<探索依頼>  <探索依頼>  <依頼人>  <最後の条件>  <調査開始!>  <行き詰まる事件>  <八方塞>  <待ち伏せ> 
<白い蛇使い>  <恋慕>  <風に乗って>  <天岩戸>  <鋼鉄>  <鉄鋼奴>  <信友>  <碧い月> 
<奪還作戦始動!>  <風の護符>  <漆黒の攻防>  <願望>  <もう一つの未来> 



               <探索依頼>             葉月瞬


    『レーナを探してください』

   その張り紙を前にして、礫[れき]は一瞬思考が停止した。

  (レーナ?レーナって…誰?ってか、何?)

   そこは、町の中央広場の一角にある酒場“海鳴り”の告知コーナーだった。表に張り出  
  してあるので、通り掛かった者でも見ることが出来る。だからなのか、町の人間の他愛も
  ない用事や仕事の募集要項などが所狭しと張り出されていた。勿論、酒場の主人の検閲が
  有る事は有るのだが。
   礫は旅を始めてからずっと、立ち寄った酒場の告知コーナーは必ずと言って良いほど確
  認することを自分に義務付けていた。旅の資金になりそうな告知が無いかどうかを確認す
  る為である。
   実際、どんな仕事でもこなせる自信はあった。“何でも屋”というと少々語弊があるが、
  とにかく要領良く何でもこなして来た事は自負している。要するに、飲み込みが早いのだ。
  人から良く「お前は、要領が良いな」と言われるが、それは礫自身も確信めいたものを認
  識していた。

   とにかく、その張り紙を見た礫は一瞬後には値踏みをしていた。
   と、言うのも、ここの告知コーナーにはもう既に他の張り紙は何者かに取られていて、
  例の張り紙だけが寒風の中にはためいていただけだったからだ。

  (誰も引き受ける気が無いのか…。ってか、幾らなんだ?それから、何処に行けば値段交
  渉が出来るんだ??)

   それすらも書いていないというのは、如何にもおかしい。
   詳細は一切触れるな、でも依頼はこなしてくれじゃ、腑に落ちない。
   人間、如何にも腑に落ちない事というのは、逆に興味を惹かれるものだ。礫は、それが
  顕著に現れる人だ。だから次の行動に移すのは早かった。
   張り紙の内容を不審に思った礫は、それを引っ手繰ると依頼の仲介者である酒場の主人
  に詳しい話を聞いてみる事にしたのだ。


  ◆◇◆

   店の中に入ると、閑散としていた。
   もう正午を2時間も過ぎているということもあって、昼食を摂る為に訪れた客達が店を
  出て、その後片付けもそろそろ終盤に近付きつつあると言う頃合だからだ。
   何故か、隅の席で酒を啜っている和人―紋付袴とかいうやつを着ているから恐らくそう
  だろう―が目に付く。静かにちびり、ちびり、と啜る様は、風流ですらある。

  (…?何で、昼間っから酒なんか飲んでるんだ?道楽者だなぁ)

   意外と礫は、常識人間だった。


   礫は兎も角その酒飲みの和人の横を無言で通り過ぎると、酒場“海鳴り”の主人の目の
  前に例の張り紙を突き付けて言った。

  「主人[マスター]、この依頼の事なんだけど…連絡先とか解るか?」

   傍らで、何気に耳を傾けている和人が居ることなど露知らず。

  「あと、依頼料なんかも解ると有り難いんだけど」

   礫は酒場の主人との交渉に、余念が無かった―。 





              <探索依頼>             にん♪


  「すまないがマスター殿この依頼をうけたいのでござるが。」

  拙者が幕府を離れたのはいつの頃だろうか?もう二年も前の話である。
  ここはどこだかわからないがとにかく旅をしながら路銀をかせぎその日暮らしをしている。  

  あまり物にこだわる性分ではなかった。
  家にもそのうち帰れると思っているでござるよ。
  もとよりふらふらしていたので心配するものもいないと思うが・・・

  今回も路銀稼ぎのために酒場に寄っていた。
  あと、すこし熱燗でもいただこうかと・・・
  しかし、なぜか酒場にあるのはこのいかがわしい文のみ


   『レーナを探してください』 

  これしか依頼がなかった、さすがに拙者も説明が足らないと思ったでござるよ。
  マスター殿に聞いたところしばし待てとの意。
  依頼者か詳しく説明できるものがくるであろうと
  熱燗を頼み、淡い酔いに身を任せ刻を待つ。




  礫殿と出会ったのはそんな日も真上を越した刻だった。





  慌てて入ってくる少年。さっき見かけた張り紙をもっていた。
  ちらっと身なりを見ると帯刀している。それは拙者が歩いてきたなかではじめてみた日本
  刀。
  この国のものはなぜか刀といえば両刃刀がおおい。

  今まで異国のものが多く仲間でも見つけたようで興味をもったでござるよ。
  それに同じ依頼を受ける同士!!ここはひとつ挨拶をせねば!!!
  酒の酔いも手伝いそぉっと忍び寄り声をかける。

  「やぁ、少年。」 





              <依頼人>             葉月瞬


  「やあ、少年」

   突然声を掛けられ、吃驚し振り向くと、其処には先程風流に酒を呷っていた―つい今し  
  方礫が道楽者と決め付けた(!)―和人[わじん]が佇んでいた。

  「……? 何か?」

   礫は突然見知らぬ和人に声を掛けられたので、多少警戒の念を抱きつつも相手の呼び掛
  けに応えた。

  「ああ、言い忘れとったがね、実は君の他にももう一人この依頼に興味を示した者が居た
  んだ。それが……、其処の御仁さ」

   酒場の主人は慌てて付け足すと、「礫曰く道楽者」の和人を指し示した。
   礫は意表を衝かれた面持ちで主人の指の先を辿って行き……、それの指し示す方―「道
  楽者」こと和人に行き当たり信じられない面持ちで彼を見据えた。
   実際、礫はその事実を俄かには信じる事が出来なかった。自分以外にこんな、得体の知
  れない依頼を引き受ける気になる酔狂が居たとは!
   しかし礫は、その時、信じ難い心境とは裏腹に、仲間を終に見つけたような喜びに似た
  感情も同時に覚えていた。
   よくよく見ればこの男は、自分と同じ様に刀と呼ばれる武器を腰に佩いているではない
  か。
   礫はその和人に対し、驚きを通り越して親近感すら抱いていた。

  「あんたら、組んで仕事するのかい?」

   出し抜けに主人が、礫達が思っても見ない事を口走った。彼にしてみれば二人の気持ち
  を代弁したとでも、思っているのだろう。得意満面に、「当然、そうするだろう?」とで
  も言いたげに、二人を交互に見詰めている。
   礫は、キョトンと主人を見詰め返した。
   何も、そのつもりで親近感を抱いた訳ではないのに。
   それに、二人で仕事を受けたら、報酬が減ってしまうではないか。
   礫が抗議の声を上げようとした時、和人に先を越されてしまった。

  「拙者、雨龍 翡翠[ウリュウ ヒスイ]と申す者で御座る。少年、貴殿の名前は何と申す
  で御座る?」
  「…………。……あ、ぼ、僕の名前は、礫って言うんだけど……」

   礫は、一瞬思考が停止した。
   何で、こんな展開なるのかと。
   しかし、その直ぐ後で頭脳をフル回転させる事に成功し、何とか名前だけは名乗る事が
  出来た。
   相手が名乗ったのに自分が名乗らないのは失礼に当る、名乗られたら名乗り返すのが礼
  儀であると礫は常日頃から考えていた。

  「礫殿で御座るか……。良い名前で御座るな。……ところで、名字は何と申すで御座る?」

   翡翠は、礫が自分と同じ国の出身だと思ったのか、名前の前に来る家族名をも問い質し
  た。

  「……は? 名字? なに、それ?」
  「名字は名字で御座るよ。家族で共有する、いわば公的な呼び名と言ったところで御座
  る」
  「僕には、そんな御大層なものは無いよ。村長に付けてもらった名前は、“礫”っていう
  名前だけだからな」
  「……? 村長殿に……? 親御殿では無いで御座るか?」
  「ああ。僕は、拾われたんだ……」

   微妙に礫の生い立ちが仄めかされた会話が二人の間でひとしきり続いたかと思うと、礫
  は遠い目をして「赤ん坊の頃にな」と付け足し、唐突に口を噤んだ。まるで、話を締め括
  るかの如く。
   誰にでも触れられたく無い、過去が有る。
   翡翠は「そうなんだ」と一人で納得すると、それ以上詮索する事を止め口を噤んだ。何
  も態々「そうで御座るか」とか、「可哀想に」等と下手に同情して、自尊心を傷付ける事
  も無いと判断したからだ。


  ◆◇◆


   一通り会話が落ち着いて、店中を沈黙が支配した時、扉を開閉する音が響いた。
   何の予告も無しに店に現れたその人物は、中年とも青年ともつかない中間相、はたまた
  男性とも女性ともつかない中性的な面立ちをしていた。ただ、何所と無く痩せ細った貧相
  な印象は受ける。

  「ああ、やっと来たか。……紹介するよ。この人が、この仕事の依頼人、マルコーさんだ。
  学者さんでね。……マルコーさん、紹介するよ。この二人が、今回依頼を受けることにな
  った……」

   それまで澱みなく紹介していた酒場の主人が、急に言いよどんだかと思うと二人――礫
  と翡翠の方を向いて自己紹介を促すような目配せをした。
   礫は咄嗟にその意を汲むと、口を開けた。

  「ああ、僕は、礫。宜しく、マルコーさん」

   そう、自己紹介すると、マルコーに向かって握手を促すように手を差し出す。
   マルコーと礫が何の障害もなく握手を済ませると、次は翡翠の番だとでも言いたげに、
  彼に向き続きを促す。

  「拙者、雨龍 翡翠と申すで御座る。宜しくで御座る。マルコー殿」
  「よろしくぅ。マルコーです」

   マルコーは、人の良さ気な笑顔で軽く会釈すると、今度は翡翠と握手を交わした。


   三人は、酒場の一角を陣取ると依頼の内容について話し合った。
   それは、依頼人であるマルコーが重い口調で依頼内容の詳細を説明するところから始ま
  った――。 





             <最後の条件>            にん♪


  「僕はね学者なんですよ」
  「それはみればわかるよ、マルコーさん」
  「まぎれもなく、学者で御座るな」
  「それでね、レーナさんは令嬢なんですよ・・・」

  さっきの人のよい笑顔はひきつった苦笑に変わっている。
  なかなか話し出さないマルコーに礫殿ははやくもいらいらしている。

  「それで?」
  「私達は愛し合ってたんです、身分など違えど・・・・ね
   ところが、お義父さんが反対してきたんです
   お義父さんは色々難題をだしてきたのです。
   だけど私達は一緒に困難を越えてきたんです
   愛も深まったと思っていました。」

  そこまでいうと水をぐぃっと飲み干した。

  「過去形・・・で御座るか」
  「とうとうお義父さんも認めてくれて結婚かと思いました。
   ところが彼女が・・・レーナが結婚するにあたって条件を出してきたのです」

  拙者にはなぜ彼女がそんなことをするのかわからなかった。
  いったいどんな条件をだされたのだろうか?
  しかし、レーナ殿がいなくなったことに関係があるで御座ろうな。

  「条件は・・・<かくれんぼ>なんです、しかも期限は一ヶ月、すでに残りは1週間です。  
   思い当たるところにはいったのですが・・・」
  「それでわらをもつかむ思いで?」
  「はい・・・」
  「難儀で御座るなぁ〜」

  拙者たちは最初から窮地に立たされていたので御座る。
  最後の条件によって・・・ 





             <調査開始!>            葉月瞬


   第三者から見たらほんの数秒だったかもしれない。だが、礫達当事者にとっては数時間  
  にも感じられた、永遠にも思える数秒間の沈黙を破ったのは、礫だった。

  「……期限は、一週間か」

   溜息混じりに紡いだ言葉は、沈鬱だった。その礫の言葉に染まるように、その場の空気
  も暗い闇の淵に沈んでいった。

  「マルコーさん、最後にレーナさんと会った時、彼女、何かヒントめいた事を言っていま
  せんでしたか? ……何でも良いんです。彼女の……、行きたがっていた場所とか……、
  思い出の場所とか……」

   兎に角、余りにも情報が少なすぎる。依頼の期間が一週間に限定されてしまっている以
  上は、藁にも縋る思いで彼――マルコーの記憶に頼るしか手立てが無いのである。彼の記
  憶の中にこそ、ヒントが隠されている、そうに違いない、と礫は確信めいたものを感じ質
  問したのだった。
   ところが――。

  「いいえ。思い出せません。何度も、何度も思い出そうとしたのですが、何故か最後に会
  った一場面だけが、どうしても抜け落ちているのです。まるで最初から無かったかのよう
  に、誰かに消されでもしたかの様に、ぽっかりと……」

   マルコーは、そう、悲痛な面持で言ったきり、口を噤んだのだった……。

  「誰かに、消された……?」

   礫はその答えが、如何にも腑に落ちなかった。
   学者といえば、その類稀な記憶力には定評のある者達が大抵職に就く。少なくともそう
  でなくては、学者など務まらないだろう。知識の宝庫――それが“学者”という職業なの
  だから。
   なのに、何故、一部の記憶だけが欠落しているのだろうか。
   或いは、健忘症、と言う事もあるだろう。
   しかし、愛する人との一時の大切な思い出を、健忘症などと言う他愛も無い事で忘れて
  しまうものだろうか?
   それは、恐らく否だ。
   実際マルコーは、自分が此れ迄培って来た知識は勿論の事、愛するレーナ嬢との数多の
  美しき思い出を事細かに覚えているのだ。
   ある一点だけ、欠落した記憶などおかしい――何者かに操作されたのではないかと、そ
  う考えるのは自然である。

  「あの、マルコーさん。先程、誰かに消されたようにぽっかりと記憶が抜け落ちてる、と
  言いましたよね? 誰かに、何かをされたとか、そういう心当たりはありませんか?
  レーナ嬢と最後に御会いした後に」

   礫は、意地でも手掛かりを得ようと少々躍起になっていた。
   礫がその質問を口頭に上らせると、今まで何の躊躇いも澱みも無く、出された幾つかの
  質問に答えていたマルコーが急に気色ばんで身を乗出した。

  「すると、何ですか? 貴方は、私が彼女に何かされた、そうおっしゃりたいのですか?
   彼女に、そんな事する理由が無いじゃないですか」
  「そうで御座るよ。礫殿、今のは一寸言い過ぎで御座るよ」

   双方向からの不本意な口撃[こうげき]に、思わず礫はたじろいだ。
   味方であるところの二人から早速不信を抱かれては、今後の行動に差し支える。さしも
  の礫も堪ったものではない。
   慌てて訂正する。

  「いっ、いや、そういう意味じゃないんだけどね……(汗)」
  「じゃ、どういう意味で御座る?」
  「どういう意味なんです?」

   訂正しようとして言い澱むと、二人が更に詰め寄った。
   目を泳がせる礫。

  「……誰か、他にレーナさんを狙っている恋敵が居て、マルコーさんとレーナさんを結婚
  させまいと陰謀を巡らせたとか……。或いは、父親の妨害かも知れませんね……」

   やっとの思いで、礫は自分自身の推理を言葉に紡ぐ。
   最後の方は、独白めいていた。

  「恋敵……陰謀……」
  「魔法でも使ったで御座るか?」

   マルコーが思い当たる節でもあるのか、考え込んでいると翡翠が意外な事を口走った。

  「魔法! それだ!!」

   礫が急に大声を出すものだから、酒場中が引っ繰り返った……様に思えた。

  「マルコーさん、知り合いで誰か魔法使いは居ませんか? レーナさんかマルコーさんど
  ちらかの知人の中に」

   礫は良い遊びを思い付いた子供のように、興奮気味に捲くし立てた。

  「……いっ、いいえ、私の知人にはその様な者は……あっ! そう言えば、レーナの友人
  で確かそういう男が居たような……名前は、確かフランク=フルトとか言ったような気が
  ……」

