−1                 



                                周防 松


  ――うちの学校では、毎回、テストの順位を紙に書いて、廊下の掲示板に貼リ出して発表  
  している。

  昼休み。
  テスト順位発表の紙の前には、セーラー服と学ランで構成された団体が出来あがっていた。
  順位が上がって喜んでる人、逆に下がって肩をがっくり落としてる人、最初からあきらめ
  てる人。
  反応は、いろいろ。
  私は、人垣の後ろから、一生懸命背伸びして、掲示板に貼り出された紙を見ようとしていた。
  しょうがないじゃない、私、クラス……ううん、学年で一番のチビなんだもん。
  うーん……見えないなあ……。
  こらこら、そこの女子数名、掲示板の前で話しこまないでちょーだい。
  順位確認したんなら、さっさとどきなさいって。はっきり言って邪魔っ!
  イライライライラ。
  思わず、使えもしない念力を送ってみる。

  どけ〜! どけ〜! そこにいたら見えないでしょうが〜!

  「やっだあ、あんなの全然カッコ良くないじゃん!」
  「趣味わる〜っ」
  「人の好みにいちゃもんつけないでよね!」
  「でも、私、なんとなくわかるかも……」
  「あっ、仲間仲間っ」
  私のインチキ念力が通じたのか、ただ単にテスト順位に関する話題が尽きたのか、女子数
  名は、きゃいきゃい会話しながら去ってっ行った。
  ……女の子って、集団になると、途端に賑やかになるのよね……いや私も女だけどさ。
  騒がしく去っていく背中を見つつ、そんなことを考えた。
  ま、とにかく、これで順位が見れるわね。
  私は気を取りなおすと、障害のなくなった掲示板の前に移動する。
  さてと、私は何位かな?
  自分の名前、『フローネ・リドリス』を探して、ずらりと並んだ名前を目で追っていく。

  えーっと……。

  あー……。

  うーん……。


  ……………………。


  ……ま、まあ、テスト前、あんまり勉強しなかったもん、こんなもんよね。
  順位も確認できたことだし、さっさと教室もーどろっ。
  くるり、ときびすを返しかけたその時、ふと、頭の中にちょっとした疑問が沸いた。

  1位って、誰なんだろ?

  そんなこと知ってどうするんだ、なんて言わないで。
  ただちょっと気になっただけなんだから。
  んでもって、ちょっとでも気になったことって、そのままにしておけないのよ、私。
  私は、いそいそと掲示板の前に戻って、もう一度、順位の書かれた紙に視線を走らせる。
  えーと、1位の生徒は……と。

  ん……?

  『クライブ・ハワード』?

  瞬時に、私の脳裏に、1人の人物が浮かぶ。
  あらら、それって……。
  もう一度確認してみるけど、そこにはやっぱり『クライブ・ハワード』と書いてあった。
  名前の隣には、私と同じクラスが書かれてる。
  ふんふん、クラスも一緒ということは、あの人に間違いない。
  私の隣の席の男子生徒。
  彼の名前も確か、『クライブ・ハワード』だった。
  まあ割とカッコイイんだけど、なんか影を背負った感じで、いまいち取っ付きにくい印象。
  こないだの席替えで隣同士になってからだいぶ経つけど、友達と話してるところとか、一
  度も見たことない。
  お弁当の時どうしてるのかな、って思ったけど、昼休みになると、いつの間にかいなくな
  ってる。

  ふーん……クライブ君、そんなに頭良いんだ。

  さてと、今度こそ教室に戻ろう。そろそろお昼休みも終わる頃だし。
  私は、自分のクラスに向かって歩き出した。





                               マリムラ


  ――うちの学校では、毎回、テストの順位を紙に書いて、廊下の掲示板に貼リ出して発表  
  している。

  昼休み。
  テスト順位発表の紙の前には、セーラー服と学ランで構成された団体が出来あがっていた。
  順位が上がって喜んでる人、逆に下がって肩をがっくり落としてる人、最初からあきらめ
  てる人。
  反応は、いろいろ。
  私は人垣の後ろから、目を凝らして掲示板に貼り出された紙を見ようとしていた。
  ――だって私は見た目に違わず、すこぶる目が悪いのだ。世に言う「ビン底メガネ」は伊
  達じゃない。
  ちょっと人より背が高くて、眼前の女子集団に視界を邪魔されなくても、見づらいモノは
  見づらいのだ。

