先では、尖塔を夕日の朱に染めた紅の城が口を開いて待ち構えていた――

   数十分の時を空けて、ばらばらと寄ってくる数人の人影。その全員が同じ制服のような
  服を着用し、警棒で武装していた。

  「おい、門が壊されてるぞ」「うわ、どんな馬鹿力だよこれ……」
  「応援を呼べ!賊は領主様のお城に潜入した形跡があったってなっ」

                  ★☆◆◇†☆★◇◆

   城の中、暗い昏い部屋の中にて――

  「ウピエル…様?」

  「知ってるのか?」

   小さな呟きに問い返す声は何気ない、と言うにはいささか強すぎた。

  「えぇ、今の私が居るのはあの方のお陰と言って間違いない。そういう御方よ」

   いささか昔を振り返るようなその言葉に、闇に棲む影の一つはム、と言わんばかりに黙
  り込む。
  その様子にクスリ、と笑ってもう一つの影は前者にしだれかかった。

  「大丈夫、それは昔の話だから……。今の私にはあなただけよ」

  「私の領地を侵す不届き者め、喩えそれがかつての親友であろうとも容赦はせんぞ…!!」

   暗い昏い部屋。太陽が分け隔てなく光を与える時間はもう残り少なく、外には宵闇の気
  配がゆっくりと、しかし確実に迫っていた。





                               マリムラ






   時間は待ってくれない。
   空の色は紅に染まり、僅かずつ紫に浸食される。
   紅く輝く太陽は既に遠くの山の端へと沈みつつある。
   空を舞うのはコウモリだろうか? それともカラスなのだろうか?
   小さな影が城の上で踊り続ける……ダンスフロアはもう灯りを落とし始めていた。



   玄関ホールは閑散としていた。

   勢い良くウピエルがドアを開け放つと、部屋の隅で埃が踊る。領主が使用人に暇を出し  
  ているのだろうか、人の気配もしなかった。

  「もっかい足止めがいるかと思ったのによ」

   ウピエルが肩を回す隣で、シエルはおもむろに仮面を外す。
   城の中には殆ど日が射し込むことはなく、小さな蝋燭の灯りしかなかったので、最大限
  視界を確保しようとしてのことだ。
   零れるような白を目の当たりにして、驚き、動きが止まるボルダー氏。シエルは気付い
  ていないかのように自然に、ボルダー氏に会釈した。

  「改めて、よろしく」

   僅かに口の端が上がっただけなのに、唇の紅に目を奪われるボルダー。彼はカクカクと
  首を上下に動かすことしかできなかった。

  「んー、やっぱ何とかは高いところがお好きらしいね」

   ウピエルがホールの中央にある階段の上を見つめた。
   外の光が一筋も入れないような暗黒が、奥に続いているような錯覚を覚える。

  「しかも、ご丁寧にお待ちかねのようだ」

  「そうみたいですね」

   礫がボルダー氏を庇うように立ち、剣を構える。
   ウピエルはキラリと瞳を輝かせると、紅い目で笑った。

  「礫くんはボルダーさんを死守して。
   あのバカと私は<アイツ>を無力化して、もう一体を引きずり出してみるから」

   そういうと、シエルは階段の上に向けて発砲する。
   <アイツ>と呼ばれた人影はソレを合図にしたように霧散すると、無数の巨大なコウモ
  リとなって襲いかかってきた……。



  「キリがないわね……」

   シエルが舌打ちする。
   外は紺色に染まり始め、僅かに紅みを残すばかり。
   礫とボルダー氏は背中合わせでコウモリに応戦している。一方ウピエルも一人で奮戦し
  てはいるものの、後ろに出来るだけコウモリを洩らさないようにとしているせいか、なか
  なか前には進めないでいた。