   気圧されて、否定し掛けて、記憶を弄るマルコー。
   答えは、見付かったようだ。

  「そうだ。確か、最近レーナと会う時、彼女、そのフランクの話をする事が多くなってい
  たんです。浮気しているとか、そういう雰囲気はありませんでしたし、只の友人の話とし
  て聞かせてくれましたが……。まさか、そんな。でも……、彼の話が多くなったと思った
  ら、今回このような事に……。あ、そうそう。手紙があったんですよ。彼女からの」

   マルコーは思案気に話していたと思うと、唐突に思い出したのか懐から一通の封筒を取
  出すと二人に開いて見せた。
   其処には、女性らしい端正な文字で次のような事が書かれてあった。

  『貴方の愛が真実のものであるならば、私をどうか見付けて。私の愛しい人、マルコー。
                       貴方を真実愛して止まない、レーナより』

   たったの二行。
   簡潔で解り易い文章。
   それだけだったが、彼女の気持ちは痛いほど伝わってくる文面であった。

  「彼女の字ですか?」
  「ええ、間違いありません。直筆です」

   今まで、所在無げに机の下で足を引っ切り無しに動かしていた翡翠が突然何か閃いたか
  の如く立ち上がると、二人に向って言った。

  「ええぃ!兎に角、机上で話し合っていても埒が明かぬで御座る!情報は、足で稼ぐもの
  で御座るよ!!」

   と言って、早々に酒場を出て行こうとしている。

  「……何だか、何処かの刑事みたいな事言ってる……」

   と、これは礫。
   やれやれと肩を竦めながらも、立ち上がり掛ける。

  「刑事?」

   聞き慣れない言葉を耳にし、マルコーが怪訝な表情を礫に向ける。

  「いや……、何でもない……。とにかく!翡翠さんの言う通りだ。行こうよ!」

   最後に礫が促した事もあってか、三者三様に酒場を後にした――。 





              <行き詰まる事件>          にん♪         


  考察してても仕方がないと拙者達は一番怪しい場所から創作をはじめたので御座る。
  時間も限られている、机上での論議などもっての外
  フランク殿に会い情報を、今残されてる唯一の手がかり・・・・

  名家フルト家マルコー殿に話は伺ってはいたで御座るが
  巨大な黒門、整えられた庭、屋敷のおおきさといったら・・

  ややあの水を噴出する建物は!!

  「翡翠さん、はしゃぎすぎ・・・」
  「す・・すまないで御座る。少々物珍しい物ばかりで」

  二人はマルコーの後をついて歩く。
  マルコーが玄関を開けると人のよさそうな青年が出てきた。
  服装がきっちりしていて礼儀も正しい
  見るからに名家の出だとわかるオーラが出ている。

  「マルコーさん、お久しぶりです。今日は話がしたいと伺っておりましたが」
  「フランク君、この二人は手伝いなんだ、僕だけじゃどうにもいかなくてね」
  「そうでしたか・・・」

  一寸だったが鋭く刺すような目つき、すぐに温和な顔に戻ったが
  礫殿と眼が会う、どうやら気がついたようだ。

  「立ち話もなんですから、どうぞこちらへ」

  ふかふかのそふぁーというものに腰を掛ける。
  さて時間もない事、確信から突くべきであるな。
  だが、容易に警戒心をといてくれるだろうか?

  「フランクさん、レーナさんを何処に隠したんですか??」
  「礫殿!!」「礫さん!!」

  礫は興奮した面持ちで机に手を乗せ立ち上がっている。
  翡翠とマルコーがそれを押さえつける。

  「い・・いや、悪かったね、フランク君気を悪くしないでくれ
   僕たちもあせっていて少しでも情報が欲しいんだよ」
  「礫殿落ち着くで御座るよ」
  「いえ、いいんですよ。事情が事情ですし」

  それにしてもこのフランク殿の落ち着いた様子
  解せないな、仮にも親しい友達が行方不明。
  その夫になるであろう人が必死で捜索しているのだ。
  マルコー殿の話じゃ一人で探していたらしいし
  フランク殿から一言あってもよかったのでは御座らんか??



  その後もいくつか質問をしてはみたものの
  何も知らないのかはたまた隠しているのか
  有力な情報は何もなかった。敵もなかなか尻尾をださない。
  兎に角今日はもう遅い、宿にて作戦会議でござる。

  このままで本当にレーナ殿をみつけだすのだろうか?
  不安を隠しきれない翡翠であった。 





              <八方塞>              葉月瞬


   気品がある、品が良い、とは正にこの人の事を言うのだ。
   礫はフランクの容姿を初めて拝見した時、そんな第一印象を抱いた。
   だが、何所か冷めたものを感じる。気品はある、品が良いことは良いのだが、その少々  
  恰幅の良い腹の中に、何か黒いものを隠している様だ――と、礫は自身の感じたありのま
  まを宿での作戦会議で二人にぶちまけた。

  「何か、冷徹な気がする」

   礫がそう言って話を締め括ると、マルコーも自分の意に沿っていたのか、首肯し賛同の
  意を表する。

  「だけど、いきなり核心を突くのは不味いで御座るよ、礫殿」

   だが翡翠だけは、二人と少々異なる意見を述べた。更に信じられない事に、マルコーも
  翡翠のその言葉に対し首肯で賛同したのだ。
   翡翠の言葉を聞いた途端、礫の顔が見る間に紅潮していった。どうやら当時の事を思い
  出したらしい。そして、余りの恥ずかしさの為に顔を紅く染めたのだ。

  「あ、あれはっ! つい、口が滑って……」

   反論しようとして途中で言い澱む礫に、翡翠とマルコーは半眼で返した。これは、信じ
  ていないな、そう礫は直感し前途に不安を覚えた。
   礫のこめかみに、一筋の冷や汗が流れた。

  ――― ― ―――

   三人が作戦会議の場に選んだ場所は、“風渡る草原”という名の中規模の冒険者の宿屋
  だった。

   大ききな町のこと、いざ宿屋を探す段になると礫達三人は途端に問題にぶち当たった。
   旅人の足が自然と向く目抜き通りには数件の宿屋が軒を連ねており、商業合戦を繰り広
  げている。通りの石畳に反響する呼び込みの声を背に受けながら、礫、翡翠、マルコーの
  三人は心を揺さぶられていた。
   どの宿屋が一番、会議に適しているか。
   三人は、困り顔の、探し顔で辺りを見回してみる。
   すると、まず最初に目に飛び込んで来たのが、蒼穹より降り注がれる燦々とした太陽の
  光を受けより一層光り輝いて見える、豪奢な作りの宿屋だった。あちらの宿屋が良いのか
  ……。次に目を転じて見ると、黄金色に光り輝く看板をこれ見よがしに掲げている成金趣
  味の宿屋が目に突き刺さって来た。それとも、こちらの宿屋が良いのか……。今度は黄色
  い勧誘の声が耳に飛び込んで来たのでその方向を見遣ると、客寄せの少女の背後に貧相な
  作りで継ぎ接ぎが所々見える、如何にも宿賃が安そうな宿屋がやっとの思いで建っていた。
  そちらの宿屋が良いのか……。
   礫達は迷った。
   散々迷った挙句、出した結論は――。
   三人の目の前に存在する唯一のまともな宿屋である、ギルド直営の冒険者の宿“風渡る
  草原”に陣取る事だった。
   理由は簡単。ギルド直営の宿屋だと、情報収集がし易いだろうと言う推論からだった。
   かくて、松の木の扉は開かれた――。

  ―― ― ――

   ギルドハンター証を提示し、部屋に案内された礫がまず一番最初に目に入れたのは、赤
  茶けた木の色だった。驚いたことに、部屋の作り全て――家具調度品に至るまで――が赤
  茶けた、松の木で出来ていた。礫は、最初それを目の当たりにした時、その木材が何の種
  類なのか見当も付かなかった。だが、鼻に付いた松脂[マツヤニ]の独特の匂いを嗅いだ
  時、「ああ、これは、松の木なんだな」と理解した。
   翡翠は、物珍しさ半分懐かしさ半分を瞳に湛えて辺りを見回していた。そして、「お
  お! これは!!」だの、「なんと! この様な物まで!!」だのと一々感嘆の声を漏ら
  していた。礫は、そんな翡翠の様子を見て密かに溜息を漏らした。
   マルコーの方はと言うと、翡翠のはしゃぐ様を見てなのか、初めて見る宿屋の部屋と言
  うものに圧倒されているのか、暫く放心状態で何も言葉が出て来ない様である。翡翠さん
  と全く逆だな、と礫は思った。
   どうやら二人とも、宿屋に来るのは初めての様である。礫はそんな二人を見て、初々し
  さを感じ少しはにかんだ。
   此処が二人部屋だという事を尚強調するが如く、部屋の窓際にはベッドが二つ並んでい
  た。それも当然の如く木製である。
   部屋に備え付けの家具自体は少なく、衣装箱が部屋の隅の方に一つと、円卓が部屋の中
  央に一つ、椅子が二つ程配置されているだけであった。勿論全て松の木で形成されている。
  調度品などは、一つも置いていなかった。簡素な部屋である。一晩寝泊りするだけの、そ
  んな存在。冒険者には正に打って付けの宿屋だった。
   礫は部屋の造りを見て、この宿屋の主人の松に対する拘りを実感した。そして、感心も
  した。見る目が有るなと。決して、自分が育った村で松が盛んに栽培されている、と言う
  理由からではない。礫自身も、松が好きだからである。主人と感性が同じだと言うことに、
  誇りすら感じる礫であった。
   礫は、部屋の装飾が気に入ったのか、はたまた松脂の匂いを嗅いでこれからの数日を過
  ごすことに喜びを見出したのか、満足した様に一つ頷くとすぐさま自分の荷物をベッドに
  放り投げる。

  「よし、此処で会議といこう!」
  「これから、ここで会議をするで御座る!!」

   礫と翡翠、二人の声が同調し部屋中に響き渡ったのは、宿屋の主人が階下に降りて行っ
  た後の事だった――。

  ―― ― ――

  「何か、冷徹な気がする」

   会議が始まって開口一番、礫が言った。
   その礫の言動に対する翡翠とマルコーの二人の辛辣だが真実を貫いている応対は、前述
  したとおりである。
   礫が二人の応対と前途に不安を抱いていると、翡翠が困り果てた口調で言った。

  「しかし、これで八方塞で御座るな。再びフランクさんに会いに行ったとしても、又良し
  様にあしらわれるだけであろうし……。本当に、困った事で御座る」

   翡翠にしては珍しく、溜息まで漏らす。
   そんな、落胆した翡翠を励ます様に、礫はふと頭に浮かんだことを口にする。

  「そうだ! やっぱり、マルコーさんの記憶を呼び戻すのが、先決だと思うんだ」
  「どうやってで御座る?」
  「どうやってですか?」

   礫の提案に、二人は口を揃えて先を促す。その二人の顔を交互に見遣りながら、礫は先
  を続ける。

  「いいかい? マルコーさんの記憶は、何者かによって弄られた可能性があるんだ。これ
  だけは、念頭に置いておいて欲しい」
  「うむ……」
  「……成る程」
  「で、もしもそれが事実だったとしたら、マルコーさんは何者かに、何らかの魔法を掛け
  られて記憶を封じられたかもしれないんだ。まさか頭を切り開いて、脳みそを直接弄くる
  訳にもいかないだろ?」
  「確かに……で? その、何者かってのは……誰なんだい? まさか……」
  「……魔法を掛けられて、と言うと、魔法使いで御座るか? そう言えば、フランクさん
  も魔法使いで御座ったな。はっはっは」

   事の重大さを誤魔化そうとでもするかのごとく、意味もなく笑う翡翠を礫とマルコーの
  四つの瞳が見据える。まるでクイズの答えが当たっていたのが意外だ、とでも言うように。
  そして、マルコーは茶化した翡翠を、咎めるかのように蒼白な顔で、言い澱んだ。

  「そっ、そんなっ。フランクさんが……まさか、そんな事……」
  「するはずが無い、とは断定出来ないでしょう。恐らく彼には、動機が十分にあるんだ。
  レーナさんをマルコーさん、貴方から奪う、動機が」

   礫は、更に追い討ちを掛ける様に続ける。その声音には、一瞬の躊躇いも澱みも無い。
  確信に満ちた眼差しと、口調だった。

  「……動機って、……まさか」
  「そう。その、まさかです。恐らく、フランクさんもレーナさんの事が好きなんですよ。
  だから、マルコーさん、貴方の目を眩ませてレーナさんを発見されない様に邪魔をしてい
  るんです。貴方の、記憶を奪ってね。そして、レーナさんが貴方に愛想を尽かしてしまっ
  た所を見計らって、今度はフランクさん自らがレーナさんに近付き、親密な間柄になる…
  …。マルコーさん、これはれっきとした陰謀です。……ひょっとしたら、裏でレーナさん
  の父親も絡んでいるかも……」
  「……!? えっ、そっ、それはっ……」
  「まさか。幾らなんでも、考え過ぎで御座るよ、礫殿」

   翡翠に窘められても、礫は一歩も引かなかった。そればかりか、更に突っ込んだ意見を
  述べる。マルコーの瞳を真っ直ぐ見据えながら。

  「いいえ、考え過ぎでもないようですよ。だって、レーナさんの父親は、貴方との結婚に
  反対しているんでしょう? マルコーさん。対するフランクさんは、貴方とは違って名家
  のお人だ。レーナさんの父親のお眼鏡に適って当然なんじゃないですか?」
  「そっ、そんな……礫さん、酷いですよそんな事言うなんて……」

   マルコーは既に顔面蒼白になっている。信じていた者に裏切られた様な、そんな心境を
  初めて体験し心が壊れていくのを覚え、自分の頬を伝う涙を肌で感じていた。人を信じる
  と言うことが、これ程難しい事だとは。でも、それでも、レーナだけは信じていようと、
  心に固く誓うマルコーだった。
   マルコーの、そんな様子を見て取り繕うように言葉を重ねる礫。

  「マルコーさん、酷いことを言ってすいません。ですが、これは事実かもしれない事です
  し……。もし、事実だとしたら受け入れないと……」
  「ええ。解っています。解っているつもり、ですが……」

   一時、マルコーの鼻を啜る音だけが部屋中を支配する。
   その沈黙を打ち消すように、礫が手を一つ打ち鳴らすと、先程の提案に戻っていった。

  「それで、マルコーさんの記憶に何か鍵が無いかと思ったんですよ。何か、記憶を取り戻
  す手立てがあればいいんですがね」

   そこまで一息の内に言ってから、マルコーを見遣る。マルコーが何かを思い出したかの
  ような顔をしていたからだ。

  「そう言えば……何か困ったことがあって、二進も三進も行かなくなったら“占いオババ”
  の所へ行けと言う、この町の言い伝えがあったような……」
  「そう、それだ!!」

  ―― ― ――

   占いオババの占いの館は、目抜き通りの路地裏に入ったところにあった。
   案外近くにあったので、礫などは少々気落ちしたくらいだ。とはいえ翡翠の方は、今に
  も潰れそうな切妻屋根や毒々しい装飾を施された建物の造りを見てはしきりに関心の声を
  漏らしているくらいだ。
   この一角だけ何故か、常に真夜中なのではないかと思えるくらい暗く、空気が澱んでい
  た。