  あー、また先生に怒られるナァ。

  上位の方から順位確認。いつまで経っても名前が出てこない。
  自分の名前、『オルフェリア・シュトラウス』を探して、結構な時間立ちつくしていた。

  あ、あった……けど。
  もしかして、またやっちゃったのかも…………。

  この前のテストでも呼び出されたばかりなのだ。「回答欄がずれてる」って。
  困惑した担任の表情が怒りに変わっていくのを思い出して、ちょっと身を竦める。

  一位の人って、怒られないんだろうナァ。

  みんなとちょっと違う意味で、羨望の眼差し。
  名前は、えーと。

  『クライブ・ハワード』?

  なんか同じクラスにいたような。
  ああ、やっぱり同じクラスの人だ。イイナァ、この人。怒られなくて。

  なんとなく時計を確認して、慌ててしまった。
  ――ヤバ。思っていた以上に長居しちゃったよ〜。
  私はちょっと急いで教室へと急ぐ。

  昼休みの後は移動教室じゃなかったかナァ?
  それともそれとも、今会いたくない担任の授業だったかしらん。



  「ひゃ?!」



  考え事をしながら歩くのは注意しましょう。
  ――って、今更思っても遅いよ!
  誰かにぶつかったんだかぶつかられたんだかよく分からない形で尻餅をつく私。
  ぶつかった相手は普通に立っていて、ちょっと呆気にとられたような顔をして手を差し伸
  べられた。
  あー……、コレは「一方的にぶつかって勝手にコケた」パターンだナァ……。

  「ゴメンナサイ……」

  「……大丈夫?」

  ぶつかった相手は小さくて可愛いクラスメイト。だったと思う。
  立ち上がると彼女の頭は私の肩よりも低かった。

  「私の方はよく転ぶので、気にしないで下さい……ね」

  本当のコトだけど。言っててなんだか恥ずかしい。

    キ――ン コ――ン カ――ン コ――――ン  キ――ン コ――ン カ――ン 
  コ――――ン

  あ、予鈴。

  「ね、時間無いよ?急ごう?」

  そう言って先を走る彼女の名前は、えーと、フローネさん、だったかナァ?

  追いかけて走ってはみたモノの。
  ――ええ、知ってますとも。廊下は走っちゃイケマセン。
  教室の入り口で、また転んでしまったのでした。あー、ハズカシイったら。





                               周防 松


  びったん!


  本鈴が鳴る前に教室に到着できた、と思ったら、後ろからそんな音がした。
  いったい何事?
  振り返ると、さっき私とぶつかった……というか私にぶつかってきたというか勝手に当た  
  ってきて転んだというか、とにかくその女の子が教室の入り口前で倒れてた。

  あの……もしかして、転んだ?

  ……ドジ。

  ちょっとひどいことを思いつつ、私は引き返す。

  「大丈夫?」
  さっきと同じように手を差し出しながら、私はちょっと考えた。

  この人……えーと、オルフェリアさん……だっけ?

  さっきも会っといて、今頃考えるなって言わないで。
  だって私、この人とは同じクラスだけど、あんまり話したことなかったんだもん。
  分厚いビン底メガネ。三つ編みにした緑色の髪。すらっと高い身長。
  私は、その条件が全てそろう人間を一人しか知らない。
  うちのクラスの『オルフェリア・シュトラウス』さん。
  うん、間違いない。記憶がぴったり一致した。
  確か、クラスの人には「リア」って呼ばれてたから……リアちゃん、でいいかな?
  「リアちゃん、怪我とかしないの?」
  私の手につかまって立ち上がった彼女を見上げながら、聞いてみた。
  あんまり転ぶと、アザとかできちゃうよね。普通。
  それに、足首とか捻挫しちゃうんじゃない?
  「ええ……私、よく転びますけど、怪我はあまりしないんです。慣れですよね、こういう
  のって」
  のほほん、と微笑むリアちゃん。
  リアちゃん、それって、慣れっていう問題なの……?