  「どうするの?アナタ一人ならつっこめるんでしょう?」

   ウピエルに声をかけると

  「残りどうするんだよ」

   そう息も切らさず返してきた。
   満月の日、しかも後僅かな時間で完全な夜が訪れるという逢魔が刻。
   吸血鬼の彼が、生き生きとしていないハズはないのだ。

  「アナタが注意を引けば、こっちへ攻撃する余裕はなくなるんじゃないかしら」

   この会話の間に撃ち落としたコウモリは4匹。弾を込めながらウピエルに微笑みかける
  と、もう一言付け加えた。

  「それとも一緒に行って欲しい?」

  「へいへい、先に行ってますよーだ」

   肩を竦めて戯けたようにウピエルは言うと、両手に持った鎌を構え、くるっと踊るよう
  に一回転。回りには見事に落とされたコウモリの残骸がつもっていた……。

  「そんな、私も……っ」

   慌てて後を追おうとして、ボルダー氏がよろける。その隙を狙ったコウモリの攻撃は、
  礫の的確な判断で払い捨てられた。

  「ボルダーさん、ウピエルさんが後方に憂いを残さず済むように、きっちり片づけてから
  後を追いましょう」

   礫らしい利口な言葉にボルダーは力強く頷く。
   シエルはやおら重くなった瞼を擦ると、睡魔に抵抗しながらコウモリを狙った。

  「……そろそろ限界かな」

   焦点が定まらなくなってきていた。銀の弾丸の数を考えても、外すわけにはいかない。

  「お二人さん、銃は扱ったことある?」

  「え、あ、ないですよ」
  「あるが……」

  「じゃあ、キマリね」

   コウモリが減った隙に、ボルダーへ銃を渡すシエル。
   取り落としそうになったが、何とか無事に手の中へ収まった。

  「私はさっきの無理で限界が近いみたいなの。
   残りの弾丸は今銃に込められている分と、アナタの首のソレね」

   はっとして首元を押さえるボルダー。さっきよろけたときに、ペンダントが表に出てき
  ていたらしい。
   シエルは礫に向き直ると、上の階を指して言った。

  「コウモリが減ってきたみたい。 頼むわね、礫くん」

   階段を見上げる礫の後ろで、シエルは僅かによろめいた。





                                葉月瞬


   シエルがチェス盤のような格子模様の床に倒れ込むのと、巨大蝙蝠達が加速度的に襲い  
  来るのとはほぼ同時だった。しかも一匹や二匹ではない。五、六匹が纏まって互いの身体
  を擦り合いながら襲ってきたのだ。
   礫は冷静にそのシエルに襲い掛かる蝙蝠達の動きを眼で捉え、的確に刀身で薙ぎ払って
  いく。右から来た蝙蝠を袈裟斬りにすると、返す刀で正面の蝙蝠を縦に真っ二つにする。
  そのまま動きを止めないで、手首を返すと刀身は横一文字になる。そのまま振り抜いて左
  から襲い掛かって来ていた蝙蝠二匹をほぼ同時に横薙ぎにする。そして、最後に右足を軸
  に半回転させて後ろから来ていた奴を短冊斬りにした。
   床に落ちた蝙蝠の死骸は黒く霞んで霧散する。

  「シエルさん! 大丈夫ですか!?」

   倒れたシエルを気遣う礫とは対照的に、ウピエルはそのまま振り向きもせずに鎌を胸の
  辺りで交差するように両手で構え、雄叫びを上げながら階段を駆け上がっていく。さなが
  ら肉食獣のそれのように動きは俊敏だ。
   目指すは階段の頂上、蝙蝠達を放っている元凶である。
   ウピエルの吸血鬼としての能力はまだ中間ぐらいである。その証拠に瞳の色は未だに赤
  い色のままだ。

  「へっ、死徒相手に本気を出すまでもねぇ!」

   両手に持った鎌を交差させてクロスの形に振り抜く。的は当然領主の成れの果てだ。
   鎌には銀の加工が施されており、旋回した時に蝋燭の光が反射してきらりと光った。
   領主は一歩下がって、ウピエルの攻撃をかわすと同時に二匹の蝙蝠を出現させて牽制す
  る。ウピエルの二本の鎌は二匹の蝙蝠をあっさりと分断した。

  「おい! あんた! 下をよく見てみな! あんたのご自慢の蝙蝠は、もうあらかた片付
  いてるみたいだぜっ!」

   鎌を振り下ろしながら余裕の笑みを張り付かせて語りかけるウピエル。
   領主は、ウピエルの攻撃を辛うじて避けながら階段下を見遣った。


   領主が見た時には、既にあらかた礫が蝙蝠達を片付けた後だった。礫とボルダー、それ
  から倒れているシエルの周囲には千切れて転がる蝙蝠の残骸が山のように積まれていた。
  何れ消え行く骸たちだ。

  「おい、あんた……体が壊れかかってるぜ」

   右手の鎌をフック気味に振りながらウピエルが指摘する。
   ウピエルが指摘した通り、領主の体は半分崩れかかっていた。身体の右半分が霧散して
  いて、左半分から突き出している肋骨が露になっている。それでも生きて動いていると言
  うのは、まがりなりにも不死であると言う証であろう。