  「さてと、中に入ろうか」

   誰と無しにそう一声掛けると、礫は扉に手を掛けた。
   ギィ――と重苦しい軋み音を立てて樫の木の扉は開かれた。
   扉の重々しい開閉音を増長するかのように、部屋の中も外と同じく暗く、澱んでいた。

  「いらっしゃい……」

   しゃがれた陰気な声が、部屋の奥の方から聞こえて来た。三人は驚きと共に寒気を覚え、
  そちらに向く。見ると、皺だらけの顔で、ヨレヨレの白髪をお下げ髪にして胸に垂らし、
  揉みくちゃにされたローブを着込み、まだ新品に見える三角帽子を誇らしげに頭上に乗せ
  た一人の老婆が水晶玉を前にして鎮座していた。
   三人は彼女の姿を視界に入れるなり、一斉に引いたが、戻る道は無いと思い直し改めて
  老婆の目前にまで進み出た。

  「あの、占って欲しいことが、あるのですが」
  「そこにいる学者、マルコーの事だねぇ。イィーーヒッヒッヒッ」

   なんとも厭らしい笑いである。礫は一瞬、顔を顰める。しかし、何でマルコーの名前を
  知っているのか、とかそういう事も含めて如何でも良い事として話を進めることにした礫。

  「占って欲しい事と言うのはですね……」
  「マルコーの記憶を取り戻す方法じゃろう。イーヒッヒッ」

   三者三様に、良く解ったなという顔をする。同時に「侮れぬ! 占いオババ!!」とも
  思った。

  「早速占ってやるよ……。イィーーヒッヒッヒッ」
  「ほんとですかぁ」

   今まで受け答えしていた礫に代わり、今度はマルコーが顔を輝かせて言った。

  「なんじゃら〜、ほんじゃら〜、グル○ルさま〜、グ○グルさま〜……。ほいっ! ……
  ああ、出おったぞ。ほれ、見てみぃ。これによると……、町の外れの岩場の側の、丸い大
  岩の付近に生えている木の根元をを半周し、前方に見える滝の裏側の岩戸を三三七拍子で
  叩けとあるな」
  「そこに行けば、マルコーさんの記憶が……」
  「いんや、戻らん。戻らんが、フランク=フルトに関する何かが、そこで発見出来るよう
  じゃ。儂の見立ては、そこまでじゃ」

   勢い込んで訊いた礫の機先を制するように、否定すると老婆は話を締め括った。そして、
  これ以上は占う事は出来ない、とでも言う様に水晶玉に紫色の布を被せ、徐に礫の目前に
  掌を突き出し無言のまま見料をせびる。
   礫は一つ溜息を吐くと、無言のまま財布を紐解くと、銀貨五枚を手に収めると、オババ
  の掌に落とす。銀光を発するそれを繁々と眺めていたオババは、出て行こうとする礫の背
  に向かって「すまないねぇ。これも、生きる糧なんじゃ」と、本当にすまなそうに言った。
   一行は、占いの館を後にすると一路町外れの岩場へと足を運ぶのだった――。 





             <待ち伏せ>             にん♪          


  町を離れるごとに寂しくなる景色
  このあたりはごつごつした大きな一枚岩が多く
  ところどころ森が鬱蒼としていて少し気味が悪い。

  すこし歩くととても大きな丸い岩が見つかる。
  周りに見える岩とはひときわ大きさの違う大岩で
  道しるべになっているのだろうか?
  岩に書き込みがされている。

  左はオーガス、右はレイスニール。
  翡翠にとってははじめて聞く町の名前である。
  その大岩を避けるように右と左に道が分かれている。
  裏手に回り森の中をしばらく進むと
  確かに滝があった。

  「こ・・・これはなんと」
  「なんだよ?どうやってこれ裏側の岩戸に行けばいいの?」

  もう三三七拍子なんて目じゃない。
  この辺りは大昔大地震でもあったかのように
  亀裂が走って地面が割れている。

  そうその崖に川の水が流れ込んでいたのだ・・・
  いわゆる滝である、しかしこれは滝のいきつくところが
  暗くなっていてみえない。
  まるで永遠に底がなく地球に川の水が飲み込まれているような
  そんな錯覚を起こしてしまう。

  もしこんな所から落ちてしまったら
  確実に助からないだろう。
  こんな所からどうやって滝の裏側を捜せばいいのだろうか?

  「「「ほぅ・・」」」
  三人して息を呑んでしまう。

  「これは三三七拍子をしたら道でも現れるので御座るか?」
  「いや、どっかの盗賊の話じゃないんだからさー」
  「????」
  「な・・なんでもないよ、とにかく如何にかして裏側の岩戸を探さないと・・・」

  「「!?」」
  翡翠と礫は後ろを振り返る。
  木の陰から何人もの男たちが姿をあらわす。
  その数ゆうに50は超えている。
  フランク殿にやとわれたのだろうか?
  これだけの屈強の男たちを集められるなんて・・

  翡翠たちはまんま罠にはまってしまったのだ。

  「ひっ、なんですかこの人たちは」
  マルコー殿は驚きしりもちをついている。

  「拙者も注意が少し足らなかったようで御座る
   気を引き締めていないとだめで御座るな」
  「背水の陣だね、最近暴れてなかったからなぁ〜」
  なんてことをいい礫殿は刀を鞘から抜く。
  その幼さからすこし頼りなく見ていたが
  やはり戦場ともなると気配が違う、いっぱしの戦士だ。

  それにしてもこの人数や待ち伏せ、あの呪術師の婆殿も
  裏でフランク殿につながっているのであろうか?
  戦いの場におかれていながらこんなことを考えている自分に
  すこし笑みがもれてしまった。

  とはいえ・・・
  「拙者たちも急ぎのみ、引けばそれもよし
   引かぬなら命の保障はないものとおもわれよ」

  キッと睨み付け漆黒の鞘から飛燕を抜き取る。

  一寸礫殿と目をあわす、それを合図に
  拙者たちは猛者どもに切りかかっていった。





             <白い蛇使い>             ケン


  幾合か打ち合うが男達は見た目通りなかなか手ごわくさらに翡翠と礫の2人はマルコーを   
  守りながら戦ったいるため次第に崖に追い詰められて行く
  崖のほうでは滝の水が遥か下方まで落ちていっているのが見える、水が底にぶつかる音が
  聞こえないのはこの崖がそうとう深い証拠だろう
  とにかく落ちたりでもすればまず助からない
  だからと言ってマルコーを連れての強行突破は相手の腕や人数を考えるとあまりにも無謀
  過ぎる
  まさに絶体絶命の状況だった

  「なんでござろうか、さっきから」
  マルコーを挟んで背中ごしに礫に話しかける翡翠
  「やっぱり気付いてた?」
  切りつけてきた相手の剣をはじきながら礫も答える

  二人が戦いながら気にしているのは男達と打ち合いを始めた辺りから感じる自分達を包囲
  している男達をさらに囲んでいる…まるで通り行く人間を見つめている番犬のようなひっ
  そりとした気配だった、それらは恐らくこの屈強な男達の倍以上の数はいるだろう

  「く、しまった!」
  その気配に気を取られた一瞬の隙をつかれ男の剣が礫の右腕に浅くない傷をつける
  「礫殿!!」
  翡翠が助けようとするが別の男達に阻まれ礫にとどめをささんと男が剣を振り下ろす方が
  早かった

  男の剣が礫の頭上数センチまでおろされた刹那、礫達3人を中心に巨大な竜巻のようなも
  のが発生し50人以上いた男達を一人残らずミンチにしていた

  「傷を見せてください、これでも私医者なんですよ」
  そに声にしばらく呆然としていた3人は我に帰り声のした方向をふりかえる
  そこには真白の髪と青紫色の瞳をした少女…いや(よくみると)少年がいた、見た目の年
  のころは礫より2〜3年上ぐらいだろう、やわらかくやさしい笑顔をしていた
  この少年がさっきの風を起こしたのはほぼ間違いないだろう

  「これは酷い…すこし待ってくださいね」
  少年は懐から色々な種類の薬草を取り出すとすり潰した
  「少ししみますので、がまんしてください」
  言って少年が傷口に液状にした薬草を塗ってきた
  確かにしみるが我慢できない痛みではないので礫は顔には出さなかった
  「あと、包帯になるものは……そうだこれなら」

  と言い、少年は自分の右腕いっぱいに巻いていた白い布を外していった、その下からまる
  で内側から裂けたかのような痛々しい古傷が現れる、礫は触えられたくない事だと本能的
  に察し好奇心を押さえ聞かなかないことにした

  「ごめんなさい、こんな傷を負わせてしまって」
  少年の治療を受けているとマルコーが横から謝ってきた
  「いや、マルコーさんが悪いんじゃないよ、これは僕が不注意だったからいけなかったん
  だ」
  すまなそうに頭を下げるマルコーにそう言いつつ、もっと腕を上げないとダメだな、と思
  っていた

  「こ、これは一体なんでござるか!?」
  翡翠が珍しく声をはる
  あらためて周りを見ると、さっきの異様な気配は消えていたがあるはずの男達の死体は消
  え変わりに粉々の石や砂が散乱していた
  「ストーンゴーレムです」
  礫に包帯を巻き終わった少年が立ちあがりながら言う
  3人6個の目が一斉に少年を見る
  「申し送れました、私はシオン『シオン・エレハイン』です」





               <恋慕>              葉月瞬


   最初彼を見た時僕は、未だに色付けされていない未完成な絵画から抜け出して来たあど  
  けない少女だと思った。
   次に影の薄い影法師だと思い、最終的には森の精霊に行き着いた。
   全てにおいて白を基調としているのに、其処だけぽっかりと抜け落ちている風でもなく、
  背後に控える森の緑に半ば溶け込んでいる様だった。
   白と言う印象が強烈に目に焼き付くその少女――少年か? ――は僕達に向って軽く微
  笑むと、名乗りを上げた。
   その微笑みが精霊のそれにも似て、僕は不本意にも引き込まれそうに成ったが彼の惨た
  らしい左腕と、中性的な声音に思い止まった。ともすると、彼に恋心すら抱きかねない。
  そんな存在なのだ。少なくとも、僕にとっては。
   でも、彼の“強さ”を目の当たりにしているから、僕はその可憐な容姿に引き込まれる
  既の所で止まっている。
   彼の、“強さ”。
   半端じゃない“強さ”は、戦闘能力のみに由来するものではない。立ち居振舞い、気配、
  油断を微塵たりとて表さない視線、どれをとってもただ者じゃない事だけは僕にだって解
  る。翡翠もその事に気付いているのか、先程から殺気を仕舞い込む事を忘れたかのように
  全身全霊で油断無く身構えている。先程の戦闘の続きでもせんとする勢いである。マル
  コーさんは、頻りに滝の裏側に視線を向けている。恐らく早く先へと進みたいのであろう。
  彼にとっては目の前の少女とも少年ともつかない、敵か味方かすらも解らない存在など如
  何でも良い事のようである。
   だが、僕は――。

  ――― ○ ―――

  「すとーんごーれむぅ!?」

   素っ頓狂な声を猪の一番に上げたのは、翡翠である。
   皆の感心は「シオン」という純潔を意識させるような白い少年ではなく、どうやら「ス
  トーンゴーレム」という耳慣れない名称の方に傾いたようだ。だが、礫だけは他の二人と
  は異なる様である。恍惚としたその視線の先には、シオンと名乗った少年の端正な顔があ
  った。
   性別が同性だと解っていても、彼の麗しき容姿を目でなぞってしまう。彼自身、気味悪
  がっているようだが、こればかりは仕方が無い。自然な動作に終始していて、自制が効か
  ないのだ。礫が未熟だからだろうか。気持ちの上ではそうではないと否定していても、ま
  だまだ半人前である事のこれが証左なのであろうか。考えるにつけ、段々礫は顔を曇らせ
  てきた。自分は実は同性愛者なのではないか。変な心の病に罹ってしまったのではないか
  と。だが、「友達になりたい」という彼自身の思いは、真実、純粋な想いであった。

  「あの、友達になりたいんだけど」

   思い切って自分の想いを、口に出して相手に伝えてみる。
   言葉の送先は、当然シオンである。

  「いいですけど、ちゃんと私の話聞いてました? ……その顔は聞いてませんでしたね。
  良いですよ、もう一度説明します。……先程の暴漢達は“ストーンゴーレム”といって、
  土塊で出来た人形(ひとがた)に魔法で生命力を吹き込んだものです。主に魔法使いが使役
  する為に作るもので、普通、一つの命令しか受理できない様になっています。その“ス
  トーンゴーレム”に襲われるという事は……あなた方、何かやったんですか? 魔法使い
  に狙われるなんて……」
  「いや、こっちから何かをやった訳じゃなくて、向こうから勝手に手を出して来たんだけ
  ど……」
  「……そうでしょうかね? そちらの方は頻りに後方にある滝の方を気にしてる様ですが
  ……」

   シオンは礫の後方で頻りに滝の奥を覗き込む様にして見詰めている、マルコーを指して
  訝かしむ様に言った。
   流石に直ぐ目の前で話している人の話を無視するかの如く、他の何かに集中しているの
  で無礼だと思ったのだろう。この事から、シオンは自分よりも精神年齢が上であろうと推
  測する礫。しかし、「同年代なのに、しっかりした人だなぁ」ぐらいにしか思考が行き着
  かなかった。だが、その礫の思惟もシオンの疑念に満ちた声音で現実に引き戻された。
   つまり、礫はやっと現実に起こっている事実に目を向けることが出来たのだ。
   そして、やっとの思いで思い出した。此処に来る事に相成った、その経緯を――。

  「そうだ! 僕達、その滝の裏側に用があって来たんです。町の占いオババに言われて…
  …。だから、決して怪しい者でもないし、魔法使いの財宝を狙っている悪い奴でもない
  よ」
  「そっ、そうで御座る。礫殿の言う通りで御座る。拙者達は決して悪い者では御座らん。
  寧ろ、魔法使いの方が悪者で御座る」

   シオンは暫く白い目で三人を見詰めていた。
   ふと、何を思ったか唐突に顔を綻ばせると破顔して三人――特に礫と翡翠だろうか――
  を安心させる様にやや緩やかな声音で言った。

  「プッ、アッハハハ。…………すいませんでした。本気で貴方達を疑っていた訳ではあり
  ませんよ。先程の男達は、木偶の坊のストーンゴーレムだし、どっから如何見ても貴方達
  の方が襲われていたじゃあないですか。疑う余地なんて無いです」
  「……それじゃあ……」

   礫は、希望の光が見えたような気がして、今まで緊張の極みに達していた顔を綻ばせた。

  「それにしても……、奇遇ですねぇ。貴方達も占いオババの占いを頼りに此処まで来たと
  は。実は、私も占いオババに言われて此処にやって来たんですよ。『其処に行けば、新た
  な出会いがあるであろう。……お代は結構』と。新たな出会いって……貴方達の事ですか
  ね?」
  「お代は結構!?」

   礫と翡翠は同時に驚きの声を上げた。
   報酬を支払った顧客の一人としては、「お代は結構」という言葉に不服と意外と疑念を同
  時に感じずにはいられないのであろう。「奇遇」という言葉以外の部分で、二人は驚嘆した
  のだった。だが、その場の流れに乗りきれない人物がたった一人だけいた。
   マルコーは頻りに、背後で轟々と水煙を上げている滝に視線を集中させていた。否、正
  確には“滝”ではなく、“滝の背後にあるであろう岩扉”に視線を集中させていたのだ。
  彼にとっては目の前で展開している“如何でも良い”会話よりも、寧ろ背後に聳える岩扉、
  それからその先にあるであろうレーナ嬢の行方の手掛かりの方が最も重要な感心事のよう
  だった。