  それにしても、かけてるメガネがすごい。
  今時滅多に見かけないような、ビン底の分厚いレンズのメガネ。
  きっと、物凄く度がきついんだろうな。
  リアちゃんって、そんなに視力悪いのかなあ。
  ちょっと興味が沸いた。
  「ねえねえ、視力いくつ?」
  思わず、そんなことを聞いちゃう私。
  だって、気になるんだもん。
  やっぱり、メガネを外すと物が二重に見えたりとかするのかな。
  「ええと……」
  おっとりした口調でリアちゃんが答えようとしたその瞬間、私の視界にフッと影が落ちた。
  あれ?
  私は、ひょいっと顔を上げて……顔を上げたことを心底後悔した。

  「せ、先生っ!」

  思わず引きつっちゃう私。
  忘れてたよ、授業が始まるから走ってきたんだ!
  「シュトラウスさん、リドリスさん。ここで何をしているのかしら? 予鈴はとっくに鳴
  り終わっているでしょう?」
  ひっつめてまとめた黒髪に三角メガネの、性格のキツそうな顔をした女の人が、三角メガ
  ネの奥から、それはそれは眼光鋭い視線を送ってる。
  この人は、うちの学校でも一、二を争うほど厳しい先生。
  しかもそれが、私のクラスの担任だったりする。
  先生の授業があるときは、予鈴が鳴った時点で着席していること、が当たり前。
  それができないと、グチグチクドクド、なが〜いお説教をいただくになる。
  ……この顔は……もう、完璧に怒っちゃってるなあ……。
  私は、彼女の怒りを逃れることはできないと覚悟した。
  「もう一度聞きますよ。あなた達、一体何をしているの。新手の授業妨害かしら?」
  三角メガネのフレームをくいっと持ち上げつつ、先生。
  そんなそんな、滅相もございませんっ。
  私は、ぶんぶんと首を横に振った。
  「先生、すみません。走って転んじゃいました」
  事実を率直に述べたリアちゃんに、先生はあからさまに呆れた顔をした。
  「貴方ねぇ……今回のテストのことといい、本当にうっかりしたところがあるようね、オ
  ルフェリアさん」
  「すみません」
  リアちゃん、テストで一体何やらかしたの……?

  「だいたい、今何と言ったのかしら。走ってということは、校舎内を、ということよね?
   ああ、嘆かわしい! 貴方達、一体いくつになったと思っているの! 一体今まで何を
  しつけられてきたの! いいですか、貴方達は年頃の乙女なのですよ! もう少し恥じら
  いと慎みを持って行動しなさい!」
  先生の声が、だんだんヒステリックな甲高いものになっていく。
  ああ、お説教が始まっちゃった……。
  もう、耳を塞ぎたいよ。
  早く終わらないかな……。

  「リドリスさん、聞いているの!?」
  「はいぃっ」

  ひーんっ、この先生大っ嫌いだあ〜っ!


  「……まあいいでしょう、早く席につきなさい」

  先生のお説教は、『まあいいでしょう』で済まされるレベルじゃありません……。
  なが〜いお説教にぐったりしながら、私は教室に入った。
  続いて、リアちゃんが教室に入る。

  教室中の視線が痛い。痛い。おお、痛い。

  教室では既に私達以外の生徒が席についてて、お説教の間、ず〜っとこっちを注目してい
  たのだ。
  これじゃあ、まるでさらし者だよ……とほほ。
  たかが予鈴に間に合わなかったくらいで、そんなに怒らなくたっていいじゃないのさ。本
  鈴にはちゃんと間に合ってたんだから。
  うなだれながら、私は、廊下側の列の、前から2番目の席にそそくさと座る。
  こないだの席替えで、私はそこの席になったのだ。
  前の席はもっと後ろの方だっただけに、ちょっと嫌だったんだけど。
  リアちゃんは……と思ったけど、今きょろきょろしたら絶対先生が怒ると思ったのでやめ
  た。
  おとなしく、机から教科書とノートを引っ張り出す。