  「くっ!」

   領主は半分崩れかかっている自分の身体を目の当たりにし、苦しみを滲ませた表情を見
  せると、途端に身を翻した。目指すは自分のマスターがいる奥の部屋だ。

  「あのお方に何とかしてもらわなければ――」
  「だから、諦めろって」

   ウピエルは余裕の笑みも凄まじく赤い瞳を煌かせると、霧になって領主の行く手を塞ぎ
  両手の鎌をクロスさせて振るった。
   領主は断末魔の悲鳴も生々しく、十字の傷を癒す事も無く倒れ果てた。
   倒れた領主の頭上では止めを刺した最後の格好で、ウピエルが格好よくフィニッシュ
  ポーズを決めていた。口元を笑みの形に歪ませて。

  「領主様!」

   驚愕の色を込めた声にウピエルが視線を上げると、丁度ボルダーが階段の上まで上がっ
  てきて驚きで見開かれた目で領主の死体を見詰めているところだった。暫く肩を少し震わ
  せて顔を俯けていたかと思うと、突然何の前触れも無く走り出した。
   暗がりに呑み込まれた廊下の先へと――。

  「あっ! おいっ! ちょっと待て!」





                                 魅流


  「あっ! おいっ! ちょっと待て!」

   舌打ちをしながらボルダーを追いかけるウピエル。
   何やってるんだあの馬鹿、まだ領主のトドメも刺してネェっていうのに――!!
   知り合いの、かくも無残な姿を観察する冷静さを求めるのはまぁ酷というものだろう。
   そして夕闇の靄の中、足元をゆっくりと霧状の何かが王座の方に流れていったコトに気  
  付かなかったっていうのもまぁしょうがないだろう。
   だからってむやみやたらに先走っていいって事はネェ。ほら、今にも王座に集まった霧
  は再び人型を成し、肘掛に手を掛けてやがる……!!

  「待ちやがれってんだ、よっ!」

   王座に向けて駆け上がっていくボルダー氏を体当たりで吹き飛ばすのと、

  「ヒッ!!」

   彼の目の前に豪華なシャンデリアが落下してくるのはほぼ同時だった。
   普通のシャンデリアならばそのまま絨毯に引火して火事にでもなっていたであろうが、
  幸いというべきか当然というべきか火は灯っていなかったので一瞬埃が立ちこめるだけで
  済む。もっとも、挽肉になりかけていた自警団団長にはそこまで考えを回す余裕はなかっ
  たのだが。

  「ボルダー、お前だけは最後まで私を裏切らないと思っていたのだがな…」

  「なっ」

   舞い上がった埃が落ち着くのを待って、この対人罠を動作させた人物は言葉を発した。
   先ほどまでいろいろと欠落していたハズの体も刻々と回復を遂げていく。
   ここにきて、ボルダー氏にも傷口に足元から霞が集まって来ているのが見て取れた。
   かなりの勢いで体を再生させる領主は、自らの王座に腰掛け両手を組み審判を下す裁判
  官のようにかつての友を見下ろしている。

  「そんな、さっき確かに…」

  「あぁ、アンタが余計なコトしなけりゃあのままトドメまで行けたんだけどナ」

   男の独白に答えたのは裁判官ではなく、彼の審判から咎人を救った部外者だった。
  体を起こし、二本の鎌を両手にぶらさげて領主を見やる。

  「考えてみろや。体を蝙蝠に変えて襲ってくるようなヤツだぜ?
   見た目がダメージを測るのに参考になると思うか?
   コイツはな、やられたフリをして俺たちが油断するのを待ってやがったのさ。
   ご丁寧に斬られる前にその部分を自ら霧に化けさせて攻撃をやり過ごしてな。
   まぁ、多少はマジメに攻撃をしかけて化ける間もなく撃ち落されたり斬り落とされたり
  してたみてぇだが」

  「気付いていたか。だが、それを知ったところでお前に私をどうこうはできまい?
   いくら人ならぬ身とは言え、な」

   嘯く領主。それははったりでもなんでもなく、本当に何人たりとも自分の体を侵す事な
  ぞできはしないという確信だった。吸血鬼は個体によって持っている能力に差がある事は
  多い。この"領主"は自分の体の分解、再構成に特化した個体であるらしい。

   思わず溜息がこぼれた。いくら立場を利用して見境無しに力を得たとはいえ、一年も化
  け物をやってない、こんな自分の体をいぢくり回すしか能がないヤツがこんな大層な口を
  利くようになるとは。