  「あっ!?」

   突然、滝に集中していたマルコーの口から、驚愕の声が漏れ出た。
   当然の如く、皆一様にマルコーの方――その視線の先にある滝の方に振り向いた。

  「どうしたんです? マルコーさん」

   礫が心配顔で、マルコーの顔を覗き込む。その顔には驚きと共に、喜びの色もありあり
  と浮んでいた。
   その顔を見ただけで滝の向こうで何が起こったのか、礫は直感的に閃いた。そして自分
  の推察通りの言葉をマルコーの口が発した時、礫は確信めいた微笑を口元に浮かべた。

  「岩扉が……岩扉が、開いた!!」





             <風に乗って>             ケン


  マルコーはシオンと名乗る少年が現れてから時々、視線のようなモノを感じていた。
  その度に顔と目だけを動かし視線の気配の先を覗うとシオンと目が合いあわててそらす。  
  女性でもそうはいない美しい容貌をもった人間と目が合うと同性であっても気恥ずかしい
  だろう。
  ただ気になるのがその視線に含まれている物が何か嬉しそうなそれでいて悲しそうな複雑
  な物だった。

  マルコーはシオンの視線に戸惑いながらも谷の裏にあるはずの岩扉に意識を集中した。
  その岩扉の奥に本当に求めるものがあるのか…
  そう思っていると

  「岩扉が……岩扉が、開いた!!」

  マルコーの言葉にその場の全員が滝に注目した、確かに岩扉が開いていた。
  一体いつ、どうやって開いたのかはマルコーですら気づかなかった。
  今まで何もなかった滝の裏の岩扉がまるで四人を誘うかのように口をあけたのだ。

  「それで…どうやって入るの?」
  礫の素朴な疑問はしかし当然のことだった。
  「飛ぶには少々距離があるでござるな」
  翡翠もため息混じりに呟いた、翡翠や礫なら飛べるかもしれないが…

  「そうですね、手がないわけではありませんけど…」
  沈黙を破ったのはシオンだった、その言葉に3人はシオンに目を向ける。
  シオンの手というのはトルネード(上昇竜巻)の威力を弱めて吹かし、その風に乗り洞窟
  まで飛ぶという口で言うのは簡単だが実際やるとなるとすごく勇気の要る方法だった。
  もし風に乗る事ができなければそのまま真っさかさまに谷の底にご対面、上手く乗れても
  方向が悪ければ硬い岸壁に激突しそのまま打ち所が悪ければ死んでしまうかもしれない、
  生きていてもまず助からないだろう

  「本当にそんなことができるんでござるか?」
  翡翠は不安げにというより疑惑の目でシオンを見る、翡翠はまだシオンを信用していない
  ようだった。
  シオンはそんな翡翠の心中を知ってか知らずか憂いを含んだ笑顔で穏やかな口調で
  「大丈夫ですよ、ここは私に任せて信用してください」
  そう言うシオンのちょっと鋭い瞳孔を持った澄んだ青紫色の瞳は虚言を語ってはいないと
  翡翠は感じた。
  「まあ、ほかに手もないんだからシオンさんにかけてみようよ」
  シオンと翡翠の沈黙に耐えかねた礫の一言は相談に終止符を打つ結果となった。

  「では、いきます…私が合図したら飛んでください……」
  シオンは流れ落ちる滝の真反対側の崖に立つと詠唱をはじめた、普通は魔法使いや魔術師
  やらが呪文を唱える時は手を合わせたり印を結んだりと意識を集中するための型を作った
  りする、シオンの詠唱の型は自然体になり目を閉じ少し俯き気味になり心の中で詠唱の言
  葉を紡ぐ、はたから見れば何をやっているのか解らないが魔法に通じている物やある程度
  力のある者が見ればシオンの周りを古代文字のような連なった字が渦を巻いているのが解
  るだろう、これがシオン独特の詠唱の『型』だった。

  シオンが詠唱にはいって数秒もしないうちに風が吹いてきてやがて打ち上げるような突風
  に変わった。
  ふいに、マルコーは例の視線を感じ視線の気配の先を見る、目が合ったのは…いうまでも
  なくいつのまにか目を開いていたシオンだった。
  「(だから…一体なに?)」
  マルコーは怪訝そうな顔をしたその時
  「今です!」
  シオンの鈴のような声色が聞こえた時には身体が中を浮いていた。 





              <天岩戸>              葉月瞬


   最初、その白い印象が強い少年を見た時、私は失礼ながらも彼の事を敵だと思ってしま  
  った。敵の……罠なのではないかと。
   しかし……実際は違ったようだ。
   その事に関して、私はとても恥ずかしく思った。
   最近の私は、自分でも信じられないほど、他人を信頼する“心”と言う物を無くしてし
  まった様だ。
   何処かに、置き忘れてしまった“信じる心”を取り戻さなければならない。早急に。

    〜マルコーの日記より〜

  ――― ◆ ―――

  「“風”に乗るって、シオン君……うゎっ!」

   マルコーが「どうやって乗るんだね?」と綴る前に、風が足元から巻き上がっていた。
  突然の不本意な風の悪戯に、マルコーは驚嘆の入り混じった抗議の悲鳴を上げる。

  「アハハッ。今お手本を見せますからね。ほら、こうやって……風に乗るんですよ」

   言うが早いかシオンは、ともすると足元を掬われかねない上昇気流に瞬時に乗って見せ
  る。皆の目の前で。いとも容易くシオンに手本を見せつけられた三人は、呆然とその場に
  立ち尽くすばかりだった。
   しかし、それもほんの数瞬間の事でしかなく、意を決したように決然とした顔色を三者
  三様に露わにした。
   まず、最初に歩を進めたのは、翡翠だった。
   翡翠は順応性が高い様を見せ付けて、前に習って風に乗ることに見事成功させた。そし
  て振り返ると、二人に向かって屈託のない笑顔を見せ、こともあろうにこう言ったのだ。

  「礫殿、マルコー殿、素晴らしい眺めで御座るよ。風に乗るって、気持ち良いで御座るな、
  シオン殿。拙者、癖になりそうで御座る」

   その翡翠の率直な感想を拝聴した礫は、当然のことながら次の様な事を呆然と思った。

  (…………正月野郎…………)

   半ば白くなり掛けていた礫の脳内に色を取り戻したのは、マルコーの勇断だった。

  「よし! 次は、私が挑戦するよ。礫君、先に良いね?」
  「いっ、良いですけど、でも、本当に大丈夫なんですか?」
  「……大丈夫じゃないかもしれない。けれど、ここで怖気づいていたら、レーナさんを助
  けられないじゃないか」

   マルコーはそう言うと、弱々しく微笑んだ。
   マルコーの確かな覚悟と不確かな自信を目の当たりにした礫は、正直感心した。自分に
  は未だ嘗て抱いたことのない決意だからだ。人間、恋愛というものを体験すると、相手を
  守るためにここまで頑なになれるものだろうか、と。互いに気遣いあって、それが“愛”
  というものならば……自分も……。礫はそこで一旦思考を停止すると、静かに苦笑した。
  誰にも気づかれずに、ひっそりと。まだ、自分は本当の“愛”というものを理解していな
  い。一度、“恋愛”というものを経験するべきなのかもしれない、と年齢に不釣合いな考
  えに耽ってしまう礫であった。

  (……こんな僕って、ちょっぴり大人っぽい?)

   と、一人自愛に笑む事さえなければ……。


  「おうい、礫君! どうしたんだね? 君は来ないのかね??」

   再びマルコーの声で現実に引き戻される、礫。
   決意が未だ固まらないままだった。
   だからこそ、熟考を重ねていたのだった。
   どうでもいい熟考を。
   しかし。
   時間が無いのもまた事実。
   事実は事実として受け止めねばなるまい。
   何時までも逃げている訳には行かない。
   それは、礫だとて解っているのだ。
   だからこそ、飛んだのだ。
   目を瞑って――。

  ――― ○ ―――

   気がつくと、岩戸の前に佇んでいた。
   どうやら自分は、風に乗るという行為に成功したらしい。そう、確信すると礫は静かに
  胸を撫で下ろした。
   礫が胸を撫で下ろすのも束の間、唐突に後方から声が上がった。
   それも、一行の誰でもない、第三者の声だ。
   マルコーのものでも、翡翠のものでも、礫のものでも、はたまたシオンのものでもない、
  第三者の声。それが、背後から聞えてきたのだ。

  「よぅしっ! 行こう!!」

   掛声と共に背中に圧力が加わった。
   礫達一行は背後にいる何者かに、掛声と共に押されたのだ。岩戸の奥へと――。
   始め礫は、その掛声に記憶を当て嵌めることが出来なかった。聞覚えの無い声だと、そ
  う思ったのだ。
   しかし一瞬間の後、それは確かな記憶へと辿り着く。かつて自分が聞覚えた声。最も疑
  わしき人物のその声は、忘れようと思っても忘れられない。礫は、確信めいた閃きを得て
  顔を驚きと恐怖に歪ませた。

  「あっ、あなたは……!?」

   その言葉を最後に、礫の意識は暗転した。

   気がついたら全闇の只中だった。
   どうやら洞窟の中に閉じ込められたらしい事が、周囲の土臭い臭いや湿り気を帯びた空
  気の質で判った。
   礫以外の三人は既に目が覚めているらしく、互いに声を掛け合っている。自分も目覚め
  た以上は何か声を掛けようかと礫は思い口を開きかけたが、外部からの声により遮られた。

  「ふふん。こんなこともあろうかと、オババを抱き込んでおいて正解だったよ。君達は一
  生そこに居るといい。岩戸は、もう二度と開かないようにして置いた。ま、研究室が使え
  なくなるのは痛いけどな、念には念を入れて、だ。……マルコー、レーナさんは私が幸せ
  にしてみせる。そこで見物でもしてるんだな。私達の行く末を……ハッハッハ」

   悪笑が遠ざかっていくにつれ、マルコーの顔が歪んで行く。方が小刻みに震えている。
  悔しさの余りに咽び泣いている様だ。
   礫は、どう声を掛けたらよいか検討することすら出来ずに居た。無闇な言葉を掛け、彼
  の心理状態を悪化させることは避けたい。そう考えると、言葉が出てこないのだ。

  「マルコーさん、ここで泣いていても仕方がないですよ。……奥に行ってみましょう。何
  か此処から出る手掛かりが掴めるかも知れないじゃないですか」

   礫と翡翠が塞ぎ込んでいると、シオンが変わりにマルコーを元気付けるための言葉を探
  し当てた。彼はマルコーの肩に手を置き、立ち上がるように促す。マルコーは薄っすらと
  浮かべた涙を袖で拭うと、シオンに促されるままに立ち上がる。まるで、己を励起するか
  のように、両足でしっかと大地を踏みしめる。
   マルコーが自身を奮起するのに成功したころには、一行の目は全闇に慣れ親しんでいた。
  これならば、何とか奥へ進めるだろう。
   奥に進めば外へ出る方法が解る、という保証は何処にもないが――。 





               <鋼鉄>               ケン


  闇の中を一行はただひたすらに進んでいた。
  先頭をマルコー次がシオンその後に礫しんがりが翡翠だ。

  『研究室が使えなくなるのは痛いけどな』
  マルコーはフランクの言葉を胸の中で繰り返していた。
  台詞から察するにこの奥には何らかの研究室があるはずだがまああのフランクの事、きっ  
  と食料や脱出できるような道具やらは残してはいないだろう、だがその研究室にたどり着
  けばきっと脱出できる方法があるはずだ、そう信じるマルコーの顔は先刻の悲しみに押し
  潰されそうになっていたそれとは違い、力強ささえ感じられた。

  狭く暗い通路をなんとか通りぬけた四人は広く開けた場所にたどり着いた。
  そこはドーム状になっており天上や床、壁を硬い鉄のような物で作られた空間で辺りには
  これまた鉄のような物でできた箱やらガラスでできたカプセルやらいろんな物が置かれた
  いた、ここが研究室だと言う事は間違いはなかったが、フランクは彼等に最低の脱出方法
  を残してくれていた。

  ズン…ズン…

  不意に何か硬い物どうしがぶつかり合うような音がしたと思ったら、そいつは研究室の奥
  からゆっくりと姿を現した、3m以上はある研究室の天井まで届きそうなほどの背丈、大
  木の太さはある四肢、右手に巨大なスピアー、左手に円形のシールドを装備した中世の鎧
  を思わせる巨大な人型の鉄の塊、それはまさにマルコー達を地獄という脱出口へ案内する
  死神の様でさえあった。

  「こ、これは一体!?」
  たまらずマルコーが悲鳴を上げる、翡翠も礫も各々の得物に手をかけ、マルコーとシオン
  の前に出る。(マルコーはもちろんの事シオンも格闘戦には向いてなさそうなので必然的
  にこの二人がアタッカーとなる)

  「アイアンゴーレムです」
  シオンが眉を少し潜めながら言う、アイアンゴーレム…砂や岩などの変わりに鋼鉄で作ら
  れたゴーレムの総称をそう言って、とにかく手強い、打たれ強いのだ。

  「さっきから鳴ってたのはこいつの足音だったのでござるな」
  翡翠が刀を抜きながら言う。
  「シオン君、さっきのでまたバラバラにしちゃってよ!」
  礫もまた刀を抜きながらシオンに言うがシオンは申し訳なさそうな顔をして
  「…それが申し訳にくいのですが、こう言う密封された空間では風は集まりにくくて詠唱
  に時間が掛かりますし威力も落ちるのです、それにさっきのゴーレム達を吹き飛ばしたの
  も儀式魔法で準備が必要で……」
  そこまで言ってシオンは俯く。
  「え…ってことは……」
  「危ない!!」
  礫の言葉は途中でさえぎられ、シオンと礫は右に、翡翠とマルコー(翡翠に抱かれていた
  ので結果的に)は左に散った、直後アイアンゴーレムのスピアが今まで四人がいた床に大
  きな穴をあけて突き刺さっていた。

  「あ、あんな物をまともに食らったら痛いじゃすまないでござるな、マルコー殿大丈夫で
  ござるか?」
  「ん…あぁ、シオン君たちは!?」
  はっとしてマルコーはシオン達が避けた方を見たが煙で良くわからない。
  「とにかく、やるしかないでござるな…」
  翡翠はスピアーを抜き、こちらに視線を向けたアイアンゴーレムに向って構える。
  「やるって、無茶だ!あんな鉄の塊にどうやって」
  マルコーの叫びはしかし、再び繰り出してきたゴーレムのスピアーによってかき消された。

  「痛ぅ、シオン君大丈…夫…?」
  最初の一撃をなんとかかわした礫は同じ方向に逃げたシオンを振返り、絶句した。
  シオンの腹部からおびただしい量の血が流れていた。
  「うわ!シオン君!」
  礫は慌ててシオンに近寄る、シオンは呼吸も荒く意識も殆ど無いようだった、服を脱がし
  て(何故かどきりとしたが、今はそんな事を気にしている暇は無い)傷を調べてみても腹
  部、特に左の脇腹辺りが深い所では貫通しているかもしれないほどの傷を負っていた、恐
  らく床の破片かかにかが飛んできたのだろう。
  致命傷には変わりなかった、もう助からないだろう…その時シオンが首からかけているペ
  ンダントに気がついた、開くようになっているようだが…と、次の瞬間そんな事は記憶の
  隅に吹き飛ばされた。

  シオンの腹部から流れている血が彼の身体を伝い、離れて地面に落ちる瞬間に赤かった血
  液が黒に変色しているのだ、肝臓から流れる血は黒だが身体から流れているのは間違い無
  く赤だ、それが地に落ちた瞬間に漆黒になる、人間では考えられないことだ。
  再び視線を腹部の傷に移すとまたもや驚愕に目を見開きそうになった。

  あれほど深かった傷がまるで皮と肉の表面を少し切った程度の傷にまで回復していたのだ、
  だがさすがに出血の量が多かったのかまだ気を失っている。

  ―――人間じゃない―――

  礫はそう直感した、最初に姿を見た時からそうだ、人間離れした美しさ、人形のように美
  しく整った顔立ち
  そして…この体質、一体…何者なのか……

  そこで礫の思案は途切れた、アイアンゴーレムの次撃がマルコー達が避けた方に向って繰
  り出されていた。
  「そうだ、まずはあいつを倒してからだね、でもどうやれば…」
  礫は刀を構え直しながら呟く。

  「ゴーレムは…身体の…何所かに『emeth』と言う言葉が刻まれています…『e』の文字を
  削り…『meth』と言う言葉に書き換えてください…」

  刹那、苦しそうな声が礫の耳に入る、振り向くとそこには仰向けに倒れたシオンが腹部を
  押さえて顔だけを礫に向けていた、しかしその表情は複雑だった。礫はあえてその事を問
  わず
  「ありがとう、よ〜し 弱点さえわかればこっちのモンだ、行くぞ!でくの棒!」
  刀を上段に構え、礫はアイアンゴーレムに飛びかかって行った。 





              <鉄鋼奴>             葉月瞬


  「ありがとう! シオン君。よ〜し、弱点さえ解ればこっちのもんだ!! いくぞ、でく  
  の棒!!」

   礫は刀を上段に構え直すと、前方を見据えつつ裂帛の気合もろともアイアン・ゴーレム
  に突撃を敢行した。
   アイアン・ゴーレムの足元に到達すると、振り下ろされる腕を刀で受け流しながら首を
  巡らす礫。狙うは“e”の一文字のみ。

  ――ゴーレムは……身体の……何所かに『emeth』と言う言葉が刻まれています……『e』
  の文字を削り……『meth』と言う言葉に書き換えてください……。

   先程のシオンの言葉が、礫の脳裏を過ぎる。
   彼の台詞の最後は苦しみの内に流れた。彼の声音が痛々しく、礫の心を締め付けた。
   友人を苦しめた原因は何なのか。
   そう考えた時、礫はいつに無く戦闘に対して積極的になっていた。
   普段礫は、戦闘において積極性を見せる事は無い。相手が攻撃を仕掛けてくる以上は応
  戦するが、自ら進んで攻撃を仕掛けるような事はしない。全てに於いて、受身で構えてい
  るのだ。それが、これ程までに攻撃的になるとは。礫自身、驚きを隠せなかった。
   実の所礫が積極的に戦闘に参加するのは、今日はこれで二度目なのだ。仕事とはいえ、
  余り争いを好まない礫にとってこの経験は、複雑な思いに彩られていた。

   アイアン・ゴーレムの足元を一周し、脚部の何処にも例の文字が無い事を確認した礫は、
  次なる目標を見定める為に上に視線を走らせる。
   と、不意に礫の視界が黒い幕に覆われる。
   巨大な何かが礫の上に覆い被さったのだ。咄嗟に礫は、刀でそれを受け止める。刀を持
  つ両手が痺れる感覚に呻きながらも頭上を見遣ると、其の黒い幕の正体はアイアン・ゴー
  レムのスピアだった。ちょこまかと煩いハエを叩き落そうとでもするかのように、それは
  礫の頭上に振り下ろされたのだった。

  「く……っ!」

   一瞬、礫の脳裏に押し潰される自身の肉体が無惨に広がった。其の瞬間、礫は自分が押
  されているのだという事を悟った。そして、押し返す事も無いであろう事も。アイアン・
  ゴーレムに対し、力では敵わないのだ。力では。
   そう悟った次の瞬間には、礫の身体は反転していた。身を翻し其の反動でスピアを受け
  流しながら、その場から飛び退る。今まで礫の居た場所に、スピアが突き刺さり一寸した
  クレーターを作っていた。

  「翡翠さん! 援護をお願いします!!」

   礫の只ならぬ声音に、翡翠も何かの作戦を感じ取ったのか二つ返事で賛同する。

  「解り申した! 礫殿、此方は拙者に任せるで御座る!!」

   其の翡翠の二つ返事に納得したのか、礫は一つ頷くと刀を両手から右手に持ち替えて、
  上方に跳躍した。目指すはアイアン・ゴーレムの大腿部である。
   重低音と共に下ろされたゴーレムの片足の大腿部に、礫は軽い音と共に着地する。一旦
  は着地したが、余り長くは居られない。素早く周囲に視線を走らせ例の文字の有無を確認
  すると、再び上方へと飛躍する。そこに文字は、無かった。
   次は振り下ろされる寸前の二の腕、その次は肩と、礫は引っ切り無しに足場を変えてい
  く。次から次へと足場を変えていっても、文字を探す事だけは忘れない。
   しかし、見つからない。何処にも。

  「……残りは……あそこだけか……」

   焦りを隠し切れず、残る箇所――ゴーレムの頭頂部へと視線を這わせる礫。疲労が見え
  隠れしているのは最早、否定出来ない所まで来ていた。
   礫が比較的足場の安定している肩甲骨の部位で息をついていると、不意に轟音と共に突
  風が吹いて来た。ゴーレムが、まるで自分の体に付いた塵を払うかの如く、手で払い除け
  たのだ。
   ゴーレムよりも小さく、軽い礫は途端に振り払われる。

  「ぅうわぁあ〜!?」

   地面に激突し自分の体が潰されるのではないかと思い眼を瞑ってしまった礫の体が、突
  然思わぬ浮力を得た。
   “風”だ!
   唐突に閃いた礫は、自分の足元を見、閃きを確信に変える。
   そして、シオンを見遣る。
   先程まで傷付き倒れていたシオンが、信じられない事に自身の両の足でしっかと立ち、
  両手を前に突き出していた。何かに集中しているように、瞼を閉じて。
   礫がシオンに、信じられない物を見た、という視線を送っていると、シオンが両の目を
  開け礫を見上げ力強い言葉を発した。

  「礫さん! 私が“風”を操って足場を確保します! 貴方は早く文字を探して、削り取
  ってください!!」

   恩に着る、とでも言うように頷く礫。
   遥か下方では、翡翠が死闘を繰り広げていた。右へ、左へと繰り出されるスピアと拳骨
  の雨の中を、ひらりひらりと時にはかわし、時には刀で受け流しつつも応戦している様は、
  流石としか言い様が無かった。
   翡翠ならば大丈夫。まず、死ぬことは無いだろう。
   礫はそう確信し、安堵を得る。
   問題は――自分か。
   此処まで跳躍を重ねて来た無理が祟ったのか、礫の息は上がっていた。弾む胸を整えて、
  足場を作っている空気の塊を確認する。
   足の裏に覚える、確かな浮遊感。
   大丈夫。“風”はしっかりと、足を包み込んで受け止めてくれている。しかも、自分の
  動きに忠実に従ってくれるのだ。これほど心強い足場は又と無いだろう。
   安心感を共に従えた礫が次に目を転じたのは、アイアン・ゴーレムの頭頂部であった。
  そこには目的のもの――“emeth”の文字があった。

  「よしっ! あれだな、シオン君が言っていたのは。……えっと、あれの“e”の文字だ
  けを削り取ればいいんだな。よーし――」

   文字を確認した礫は素早く刀を両手に持ち変えると、中段横一文字の型に構える。次に、
  目を閉じ息を大きく吸い込むと、気を丹田で練っていく。

  「はあぁぁぁっ」

   丹田で凝縮した気を、今度は刀の刀身に練り込んでいく。
   この、一種独特の構えは彼自身が鍛錬の末に編み出したもので、気を刀身に練り込む事
  により衝撃波で敵を薙倒すことが出来る技である。誰に教えられるでもなく自分で編み出
  した、と主張している技の一つである。
   気を練り込まれた刀身は、仄かに青白く輝いて見える。

  「はあぁぁぁっ! 秘技・覇気飛燕!!」

   鬼気迫る掛け声と共に、青白い目には見えぬ気の塊が刀身から迸り出る。
   一瞬の後には礫の“気”は“e”の文字を削り取っていた。
   礫が其の一文字を削り取ると同時に、今の今まで地響きを立てて攻撃を仕掛けていた鉄
  巨人が、まるで嘘の様に其の動きを封じた。そして、物言わぬ巨人、動かぬ鉄の塊と化し
  たのだ。
   鉄巨人の頭部に留まる事を許された礫が、ひょっこりと顔を覗かせてシオンと翡翠に向
  かって何やら叫び始めた。

  「ねぇーっ! このでっかいの、動きが止まったけど、これからどうするーっっ!??」

   翡翠は肩を弾ませながら息を整えている。流石にあの鉄巨人を相手に牽制するのは彼に
  とっても重労働だったらしく、礫の言葉に答える余裕を見せない。年甲斐も無く、「年か
  な?」等と心の中で妙におどけながらも鉄巨人を見上げているばかりである。
   シオンの方は、あの大怪我にも拘らず順調に回復し、今は二本の足で確りと立っている。
  それを礫は、信じられない面持ちで見詰めていた。声は掛けない。掛けようが無いのだ。
  今の彼に掛ける言葉が見当たらない。語彙が少ないわけでなく、ただ単に今の彼に対し言
  葉など不要だと肌で感じ取っていたからだ。
   シオンは思案気に顎に手を宛がうと、考え込むように呟いた。

  「……ゴーレムは、“emeth”という“生命”を意味する言葉が刻まれていて、仮初めの
  命を与えられた物なんです。その“emeth”から“e”の文字をとって、“meth”という“
  死”を意味する言葉に変えてやれば彼等は命を失います。……ま、あくまで仮初めの“死”
  ですけどね。……そしてもう一度“e”の文字を刻み込めば、再び“生命”が吹き込まれ
  動き出す事が出来るのです。文字を刻み込んだ者の命令しか聴かない、というのもゴーレ
  ムの特徴の一つですね。あくまでも下せる命令は一つだけですが……。其のゴーレムを
  使って脱出する、というのも趣があって良いかもしれませんね。――礫さん! 先程消し
  た“e”の文字の上からもう一度“e”を書いてください!!」
  「!? わかったーっ!」

   とはいえ、一度削った文字の上に更に文字を重ね彫りするというのは至難の業である。
  ましてや、削るための道具といえば細かい作業には不向きな刀一本である。“斬る”のは
  容易に出来ても、“彫る”となるとまた別問題である。
   礫は暫く熟考した。
   熟考した挙句に辿り着いた結論は――。
   礫は徐に懐から筆と硯と水筒を取り出した。
   そして硯に水を垂らし墨で擦ると、数分後には見事な墨汁が仕上がっていた。黒髪より
  も尚黒く、夜闇よりも深い黒。其の墨を筆にとって、もともと“e”の文字のあった場所
  に垂直に置き、一気に書き上げる。
   上がったものは、“e”の一文字だった。

  「しっかし、こんなんで動くかなぁ?」

   独白めいた突っ込みを自分自身に向けながら、礫はアイアン・ゴーレムの様子を見てい
  た。動き出すか、否か。


   息をも呑み込む数分後、ゴーレムは再び、失われた動を得る事に成功した。





              <信友>               ケン


  再び『動』を得た鉄の巨人を見上げ私は絶望の中から希望の光を見出した気持ちでいた。  
  この人達ならきっとレーナを見つけてくれる、私はいまさらながらそう確信していた…

  * * * * * * * * * *

  翡翠とマルコーがシオンの元に歩いてきた、翡翠はだいぶ消耗しているらしく息遣いがす
  こし荒かった。
  マルコーはそんな翡翠の肩を抱いて心配そうにしているが先刻までの暗い雰囲気はなくなっ
  ていた。
  「翡翠さん、おつかれさま」
  シオンは温かい微笑を浮かべて翡翠のもう片方の肩を取る。
  「かたじけない、それよりシオン殿、あの鉄鎧はどうなったのでござるか?」
  翡翠がアイアンゴーレムを仰ぎながら言う、その頭の上で礫がなにかごそごそやっている
  のが見える。
  「ゴーレムは『仮初の命』を与えられます、その命を奪うには『仮初の死』を与えるしか
  ないのです」
  シオンは目を瞑りゆっくりと唄うように話す、その説明は翡翠達にはさっぱりだったがも
  う襲ってこないと言う事は理解できたらしく、安堵の溜息と共に地面に座り込む。
  「!シオン君その服、それにその血…怪我をしたのかい!?」
  唐突にマルコーがシオンの脇腹が裂けた服とそこに付着した血痕に気付き声を荒げる。
  「あ、いえ…ちょっとかすっただけです、心配要りませんよ」
  最初は動揺の色を隠しきれなかったがシオンは相変わらずの笑顔で答える。
  「かすったって、確かに傷口はたいした事無いみたいだけどその服の裂け方に、その血は…」
  マルコーはシオンの脇腹と顔を凝視している、翡翠も聞き耳を立てているのかさっきから
  黙っている、そしてシオンはマルコーの視線を避けるように黙って俯いていた。
  ―沈黙―
  少ししてシオンが裂けた部分を隠す様に手を添える。
  「シオン君、君は…」
  マルコーが言葉を紡ごうとした刹那。
  重い音を立ててアイアンゴーレムが動き出した、たまげたのはマルコー達で今の緊迫した
  雰囲気も一辺、マルコーはシオンに飛びつき翡翠は刀に手をかけたが…
  「おーい!シオンく〜ん!これからどうしよう?」
  鋼鉄の塊の天辺から聞きなれた礫の呑気な声が聞こえた。

  「そうですね、一応ここから出る事を最優先しましょう。礫さん脱出路を作る様に命令し
  て頂けますか?」
  それを聞いて礫は「解った」と返事をし、ゴーレムに何やら話し始めた。
  「え?え?これはどういう事だい?」
  マルコーはわけが解らないと言った顔でシオンを見る。
  「大丈夫ですからまず落ちついて、離れてください」
  シオンは苦笑と微笑まじりの顔でマルコーをたしなめる、言われて初めて自分がシオンに
  抱き着いている事を知り赤面しながら離れるマルコー
  「さっきも言ったと思いますが、ゴーレムは仮初の命で動き、仮初の死で動きを止めます、
  しかしそれはあくまでも仮初、再び命を吹き込む事も命を奪う事もできるのです、そして
  基本的に命を与えた物の命令を聞きます」
  「なるほど、さっき礫殿が何かしていたのはそういう事だったのでござるか」
  話を聞いてようやく事情を飲み込めたのか翡翠はまた「ふぅ」と溜息をついて警戒を解く。
  その刹那、研究所全体に轟音が響く、ハッとして音の元凶を探るとそこにはスピアーで天
  井を乱打するアイアンゴーレムの勇姿がうつった。

  徐々に砕けて行く天井を安全地帯に非難した一行は無言で見つめていた、わずかに覗いた
  穴からは光が漏れてこない、外は夜になりかけているみたいだ。
  やがてアイアンゴーレムが抜け出せるかどうかというくらい大きな穴が天井に空けられ、
  一行はアイアンゴーレムを踏み台にして外に出た、ほんの少しの時間だけしかいなかった
  はずなのに、酷く懐かしく感じられた。

  * * * * * * * * * *

  「雨…やまないね」
  礫が宿『風渡る草原』の窓から外を見て呟く、脱出した一行を一番に歓迎してくれたのは
  大雨だった、結局その雨のせいでゴーレムは『e』の字が消え再び沈黙、夜が迫っている
  事もあってひとまず街に戻る事になり、いままでの事とこれからの事について会議をはじ
  めることにして今にあたる。