   外に意識を向ければ、シエルが連れて来た自警団の団員は自分達の領主の座っているハ
  ズの場所に化け物がいる所為で中に入りかねて様子を伺っているのが分かった。
   殺るなら、今だ。

   もう一度、深い溜息。あからさまな落胆の仕草に領主が訝しげな顔をした頃にはウピエ
  ルは目の前に肉薄、ほとんど条件反射に首の防御に入った右腕を斬り飛ばしている。
   再生する間も与えずに肉体を破壊し無力化、しかる後にトドメを刺す作戦は失敗。なら
  ば、手を抜かずに確実に無力化をすればいいだけの話。
   体の一部を斬り飛ばす、というところまでは先程と変わらない。領主の口には無駄だと
  言わんばかりの笑いが張り付き、斬られた断面はすでに霧と化している。

   そしていよいよ腕本体が霧散しようとしたとき。
   領主の右腕は、ウピエルの一睨みで音も立てずに燃え尽きた。

  「な、馬鹿な!?その瞳……まさか貴様、祖だとでも言うのか!?」

   いったいその瞳に何を見たのか。さっきまでの余裕はどこへやら、一転して声に怯えが
  混ざり目を見開く領主。ボルダーや礫には背を向けている形になるので、彼らがウピエル
  と領主の間に何が起きたのかを伺い知る事はできない。外の自警団員達に至っては、辛う
  じて彼らの領主様の腕が斬り飛ばされたのが見えただけだった。

  「そういうワケじゃネェんだけどよ、ちょいとワケありでな」

   ウピエルが苦笑しながら応えた時には領主の残る手足を全て刈り取られ灰と化している。
   相当な痛みがあっただろうに痛そうなそぶりなぞは一切見せず、もはや領主はただ愕然
  と震えるだけだった。

  「馬鹿な、私の手足が再生しないだと……!?
   そんな事があってたまるか、もう私は弱かったあの頃とは違うのだ……!!」

   半ばパニックを起こしながら自分の手足を再生しようとする領主を尻目に、ウピエルは
  シャンデリアの残骸をようやっと乗り越えてきたボルダー氏に場所を譲る。

  「領主様」

   手足がない事や、もはや人間ではない事。それらを差し引いても、今王座に座っている
  のはボルダーの知っている領主とはまったくの別人だった。
   体が弱い分、有事の際に先頭に立って戦う事はできなかったものの、領民の事を第一に
  考え、様々な書物から得た知識を惜しみなく活用し、皆の生活を支えていた昔の彼とは。
   代々領主に仕える家柄だったとか、そういうのを抜きにしてもこの身朽ちるまで尽くさ
  んと誓った、あの頃の彼とは。
   もはや目の前にいる人物の事なぞ気にもならないのか、領主はボルダー氏の呼び掛けに
  も答えず、ただ自分の手足を取り戻す事にのみやっきになっていた。
   その様子にもはや言葉は無意味と悟ったのか、ちらりとウピエルや礫、力を使いすぎて
  眠りについてしまっているシエルを見た後で、借り受けたリボルバーを主であり友であっ
  た男の胸に突きつける。

   ドン ドン ドン ドン カチ カチ カチ

  「ヒャハハ、手、足、て、ヒャハ、アシ、私の、ワタしの、ワたシのおぉヲヲヲヲ」

   銀の銃弾を一発撃ち込む度に叫ぶ声は大きくなっていく。だが、込められた弾が尽きて
  も領主が力尽きるコトはなく、狂ったように奇声を上げ続けている。
   やっぱりか、という思いに捕らわれながら氏は自分の懐からペンダントを取り出した。
  自分と彼との決着をつけるのは、やっぱりこの一発でないと駄目なのか、と。
   それはまだ子供の頃。よく意味もわからないままに"ちゅうせいをちかう"と言った自分
  に彼がくれた銀の銃弾を加工したペンダント。
   弾倉を引き出し、空の薬莢をリジェクトして、ペンダントから外した弾を込める。不思
  議と手は震えなかった。左手を使ってしっかりと弾倉を押し込む。両手を合わせたその姿
  は、まるで神に祈るかのようにも見えた。

  「……さようならです。せめて、天に召される事を――」

  「ハハハハハ、アッハハハハハハハハハハハハハhaHAハは」

   づどム。

   哄笑はその一発でピタリと止まった。一瞬ビクリと痙攣してカクリと首が落ちる。
   結局夜闇の到来を待つ事もなく、吸血鬼と化した領主は体の末端の方から徐々に灰とな
  り、茜色の風に流れていった。