  マルコーと翡翠は円卓を挟んで椅子に腰掛け翡翠は仮眠を取っているのか瞼が微妙に動い
  ている、マルコーは何かを考える様に黙っている、礫はベッドに腰掛け窓を流れる水滴を
  見つめていた、脳裏に蘇るのはシオンの黒い血…と思っていたらドアをノックする音が聞
  こえ白髪の少年、シオン本人が姿を現した。右腕には既に新しい布が巻かれておりそれを
  見て礫がはっと自分の右腕を見る。
  「(返すの忘れてた!)」
  礫が少々間抜けな顔をしていると
  「お待たせしました」
  シオンは微笑を浮かべて部屋の中に入ってきた。
  「それじゃあ時間も無いしこれからの事について話し合いたいんだけど…」
  それを見届けたマルコーは翡翠を起こし目がさめたのを確認すると一同を見まわしながら
  言った。
  「その前に…皆さんに告白したい事があるのですが、いいですか?」
  マルコーの言葉をさえぎったのは他でもないシオンだった。
  「ぇ?…ああ構わないよ」
  マルコーの承認を受け他の二人にも異義は無いと見たシオンは少し哀しそうな笑顔になり
  こう言った。
  「皆さんお気づきの様ですが私は人間ではありません、サイボーグホムンクルス…戦闘兵
  器です」

  シオンの言った事に皆が黙って耳を傾けていた、シオンはもうこのメンバーとの関係の全
  てが終ったと覚悟していた、半日ぐらいの間だったが、久しぶりに仲間と呼べる関係にな
  りこれからも良い思いでとして心に残しておきたかったがどうやらそれはできそうに無かっ
  た、自分が人間ではないと知ると大抵の人間は忌み嫌い迫害してきた、何年も協力し合っ
  てきた村人でさえ自分を追い出してきた。だからここで追い出されても別によかった、い
  つものことなのだから…が帰ってきたのはシオンが予想もしなかった意外な返事だった。

  「…だから?それがどうかしたの?」
  「ぇ?」
  あまりにも普通の礫の答えにシオンはしばらく開いた口がふさがらない状態になっていた、
  おそらくさっきの礫と同じ位の間抜けな表情だったかも知れない。
  「う〜ん、上手くは説明できないけどさ、人間じゃないって解っただけで今までの接し方
  を変えたりはしないよ、って言いたいんだけど」
  まだ信じられないという顔をしているシオンに礫が続ける。
  「そうでござるな、もしシオン殿に敵意があったとしたらおそらく拙者達は今ここにはい
  なかったでござろうからな」
  と翡翠が真剣に物騒な事を言うとシオンは困惑気味の表情で翡翠を見る。
  「正体がなんであろうとシオン君はシオン君だ、まだ出会って数時間しか経っていないの
  に君は私達のために力を尽くしてくれた、そんな仲間を追い出したりはしないよ」
  シオンの心情を悟ってか悟ってないでかマルコーが穏やかに言う。
  「大切なのは、信じる事だと思うんだ。僕達はシオン君を信じてる、だからシオン君も僕
  達を信じて。出て行ったりしないでね」
  言っていて恥ずかしくなったのか礫は頬を染めて言う。

  シオンは胸が熱くなるのを感じた、眼から熱い液体がにじみ出る。嬉しくて嬉しくて仕方
  が無かった、その反面いつのまにか彼等の事を信じていなかった自分自信に怒りと焦りと
  悔しさを感じていた。
  一瞬彼等にはついて行っても良いのではないかという考えがよぎるがそれは叶わないのだ、
  自分の生命は自分のであって自分のではないのだから…しかし、この仕事が終るまでは命
  をかける覚悟を改めて誓った。


  マルコーはシオンが幾分か落ち着くのを待って椅子に座る事を進めた、それをシオンは丁
  重に断ると扉に寄りかかる様に座った。
  「よし、それじゃあ、改めて今後の事について会議をしよう」
  マルコーが幾分緊張したおもちで話し始める。





              <碧い月>             にん♪         


  マルコーはゆっくりと重い口を開いていく。

  「おそらくレーナはフランクの屋敷にいると思う・・・。
   もうアレは私の知っているフランクではないよ」

  シオンは腕組みをして少し考えてからポツリともらした。

  「そのフランクさんの屋敷ですが、恐らくかなりの人数が待ち構えていると思います。
   しかも記憶を操作するほどの魔術師、おそらく素早く行動しないと取り返しの
   付かない事になると思います。だから・・」

  そこへ翡翠が話を割り込ませる。
  「人数を分けて、どちらかの集団が陽動・・・でござるか?」

  「戦える人数なんて3人しかいないのにさらにわけるの?」
  「礫さん落ち着いてください、仕方がない事なのですよ、やはり私が・・」
  「何いってるんだよ!!傷があるのに、オレがいくよ」

  礫とシオンが熱くなって痴話げんかのようなことをしている。
  「とにかく私も役にたたないかもしれないが武器を用意していく。
   戦える人数が三人というのは訂正してほしいところだよ、
   それにこれは私の問題であるわけだしね、じっとしてはいられないよ

   力足らずな為キミ達に助けてもらっているが、やはり・・・」

  ぎゅっと拳を握るマルコーの決意に
  あたりは静まり返る。

  「その必要はないで御座るよ・・・囮は拙者一人で十分、
   マルコー殿等はレーナ殿を救出するで御座るよ」

  「そんな翡翠さん、さっきだっていっぱいいっぱいだったじゃないですか」

  「拙者は周りに人がいないほうが力が出るで御座るよ、
   それに礫殿とシオン殿の組み合わせはすごかったで御座る」

  シオンが頭を下げている、翡翠だけはあまり力を解放しないほうが
  いいって事に気がついていた。
  それに本当に一人のほうが螺旋を使うには好都合だ。

  「では、今日の夜中に救出に向かいましょう、それまで皆さん少し仮眠を・・・」
  シオンの締めの言葉でそれぞれが部屋に戻っていった。

  翡翠は部屋に戻って刀の手入れを始めた。

  「ふぅ・・・」

  ふと見上げると恐ろしいくらい綺麗な碧い月がみえた。
  月のせいか、刀の煌きのせいか、ひどく落ち着かない。

  「今夜は長くなりそうだ」

  フランクの屋敷の襲撃まであと半刻。 





            <奪還作戦始動!>           葉月瞬


   静かに夜は更けていく――。

   扉を叩く音に反応し、シオンは咄嗟に、真っ白い包帯を解いて腸[はらわた]が抉れる様  
  な見るも無惨な傷跡を露わにしていた右腕を、毛布に潜り込ませる。
   そして、何事も無かったかのような声音で入室を勧めた。
   シオンの勧めに答えたのは、礫だった。

  「こんな夜更けに、ごめん。シオン君、ちょっと良いかな?」
  「なんです?」
  「翡翠さん……の事なんだけど……」

   礫の思い詰めた様な蒼い顔を見て、シオンは何事か只ならぬ物を感じたようだ。はっと
  息を呑むと、「立ち話もなんだから」と室内に引き入れた。

  「……で? 翡翠さんの事で話って、何です?」

   俯いて足元に視線を這わせたまま、何も語ろうとしない礫に対し半ば後押しをするよう
  にシオンが口を開いた。彼が話を促すまでに、悠に5、6分は経っていた。あくまでも人
  の感覚で、だが。

  「……うん。……先刻の翡翠さんの提案、僕にはどうしても彼が死に急いでいるように思
  えて。あ、だから、彼を一人にはしておけないって。そう思ったんだ……」

   最後の語は少々自信無さ気に消え入ったが、一気に一通り捲くし立てて肩の荷が降りた
  のか礫は安堵の表情を浮かべた。悩みを誰かに打ち明ければ、胸に支えていた靄が晴れて
  其れだけ心が軽くなるものだ。礫は今、其のことを実感として感じ取っていた。
   だが、シオンの方はそんな礫の悩みを悩みと受け取ってはいないようだった。

  「成る程……。確かに、そうとも取れますね。でも……」
  「……でも?」
  「でも、翡翠さん自身はそうは考えてはいないようですよ。少なくとも、礫さん、貴方の
  ように繊細な精神の持ち主ではないらしい」
  「……と、いうと?」
  「彼は、死に急いでいるのではない、という事です。もっと端的に申しますと、傍に居る
  と僕達すらも巻き込んでしまいかねない何かの大技を仕掛けようとしているのではないか、
  と。私は、彼の言葉の端々からそう感じ取りましたが」

   未だに得心がいかず、俯き何やら黙考に再び勤しみ出した礫を救い出すべく、シオンが
  再び口を開く。

  「まあ、とにかく。今は翡翠さんの作戦に従うしか手は無い訳ですし、翡翠さんの戦闘能
  力を信じましょう。……いざとなれば、私の“風”もありますし」
  「……そうだね! 翡翠さんは強いもんね! そんな簡単に死ぬわけ無いって!! あ〜、
  何かすっきりした。ありがとう、シオン君」
  「どういたしまして。……さて、作戦決行まで時間も余り無いですし、少しでも眠って体
  力を温存しておきましょう」
  「……うん。おやすみ、シオン君」
  「おやすみなさい」

   扉は静かに閉められた。
   今の会話を経ても、礫の顔が完全に晴れた訳ではない。彼の内に燻る不安の黒い雲は未
  だに覆い被さっていて、消え入ることは無い。範囲は狭まっても反って一層色濃くなった
  ようである。とはいえ、顔色は先程よりは大分良くなった。晴れやか、とまではいかない
  までも多分に周囲を心配させる様な事は無いだろう。
   礫は決意を表すように一つ大きく頷くと、自分の部屋に戻り仮眠をとる事にした。
   来るべき時の為に。

    ◆◇◆

  「レーナ……。貴女は美し過ぎる……。この世ならざる者の如く……それは罪だ。人の、
  僕の心をこんなにも、惑わせるなんて……。僕は、貴女の事を考えると、夜も眠れなくな
  る……」

   静かに闇が染み渡る室内に、陶然と男の声が響く。其の声音は、恍惚と打ち震えていた。

  「あら、そう。勝手に寝不足で、あの世にでも逝ってしまうと良いわ。私は貴方の事なん
  て、蚊ほども想っていないもの」

   強気だが、それでも恐怖に震えた女性の言葉が男性の言葉の後に続く。其の言葉を耳朶
  に叩かれた後も、何故か男は堪えた様子が無い。そればかりか、まるで其の言葉で快感を
  覚えたかの如く恍惚とした表情をさらに強めた。

  「フフフ……。そんな強がりを言う君も、可愛いよ……。もう直ぐだ……もう直ぐ僕達は
  結ばれる……。永遠の愛を誓い合うのさ……。ああ! “永遠の愛”! なんという甘美
  な響きだ!!」
  「い、いやあぁぁぁぁーーっ!」

   男が自分に酔い痴れた言葉を吐き出すのと、女が絹を裂くような悲鳴を上げるのとはほ
  ぼ同時だった。

    ◆◇◆

   街中にあって一際大きな邸宅。
   ここ、フルト家はこの辺一帯を治めている貴族である。当然其の邸宅の構えも、城の如
  く聳え立っていた。だが、城ではなく、切妻屋根で平作りの煌びやかな豪邸であった。三
  階建てで、上方ではなく横に広がりを見せている。この辺一帯は豊饒な大地が広がってい
  るが、争いは絶えて久しかった。国境に接しているわけでなく、また近隣の貴族達とも争
  っている訳ではない。だから、防衛に重きを置く必要も無く、軍隊や騎士団を組織し配備
  する必要も無かった。屋敷を護衛するのは僅かばかりの騎士団と、ならず者の傭兵団、時
  にはギルドハンターなども混ざっていたりするが、所詮は烏合の衆である。
   何故かここ最近邸内に人が増え、ならず者達が頻繁に徘徊する様になっていた。彼らは
  全てフランクの独断で集めた者達だった。何故、館の警護を厳重にする必要があるのか。
  戦争など起こりよう筈も無く、ただただその理由は他でもない、“レーナ”だった。レー
  ナ嬢の行方不明事件と前後している事から見ても、それは間違い無かった。

  「……と、こんなところでしょうかね。館の厳重な警護から推察するに」

   凛とした男性とも女性とも付かない声が、闇の奥から届いた。シオンである。
   夜半を半時も過ぎた刻限。
   シオン、礫、翡翠、マルコーの一行は、フランク家の邸宅の一辺にいた。其処からなら、
  館の様子を伺えるのだ。今や礫達の奴隷と化したアイアンゴーレムは何処かへ待機させて
  いる。流石に隠密行動中は大き過ぎて目立つ、と判断されたからだった。因みに“e”の
  文字はもう一度深く掘り込まれていた。翡翠の手によって。

  「……じゃあ、ここからは分かれて行動しましょう。翡翠さん、陽動頼みましたよ」
  「ああ、任せるで御座る」

   翡翠は腕が鳴るとでも言いたげに、着物の袖を捲くった。そして、たすき掛けに括る。
  まるで争いを楽しむようだ。礫はおぼろげながら、そう感じた。

  「……あの、翡翠さん……」
  「……? 何で御座る? 礫殿」
  「……なないで」
  「……え?」
  「死なないで下さいっ! 絶対に、生きてもう一度会いましょうっ!!」

   余りにも突然で漠然とした礫の台詞に、翡翠は思わず笑みが零れてしまった。何て、何
  て若いのだろう、この少年は、と。そして、其の全身全霊の一言に自分を案じる繊細な精
  神が宿っている事にも気付き、少しはにかんだ微笑だった。

  「解り申した。絶対に、何が何でも生き残って見せるで御座るよ、礫殿」

   そっと、礫の頭頂部に触れる。
   其の柔らかな感触に、確かな安堵感を得て礫は漸く作戦に集中する事が出来るようになっ
  たのであった――。

    ◆◇◆

  「フランク様! 緊急です!!」

   危急を知らせる兵士が、フランクの部屋の扉を叩き開いた。
   今まで僅かな光量しか得られなかった暗闇の中に、一筋の光が差し込まれる。レーナは
  其の光の筋に、微かな希望を見た気がした。

  「何事だっ! 今良い所だったのに……。ここへは誰も通すなと言った筈だろう!!」
  「はっ、申し訳御座いません。しかし、館に侵入者が入り込みまして……ご指示をと」

   フランクの一喝に恐縮した兵士が恐る恐る述べた驚愕の事実に、フランクは驚きの色を
  隠せなかった。

  「……マルコーか……」

   其の名前は、確信を持ってフランクの唇から零れ出た。其の言葉を耳に捕らえた途端、
  レーナの顔に赤味が差し、明るさを取り戻した。

  「マルコーが……マルコーが来てくれた!」

   想いは天空の高みまで届き、希望の星となってレーナを照らし出したのだ。





             <風の護符>              ケン


  礫が去ったのを見届けシオンは綺麗な顔を難しい顔にし何かを考える様に左手の親指と人  
  差し指を顎に添える。
  そしてなにかを思いついたのか、紙のような物を数枚取りだし何かを書き始めた。
  書き終えると自分の右腕の傷を見る。

  「信じてくれた『仲間』を…死なせはしませんよ」

  難しい顔を穏やかな表情に変え、そう呟くとさっきの紙を懐にしまい部屋を出た。

  * * * * * * * * * *

  「翡翠さん、上手くやってくれたようだね」

  あわただしくなった屋敷の正面の反対側、裏庭に隠れていた礫がシオンとマルコーに言う。
  それにシオンがう頷き

  「時間が余りありません、急ぎましょう」

  警備が表に集中したためか思っていたよりも簡単に屋敷に進入する事ができた、がまだ先
  は長い

  「む、貴様等何者だ!」

  突如、曲がり角を曲がった所、扉を警備していた鉄砲を持った傭兵に見つかってしまった。

  「ここは私に任せて、下がっていてください」

  シオンはそう言うと一人、傭兵にむかって無防備に近寄る。

  「動くな!それ以上近づくと撃ち殺すぞ!」

  そう言う傭兵を無視して詰め寄るシオン
  刹那、屋敷に銃声が…鳴り響く事はなかった。

  「そ、そんな馬鹿な…」

  男の手にあった鉄砲はシオンの右手の中にあり、さらに左肘で鳩尾につきを食らわし昏倒
  させる。

  「ふう…もう大丈夫ですよ、先を急ぎましょう」

  シオンの事を隠れてみていた二人にもシオンの姿は見えなかった、消えたかと思ったら既
  に男は倒れ、シオンは男の鉄砲を持って立っていた。

  「シ、シオン君今のは一体…」

  マルコーが驚きで高くなった声色で聞く

  「いえ、どの道、風を繰る者に間接武器は通用しませんし、でも銃声を聞きつけて人が集
  まると厄介なので眠ってもらいました」

  シオンの返事はマルコーの質問の答えになっていなかったがそれでも充分だった、とにか
  く危機が一つ去ったのだ。

  「(それにしても…シオン君って結構体術も使えたんだ…)」

  魔法しか使えないと思っていた礫は少しショックを受けていた。

  * * * * * * * * * *

  「なかなか手強いでござるな、そろそろ出番でござるよ、ゴーレム殿」

  翡翠の一声と共に屋敷を囲む壁を破壊しながら巨大な鉄の塊が姿を現した。

  「お主の力は、直接対決した拙者が一番良く知っているでござる、いくでござるよ!相
  棒!」

  咆哮と共にアイアンゴーレムは近くにいた傭兵をむんずと掴むと遠くへ投げ飛ばし、向っ
  てくる騎士団を手にしたスピアーの一薙で散らした。

  翡翠は懐にしまった数枚の紙を確認すると、自らも鬼神のごとく戦場を駆け巡った。

  * * * * * * * * *

  コンコン

  「開いているでござるよ」

  「すみません、シオンです」

  寝る仕度をしていた翡翠は脱ぎかけていた服を着直し、突然の来客を招き入れた。

  「シオン殿、どうしたでござるか?」

  翡翠は明日死ぬかもしれない役割を…いや、死ぬかもしれないと言うのはお互い様だが、
  その一番危険な仕事を引きうけたと言うのにいつもと変わらぬ様子だった。
  そんな翡翠をシオンは穏やかに見つめ

  「いえ、あなたの実力を疑っているわけではないのですが、明日の戦闘で、役に立つかも
  しれないと思いまして…これを」

  そう言って差し出したのは先刻シオンが何やら書いていた数枚のかみだった。
  翡翠はそれを不思議そうに受け取った、まあそれもそのはずだろう、魔法を知らない者が
  見ればただの紙切れだ。

  「これは?」

  「これは風の魔力を込めたお札です、「クイックアップ(3倍速)」「ウィンドシールド
  (風盾)」「ソニックブレード(真空刀)」などお札に書きこめる程度の簡単な魔法を込
  めています、使うときにそのお札をちぎってください、1度しか使えませんけど、きっと
  お役に立てると思いますから」

  「かたじけない、ありがたく頂戴しておくでござる、しかしシオン殿…拙者この札に書か
  れている字が読めないのでござるが…」

  沈黙、結局お札一枚一枚に翡翠の解る様に印をつけていった。

  * * * * * * * *

  アイアンゴーレムも乱入した戦いは激しさを増していた、その混乱に乗じて屋敷に進入し
  たマルコー達は途中何度かの戦闘を繰り広げ、ある部屋にたどり着いた、広さや装飾品を
  考えると屋敷の主、フランクの部屋である事は違いなに。

  「ここの何所かにレーナがいる場所のヒントがあると思うんだけど…」

  マルコーが書類や何やらを荒しながら言う

  「そうですね、その可能性は高いかもしれません、手分けして探して見ましょう」

  「うん、よ〜し、頑張るぞ〜」

  3人がフランクの部屋をゴソゴソと荒し始めた時、翡翠とゴーレム君が戦っている表から
  轟音が響いた。





             <漆黒の攻防>            にん♪


  漆黒のカーテンが月灯を包み隠していく。
  いつのまにかしとしとと雨が降ってきていた。

  ゴーレムと翡翠の猛攻で城壁などは半壊していた。

  「これでいいで御座るかな??」
  シオンの札の説明は聞いたものの札を使うごとに一喜一憂している翡翠
  しかし札の効力は絶大で真空の刃が襲い掛かったりすごい速さで動けるようになったりし  
  ていた。

  「おお!!空を飛んでいるで御座る!!!!」

  翡翠が殆どの札を使い切るころには屋敷の外にいた男たちは戦意を喪失していた。

  ゴーレムという心強い味方、シオンのすばらしい札の効力、
  そして急襲の成功によって殆どの人間が対応できていなかったので
  陽動としては完璧に成功していた。

  だから翡翠も安心しきっていた、ゴーレムが壊されるまでは・・・・

  「ふぉふぉっやりおるわいの小僧」

  深々と黒いフードをかぶりにひしゃげた杖をもった初老の男、
  しわくちゃな顔に釣りあがった目が不気味にじろりと翡翠をみている。

  「鼠にいいようにやられおって」
  杖を振りかざすと黄色い光が戦意をなくした男達に降り注ぐ

  「・・あっ」
  「嫌だ、もう戦いたくない」
  男達の意思とは裏腹に次々と翡翠に襲い掛かる。
  粉々になったゴレームの上に初老の男は
  腰を降ろしながらぶつぶつと語り始める。

  「フランクはのぉ、わしの最高傑作なのじゃよ・・・
   今まで影として闇の世界に身を降ろしていたわしもじゃの
   老いには勝てん・・・・、しかしこの築き上げた禁術
   人を思い通りに操るのは楽しいと思わないかね??」

  狂気の眼差しが雨の中降り注ぐ。
  戦える状態じゃないものまで涙を流しながら翡翠に立ち向かってくる。

  「・・・・・・外道の者め」
  普段の翡翠からは想像できないような碧い冷たい目が
  静かに怒りの灯火を燃やしていくのがわかる。

  「お主だけは・・・許せないで御座るよ、もう語る言葉もないで御座る」
  翡翠が螺旋を抜き始める、そこだけ陽炎のように空間がひしめいている。

  「拙者ももう止まることはできないでござるよ・・・刹那の時も与えないで御座る
   心燕流、雨龍翡翠・・・参る」

  まるで舞を踊るかのように翡翠が男達に斬りかかる。
  それもシオンの札で強化したときよりも段違いの速さで

  「心燕流、弐の太刀、五月雨・・・もうお主の手駒は無いで御座るよ」
  「ふぉふぉ、少しはやりおるの」
  杖を振りかざすと地面が盛り上り、鋭い柱のように翡翠に襲い掛かる・・・が

  「・・・遅い」
  「うわぁあああ」
  翡翠が一寸の動作で間合いを詰めると狂ったように初老の男が魔法を繰り出す、
  黒い圧縮された魔法の玉や炎の柱、氷のツララが一斉に襲い掛かってきたが
  既に翡翠の速さについてきているものはなかった。

  「拙者に斬れない物はないで御座るよ、未来永劫そこで罪をつぐなうで御座る・・・・螺
  旋」
  初老の男を切り捨てると歪んだ空間の中に飲まれていった


  「ふぅ・・・また・・やってしまったで御座るか・・・」
  全てが終って気が抜けたのか崩れ落ちるように翡翠が倒れこんだ。 





              <願望>              葉月瞬


   絶望という名の橋を渡ろうとした時
   希望の光が降り注いだの
   それは私の行く手を照らし出し
   導いてくれる光の柱
   私はその光に向って歩み出す
   胸に抱いた絶望を希望に変えて ――


    ◆〇◆


  「……人の家をこんなに壊しちゃって、良いのかなぁ?」

   礫は独白めいた言葉を発する口を、止める事が出来なかった。
   それに続いて、苦笑と共に答えたのは先行して走るシオンだった。
   その綿雪のように白い長髪を乱しながら、彼は言う。

  「自業自得ですよ。家を壊されたくなければ、壊されないように穏便に生活していれば良  
  い。ただそれだけの事です」

   走って体力を消耗しているのにも拘らず、何故か彼は息を切らせておらず流暢な語り口
  で締め括る。そんな彼の様子を見て、礫は何か理不尽なものを感じずには居られなかった。
  だからと言って、どうこう言う積もりもする積もりも無いが。
   現在礫達がひた走っている廊下の外、中庭の方では、翡翠とアイアンゴーレムの手によ
  り破壊の限りを尽くされている。それに伴って建物自体が大きく鳴動する度に、礫は気が
  気で無い面持ちを左右に振っている。翡翠の事が気がかりなのは然る事ながら、建物全体
  の鳴動から想像出来る、破壊による二次的災害の事を気に掛けているのだ。自分達の目的
  は、あくまでもレーナ嬢の奪還なのだ。罪無き第三者を巻き込む事は出来得る限り避けた
  いと、礫はそう試行錯誤を繰り返していた。
   しかし ――。
   既に起こってしまった事を覆すことは出来ない。時間を逆しまに回す事など、不可能な
  のだ。だからこそ、礫はずっと後悔の念に駆られていた。駆られ、走り続けていた。
   一刻も早く、レーナ嬢を救出すること。
   こうなれば、最早その事に専念するしかないと ――。

  「……どうやら、ここのようですね」

   熟考しながらやや惰性的に走り続けていた為か、礫はシオンの言葉に顔を上げるまでそ
  の扉の存在に気付かなかった。
   その扉は、重厚を醸し出していた。
   その重そうな両開きの扉は、余分な装飾など殆ど見受けられず、内部にある一切のもの
  を閉ざし封じていた。木製のそれは、普及率が最も高いデザインで真四角の凹凸が左右に
  三つずつ付いた物だった。だが、明らかに侵入者を拒み続けている風体だ。

  「この……、扉の向こうに……」

   誰かの溜飲する音がする。
   三人の内の誰かが空唾を飲み込んだのだ。それは、緊張感を増長させるには十分な音だっ
  た。

  「取り敢えず、開けてみましょう。罠かも知れませんが……」

   そう軽く言い残すと、シオンは徐に扉を開けた。


    ◆〇◆


  「ようこそ。我が舞台へ ――」

   そこに、レーナは居た。
   陶酔覚めやらぬフランクと共に ――。

   フランクは、両の掌を上に向け開いていた。それはさも、侵入者を自身の広い胸に抱き
  留めんとしているかのようだった。大仰な、とは正にこの事だ。
   シオンは顔を顰めている。マルコーは、友を哀れむような視線を送っている。そして礫
  は、フランクの後ろの天蓋付きのベッドに縮こまっているレーナの姿を捉えていた。

  「おお、親愛なる我が友よ。良くぞここまで ――」
  「……お前! レーナさんに何をした ――!!」

   フランクの一寸した挨拶じみた言葉の端を、礫の怒気を孕んだ声音が覆い隠す。
   この場に居る誰よりも、礫は怒りを覚えていた。
   この場に居る誰よりも、礫は怒りを隠し得ないでいた。
   当事者である、マルコーよりも。

  「何を言っている。私はただ、彼女の心を得ただけだ。彼女は、もう ――」
  「―― うるさいっ!!」

   誰よりも礫は、この状況を ―― この状況を作った張本人を許せなかった。
   心を失う事がどういうことか、礫は身に染みて知っていたからだ。昔の、子供の頃の自
  分もそうだった。心を殺して周囲に迎合しなければ、育てては貰えなかった。食卓を司っ
  ていたのは養母の方だったから、まともに食べる物を得るにはどの様な取り決めに対して
  も頷くしかなかったのだ。そうする事によって、心を無くす事になろうとも ――。
   彼女がもし、自分と同じ様に心を失ったとしたら ―― 礫にとってそれは許し難き出
  来事だった。
   礫は、無言で抜刀した。
   その時、絶叫が室内に響き渡った。
   全てを知り、自分達がこれから作ろうとした未来が瓦解した事を悟ったマルコーの悲鳴
  だった。

    ◆○◆

   ココロ。
   ココロって、何?
   ココロは、“私”を形作っているもの。
   “私”って、何?
   “私”は、他人じゃないもの。
   自分自身。
   自分と他人を区別するもの。
   自分と他人を区別して、分離する“殻” ――。

    ◆○◆

   マルコーの絶叫を耳にした途端、呆けていたレーナの頬を一滴の涙が伝った ――。





            <もう一つの未来>            ケン


  ――涙――
  レーナの頬には確かに涙が伝っていた、それもよく見なければ気付かないほどの細い一本
  の軌跡…
  礫は抜刀した刀を構え直しフランクを睨む。
  未だ間に合うかもしれない、心を完全に失ってはいないから涙を流せた。
  自分にそう信じこませ、一気に踏みこもうとした瞬間、シオンが静止する。

  「シオン君?どうしたの、早くレーナさんを助けないと…」

  そこまで言い、ようやく礫はこの部屋に自分達以外の複数の気配があることに気付く。

  「さすがだな、よく気付いたものだ」

  フランクの言葉が終る前に柱の影から、壁の出っ張りから、天井のシャンデリアから、い
  たる所から屈強な男達が姿を現す、彼等は一様に上半身が裸で下半身は裾の長いパンツの  
  ような物をはき、顔は覆面で覆っていた。
  それだけでも気味が悪いが皆が皆、生気を感じさせずまるで死人のようだった。

  「やはり、ゴーレム…それもフレッシュ(肉塊)タイプですね」

  正体を見破ったシオンの顔が険しくなる、もともとゴーレムと言うのは石や土といった無
  機物から作られその動きも鈍重で単純だ。しかしフレッシュタイプと言うとそうはいかな
  い、ゴーレムでも数少ない有機物のフレッシュタイプはまるで人間のような素早い動きに
  行動パターンもさまざまだ、せめてもの慰めは無機物系よりも破壊力に劣ると言う事だろ
  うか…

  「さて、せっかくの友との再会の場にそんな物騒な物は失礼だとは思はないかね?」

  フランクが何を言おうとしているのかは誰が聞いても解るだろう、つまり武器を捨てろと
  言っているのだ。
  もちろんそんな気はさらさらない…がレーナの手に短剣が握られている事に気付く。

  「直接言わないと解らないわけではあるまい?武器を捨てろ、さもないと…」

  言いながらフランクはレーナを抱き寄せ短剣を握っている手を握り彼女の喉もとにその切
  先をあてがう。

  「さもないと真っ赤な血の雨が降ることになる」

  「卑怯者め!」

  礫が思いっきり嫌悪を露にして言い放つが今の状況ではそんな些細な抵抗しかできない。
  おとなしく刀を納め、鞘を床に置く。

  「あぐ…」

  シオンが押し殺した苦悶の声を漏らす、男の放った拳がシオンの鳩尾に沈んでいた。

  「シオン君!ぐ…」

  礫の横っ面にも男の拳が叩きこまれなんとか踏みとどまろうとしたが重心の乗った足を払
  われ転倒する、倒れた所に蹴りが入り呻く間もなく踏みつけられ強制的に立たされまた殴
  られる。

  「(くう…こんな奴等なんかに)」

  見るとシオンも無抵抗にされるがままに痛めつけられている。このままでは本当になぶり
  殺しだ。

  「はっはっは、どうだ見ろマルコーお前がすがったモノの姿を!こんな無力な連中に何を
  期待したんだ、ん?」

  フランクが勝ち誇り笑い放つ。

  「やめろ…やめてくれ!」

  マルコーが一際大きく吼える様に叫んだ、この後そのまま言葉を紡げばきっと薄汚いかす
  れた声になったはずだ、それぐらい大きな声だった。それに気分を害したのか振り向いた
  フランクの顔には嫌悪の表情が浮かんでいる、ゴーレム達も活動を停止したがそれはフラ
  ンクが腕を上げて命令を下したからだ。