                  ◆◇★☆†◇◆☆★

   そして、この一件は終わりを告げた。予定通り、外から様子を伺っていた団員達には団
  長から事情を説明させ、遠くからとはいえ状況を見ていた彼らも納得、街に住む"伯爵"か
  らも特に訴えがなかった為、そっちの方面での事後処理は楽に終わった。気絶していた所
  を保護された、浚われて血を吸われた娘達も、日が浅かった一部はなんとか人間に戻れた
  ようだ。ただし、もの凄く衰弱しているので今は病院で療養中らしい。残念ながら帰らぬ
  人となってしまった多数の被害者は共同墓地に埋葬され、近々合同で葬式が行われるのだ
  ろう。

   ちなみに、夜になるまで領主の城の隅々まで捜索したが、結局黒幕とされる女は見つけ
  ることができなかった。領主と戦っている間に裏から逃げ出してしまったのだろう、とい
  うのが自警団の出した結論だ。
   この様な事件の再発を防ぐ為にも辺りに山査子を植えたりなどはするが、吸血鬼にして
  みれば襲える村や街など星の数、わざわざケチが付いた所を狙うこともなかろう、という
  のが専門家の意見だった。

   ――そして、激動の一日の深夜。宿屋二階、ウピエルの部屋にて。

  「はいんな」

   コンコン、という静かなノックの音に反応してウピエルは来訪者に声を掛けた。
   入って来たのは、夜色のドレスを纏った一人の女。整ったその顔に、ウピエルは確かに
  見覚えがあった。
           ・・・・・
  「ひさしぶりだな、フィーニア」

  「ええ、お久しぶりです。ウピエル様」

   飲むか?とグラスを勧める。それを「すぐに帰りますから」と断ってフィーニアはウピ
  エルに背を向けた。

  「今回は私の負けです。ですが、次は貴方を倒せる殿方を見つけてみせます」

  「ま、次はもっと上手くやるんだナ」

   もはや言う事はない、と扉を開けて"子供"は夜の闇へと紛れて行った。

  「いいの?逃がしちゃって」

   入れ違いに入って来たのは、ここしばらく一緒に旅をしている相棒だった。
  パタン、と扉を閉めてテーブルの上のグラスを手に取る。

  「いんだよ、アイツがまたどっかで何かやんのは当分先の話だろうしな」

   チーン、と澄んだ音が狭い部屋に響き渡った。
   ゆっくりと杯を干す。
   ふと見上げればそこには相棒のように白い月。深い夜の中で優しい光を放っていた。

                  ◆◇★☆†◇◆☆★

  「本当に、世話になったな」

   翌日、村の出口にて。
   領主の交代やらなんやらで、自警団の団長もいろいろと処理する仕事が多いのだろう。
  一睡もしてない赤く腫れた目をしたボルダー氏は再三頭を下げた。
   さらに礼の言葉を紡ごうとするのを、片手で抑える。

  「まぁ、もういいって。なんかキリがネェしよ」

  「そうですよ。そんなに頭を下げられると逆に僕達の方が恐縮してしまいますし」

  「そ、そうか……」

   俺様と礫坊、二人に言われてようやくペコペコするのをやめるおっさん。
  こんな腰の低いおっさんでも次期領主候補なのかと思うと、笑いを堪えきれなくなりそう
  だ。ま、そこらへんはこの街の連中が決めるコトだから俺様がどうこう言うコトでもない
  んだが、よ。

  「んじゃ、俺様達はそろそろ行くゼ。色々大変だと思うが、ま、達者でな」

  「あんまり根を詰めすぎずに頑張って下さいね」

  「あぁ、君達も元気でな」

   口々に別れの挨拶を交わす。
   かくて俺達一行は街を後にした。しばらく行った所で道が東西に分かれており、俺様達
  は自然にそこで立ち止まった。

  「それじゃ、僕はこっちに行ってみますから。お二人ともお元気で」

   東に向かう道を選びながら、礫坊は朝日を受けて笑っている。

  「あぁ、お前さんもな」

   そうして、彼は東へとまっすぐに歩み去って行った。
   そんな堂々としたここ二日ばかりの共闘者を見送って、俺様達ももう一方の道に爪先を
  向ける。

  「行くか」

  「そうね」

   大陸の端には一年中お祭りをやってるような街もあるらしい。一度行ってみるのも悪く
  はネェかな、などと思ってみる。
   まぁ、先のコトなんざ知ったコトじゃねぇ。とにかく、俺様とシエルは、朝日に背を向
  けて、街道を西へと歩きだした――。