  「フランクなぜレーナをこんな目に」

  マルコーは自分の出せる精一杯の怒気を露にフランクを睨めつける、しかしフランクはそ
  んなマルコーの心情などまったくどこ吹く風かの様に受け流し、逆にマルコーの数倍はあ
  る殺気を漂わせながら言い放つ。

  「何故だと?私はずっとレーナを愛していた、彼女の為なら何でもできた、死んでもよかっ
  た。だが私よりも後に彼女を愛したくせに彼女の心を奪った奴がいた…」

  異常な物を感じさせる瞳でマルコーを睨みながらフランクは続ける。

  「お前だ、マルコー。彼女の愛を受けるのはお前だけ、彼女の想いを感じるのはお前だけ、
  彼女はお前だけのもの…そんな事が許されるわけが無い、彼女は私のものだ!」

  「いい加減にしろ!彼女は誰のものでもない、彼女は彼女自身のものだ!君はそれを奪っ
  た、人として決してしてはいけない事を!レーナの心を奪い、また命まで奪おうとしてい
  る…私は君を許さない、レーナの心を自由を想いを笑顔を奪った君を絶対に許さない!」

  そこまで言い放った所でフランクの額に青筋が走る。

  「黙れ!レーナは私のものだ!私だけのものだぁぁ!!」

  フランクの手にいつのまにか握られていた拳銃が躊躇なくマルコーに弾丸を放った

  「マルコーさん!…ぐっ」

  マルコーを助けようとした礫が男達によって押さえられる、シオンもまた押さえつけられ
  助け出す事はできない。
  肩に直撃を受けたマルコーは吹き飛び、壁にぶつかり停止した。

  「ははは、次は頭を撃ち抜いてやる、無力な連れと共に地獄へ連れて行ってあげよう」

  撃鉄を上げながらフランクが再びもだえるマルコーへ銃身を向ける。

  「礫君達は…決して…無力じゃ…ない、き、君なんか…に負けるわけが…ない」

  マルコーが苦しそうに呟く様に言う、その双眸は決して死んではいなかった。

  「はっ!負けるわけがないだと?こっちにはレーナが…」

  振り向いたフランクが絶句する、心を奪ったはずの、人形となったはずのレーナの瞳から
  幾筋もの涙がとめどめ無く流れていたのだ。


  * * * * * * * * * *

  1度目の涙を見た時は希望を感じた、しかし2度目の涙を見たときはどうしようもない不
  安に狩りたてられた。嫌な予感というものは例外無く当たるものなのだから…


  「マル…コ…」

  首に短剣を当てたままレーナが言葉を紡ぎ出す、弱々しくいまにも消え入りそうな声だっ
  た。

  「マルコ…ごめ…ん…なさい」

  レーナが笑った、精一杯笑った、しかしそう思えただけだったのかもしれない、目の前の
  レーナは頬の筋肉を少し本当に少し痙攣させただけだった。

  「レーナ!!」

  マルコーが叫ぶ様にその名を呼んだ時には彼女の喉に短剣が吸いこまれていた。

  * * * * * * * * * *

  「な、ま、まさかそんな…」

  もはや正気のさたとは思えない眼をしたフランクが崩れ落ちるレーナから半歩引く、マル
  コーとは別の絶叫が響いたのはその刹那だった。

  「あああああああああああああ!!!!!」

  一瞬の隙を突いた礫が刀を振り上げフランクに迫っていた、今の状況のフランクに避ける
  すべは無い。
  鈍い音が広い部屋に響いた。礫の渾身を込めた拳がフランクの顔面に見事に決まり、数
  メートル吹き飛ばした。

  「レーナ!レーナァァ!!」

  マルコーがレーナを抱きしめ何度もレーナの名を呼ぶ、がそれに答える返事は無い。
  礫はマルコー達を一瞥すると強くフランクを睨む。


  この後に及んでまだ逃げようともがくその姿を見て殺してやりたい衝動に狩られたがなん
  とか押さえる。自分でも驚いたくらいだろう。
  本来の目的はレーナを探し出す事だ、第一フランクを殺した所でもうどうにかなるもので
  もないのだ。

  「消えろ!!二度と顔を見せるな!!」

  変わりにもう一発蹴りをいれて大声で罵った、よろよろとおぼつかない足取りで逃げて行
  くフランクを無視しマルコー達の元に戻る。


  ピチャリ――ピチャリ――

  体を伝って落ちる血液が小さくは無い血溜まりに落ち音を立てる、すでに局地的な竜巻で
  ゴーレムたちを倒したシオンが側にいたが俯いたまま立ち尽くしている、その表情は暗い。

  「シオン君!」

  助けを求めるようにマルコーがシオンを見上げるがシオンは黙ったまま首を横に振る、そ
  れを見てマルコーは再び強くレーナを抱きしめた。

  「そんな、シオン君、もうダメなの?どうしようもできないの!?」

  礫がシオンに訴える様に詰め寄る。シオンは顔をそむけ、小さな声で答える。

  「もう、手遅れなのです…どんな処置をしても…」

  「シオン君は医者なんでしょ!人を助けるのが仕事なんでしょ!」

  シオンが哀しそうな瞳をする。言って気がつく、シオンは自称だが医者なのだ、そのシオ
  ンが言っているのだ。だが

  「お願い、助けてあげてよ…」

  最後のほうは涙で埋もれてしまったみたいだ、シオンの両肩を強く掴んだま顔を伏せる。

  シオンはしばらく黙っていたが、そっと礫を離す、困惑した表情を浮かべ顔を上げた礫に
  優しく微笑みをかえし、レーナを抱くマルコーの元に歩よる。

  「シオン君」

  「見せてください、まだ助かるかもしれません」

  マルコーは頷き、レーナを床に寝かせた。

  傷は思った通り浅くなく出血量も多かった、だがまだかすかだが息をしている。シオンは
  右腕を包帯の上から優しくなでる、その表情は穏やかだが何か思いつめている様だった。
  そしてそっと右手をレーナの喉の上に添る、左手は胸の前に持っていき服の上からペンダ
  ントを握っている。

  「シオン君?」

  何をやろうとしているのか解らず、礫が不安そうに問うて来るがそれにシオンは答えずそっ
  と目を瞑る。

  『―――いいのか?―――』

  シオンの頭の中におよそ人間の物とは思えないひどく無感情な声が響く、自分であってそ
  うでない自分の中に生きているもう一人の自分、今までにも何度か聞いたことのある声だ。

  「もう、後悔はすませていますから…」

  そう呟いたシオンの右手が淡い光に包まる、するとレーナの喉の傷が見る見るうちにふさ
  がって行き、それに加え死人の様だった顔色も徐々に血色を帯び始めてきた。

  「す、すごい、シオン君こんな事もできる…の…?」

  やや興奮気味でシオンを覗き見た礫が絶句する。右腕のあの無残な傷跡が包帯の上からで
  も解るほどに出血していたのだ、その血が腕を伝い手の平から指先からレーナの喉に落ち、
  その傷口をふさいで行く。

  「ん…く…」

  押し殺した苦悶の声が漏れる。

  「心配…いりません…よ」

  礫の視線に気付いたシオンが笑顔を向けるがその額には沢山の汗が浮かび苦痛に耐えてい
  る顔を濡らす。



  「もう、大丈夫です」

  やがて完全に跡も解らないくらいに傷がふさがったのを確認してシオンはマルコーに笑顔
  で言う。途端にマルコーは嬉し涙を流しながらレーナの側まで行きその手を優しく握る。
  それを見てシオンは微笑むと立ちあがりおぼつかない足取りで近くの壁まで歩き背を預け
  て座りこむ。
  息も荒くその表情は苦しそうだ。

  『―――これでお前は、また化物に近づいた―――』

  頭の中に先刻の声と同じものが響く、しかしさっきの無感情の物とは違い、何所か楽しそ
  うにも聞こえる。

  「シオン君」

  頭の中に聞こえる声とは正反対の感情豊な少年の声がすぐ側で聞こえ慌てて顔を上げるシ
  オン。
  案の定そこには礫が立っており心配そうにシオンを覗きこんでいる。

  「礫さん?どうしたのです?」

  「シオン君、無茶したんじゃないの?僕が責めるようなこと言ったから、だから…」

  そこまででシオンが人差し指を立てて唇にあてがう。

  「礫さんが責任を感じることは無いのですよ?むしろ私が感謝しないと」

  荒い息遣いでそれでも笑顔で言うシオン。

  「僕に…感謝?」

  訳がわからず混乱している礫に微笑む。

  「礫さんのおかげで、レーナさんを助ける事ができたのですから」

  それでも意味がわからず混乱している礫、シオンが口を開き何か言葉を紡ごうとした瞬間。

  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴーーーーーー

  大きな振動が屋敷全体を揺るがした。

  「な、何!?」

  「はははーー諸君!聞こえているかい?」

  その時、部屋全体にフランクの声が響き渡る、何かの魔法を使って声を送信しているのか
  声色は非人間じみている。

  「この館は時期に崩壊する、ははは、ザマァ無いな、皆殺しにしてやる」

  「まったく!あいつ余計な事を」

  礫はきびすを返し扉に向って走ろうとしたがシオンは座ったまま動かない。

  「シオン君?」

  「だ、大丈夫です、ちょっと力が入らないだけ…先に行ってて下さい」

  シオンは苦しそうにそれでも笑顔でそう言った。

  「だ、だめだよ!シオン君!一緒に…」

  そうこうしている間に揺れはどんどんと大きくなって行く。

  「礫君!シオン君!早く逃げないと!」

  レーナをなんとか抱き上げたマルコーが大声で叫んでいる。

  「マルコーさん!先に行ってて!後から追いかけるから!!」

  礫の返答に驚いたのはマルコーだけではなくシオンもだった。

  「しかし!」

  「いいから!早く!!」

  「…絶対に生きて戻って来るんだよ!」

  そう言うとマルコーはフラフラと扉に向って行った。


  「礫さん…」

  「僕はいっつも助けられてた、だから今度は僕が助けるんだ」

  そう言い、シオンに肩を貸して歩き始める。

  「ま、間に合いません、礫さん、あなた一人ならまだ間に合います…」

  「いやだ!絶対に誰も死なせない!」

  それから数分としないうちにフランク邸は瓦礫の山となった。



  フランク邸から数十メートル離れた森にフラフラとおぼつかない足取りで動く人影がいた。

  「くく、ははは、今ごろは瓦礫と共にグシャ!ははは、私のものにならないなら消えてし
  まえば良いんだ」

  紛れもなくフランクだった、彼は笑いながらフランク邸とは別の方角に逃げる様に歩いて
  いた。
  ふと、前方に別の人影が現れる。

  「ん?…き、貴様は!!?」

  フランクの前に現れた人影はマルコーが雇ったもう一人の、先程の襲撃では見掛けなかっ
  た一番強そうな男…

  「シオン殿も礫殿も優しいでござるからな、見逃してもらった様でござるが…」

  人影―翡翠が飛燕を抜きさる、月光に煌く刀身は銀色に鈍く光っている。

  「拙者はこのまま黙っていられるほど甘くは無いでござるよ?」

  「ひ、ひぃ!!」

  フランクは尻餅をつき後ろに後ずさる。

  「ま、まて!か、金はいくらでもやる!だ、だから…たす…」

  「問答無用」

  風切り音、一瞬後に皮を裂き肉を割り骨を砕き切る音がほぼノータイムで鳴り、数秒後、
  男の断末魔が響いた。




  一夜空けフランク邸跡付近は騒然となっていた、まるで戦争地からここだけが切り取られ
  て来たかのように完膚なきまでに破壊されていた。

  「そろそろ、お邪魔させていただきます」

  そんなフランク邸から遠くはなれた町の一軒家から白髪の美しい少年―シオンと黒髪碧眼
  の少年―礫が出てきた。
  あの後窮地をなんとか脱出した一行はひとまずマルコーの家に戻ったのだが翡翠だけはそ
  のまま姿を消していた、ただちゃっかり報酬の半分を待って行った所から無事な事は確か
  だ。

  「もう行っちゃうのか、淋しくなるよ」

  後から出てきたマルコーは淋しそうな顔をしているがそれが痛々しく見えなくなったのは…

  「本当にありがとうございました、なんとお礼を言えば良いのか」

  マルコーの後から出てきた美しい女性が恭しくお辞儀をする、何を隠そうこの女性がレー
  ナだ。

  「ううん、報酬も貰ったし、それにこれ以上はお二人の邪魔をしちゃ悪いしね」

  礫が悪戯っぽくウインクする。

  「れ、礫君!」

  「それより心配なのはフランクさんの事です、取り逃がしてしまいましたが大丈夫でしょ
  うか…」

  「それは僕達が何とかするよ、いつまでも人に頼っていてはいけないからね」

  シオンの言葉を真っ赤な顔をしたマルコーが笑いながら答える。

  「本当にありがとう、君たちがいなければ今の僕達はなかったんだ、礼を言うよ」

  マルコーが改まって言う、その強いまなざしは未来への希望に満ち溢れていた。

  「うん、僕もマルコーさんに出会えて本当によかった、また会えたら良いね」

  手を振り礫とシオンはマルコー家を後にした。



  何所までも広がる草原、何所までも広がる青空、風はそよそよと吹き、照りつける太陽は
  優しく地上を見守っている。

  「シオンく〜ん」

  礫が少し前を行くシオンを呼び、シオンもそれに答えて振り向く。

  「風…」

  「?」

  不意に呟いたシオンの言葉の意味が解らず?マークを頭に浮かべる礫。

  「風が幾重にもわかれて吹いています。旅立ちには丁度いいですね」

  そう言い微笑むシオン。なんとなく言葉の意味を理解した礫はそれでも聞きたかった。

  「シオン君…僕も一緒に…」

  礫の言葉はシオンが立てた人差し指によってさえぎられる。

  「礫さん、人には人それぞれの道があります」

  聞き心地のいい歌う様に聞こえるシオンの声が風に乗って礫の耳に届く。

  「マルコーさんやレーナさんが、翡翠さんがそうだったように、私にも礫さんにも自分の
  道があるのです」

  別れが近いと言う事を理解していたのかもしれない、でもそれは辛かった、ただでさえ翡
  翠に別れの挨拶ができなかったのだから。涙が出そうになるのをじっとこらえて礫はシオ
  ンを見つめる。
  シオンはそんな礫に優しく微笑む。

  「私達の道に縁があれば、また逢えることもありますから」

  それでも礫はなにか納得できていない様だった。シオンは少し困ったような顔をしたが、
  すぐに笑顔に戻り礫に近寄る。

  「それではまた逢う約束をしましょう」

  「約束?」

  「はい、その絆と言うわけではありませんが…いいですか?」

  考えるもなく礫は頷く、シオンは微笑み礫の耳元に口を近づける。

  「サリュー…私の本当の名前です」

  シオンが礫から離れる。

  「本当の名前?」

  礫の質問には首を振って微笑む事で答える。礫は直感だがこれについてはもう触れないこ
  とにした。

  「あと、一つお願いしたいのですけど、いいですか?」

  「うん」

  「笑顔で…旅立ちましょう?」

  一瞬きょとんと呆気に取られていた礫だが大きく頷く。

  「うん、シオン君も元気でね!」

  笑顔で言う礫にシオンも微笑を返す。

  そして二人は別々の方角へ向い歩き始めた。

  何所までも広がる草原、何所までも広がる青空、風はそよそよと吹き、照りつける太陽は
  優しく地上を見守っている。