  「……あら?」

  持ってきたプリントやら教科書やらを教壇に置いた先生が、ぐるっと教室内を見まわして、
  かすかに声を上げた。
  「ハワード君? ハワード君はどこかしら?」
  先生の言葉で、教室全体がざわざわし始める。
  ちらっと隣の席に目をやると、そこは空っぽ。
  でも、何故か、教科書とノート、筆記用具は机の上に出してある。
  「リドリスさん、何か心当りはない?」
  「いえ、全然」
  ふるふる、と私は首を横に振る。
  うーん……お昼休みの時に教室を出て行くところを見たきりで、後は見てないよなあ。
  「誰か、ハワード君の行方に心当りはないかしら?」
  先生の言葉に反応する人、なし。
  「……貴方達、心当りがあるのかどうか聞いているのよ。返事をしなさい」
  キラン、と先生の三角メガネが光る。
  その後、まばらに「わかりません」とか「知りません」とか、ぼそぼそと声が上がった。
  皆……怖いんだぁね……わかるよ、うんうん。
  「参ったわね……保健室にでも行ったのかしら?」
  眉根を寄せて、考えこむ先生。
  クライブ君、具合が悪くなったらなったで連絡ぐらいしとけばいいのに。
  誰かに伝言してくとか、さ。

  「仕方がないわ。保健室に行ったんだったら、そのうち保健の先生から連絡が来るでしょう」

  そう言うと、先生は出席簿にチェックして、授業を始めた。
  あれ〜? 絶対キツイこと言うと思ったのになあ。
  ちょっと意外な反応に、私は、黒板に書き物をする先生の背中を、じ〜っと見つめた。
  あ。
  もしかしたら、テストの成績が1位だったから、特別扱いなのかも。
  そうだとしたら……。

  ずる〜い、ずる〜い、えこひいき〜。

  ……でも、クライブ君、本当にどこ行ったんだろう?
  一応、ノートに黒板の内容を書き写しつつ、私は推察を始める。

  先生の予想通り、保健室に行ったのかな?
  それとも、この厳しい担任の先生の授業さぼって屋上にいるとか?
  うわ、大胆。

  ……あ、でもサボりはちょっと不自然かも。
  普通、次の授業の準備して、サボったりしないと思うし。

  一つだけ言えそうなのは、彼はまだ学校にいるだろう、ってこと。
  だって、机にカバンがまだあるもん。
  帰るんなら、カバンを置きっぱなしにしないでしょ、普通。

  うーん……。


  担任の先生には非常に申し訳ないのだけど、その時私は、授業なんてさっぱり聞いてなか
  った。





                               マリムラ


  あー、視界が開けているナァ。

  コレが私の黒板を見ながらの素直な感想。
  うん、不謹慎だね、わかってるんだけど……ねぇ?

  目の前は空席で、この席のヒトがクライブくんだったんだナァとぼんやり考える。
  更にその隣の席に座っているのが、さっきぶつかって迷惑かけちゃったフローネさん。う
  ん、間違いない。
  ちっちゃくって可愛くって元気なヒトだから、サスガに私でも何となくわかる。
  で、クライブくんはというと……あんまり覚えてません、ゴメンナサイ。
  そこそこ背も高くて、ばっちり視界を塞いでいたんだけど、そのくらいしかワカラナイ。
  顔は……?出てこないな。
  でも……どうしたんだろう?休みって初めてだと思うんだけど……。

  なんだか先生が不機嫌なウチに授業終了。
  今日は珍しく午後の授業が1時間しかないから、そのままホームルーム。
  で、やっぱりクライブくんは帰ってこない。
  「シュトラウスさん、リドリスさん」
  ……イヤな予感。
  「あなた達、保健室まで行ってクライブくんを呼んできてちょうだい」
  断れるはずがないのだ。さっきのあの醜態を思い出すと、頭が上がらない。
  唖然とするフロ−ネさんを見て申し訳なく思いつつも、一人じゃなくてホッとしている自  
  分がいたり。

  「あ……」
  「なんですか、シュトラウスさん」
  「保健室にいなかった場合は、どうすれば……?」
  「どこかで倒れていては大変ね、探して連れていらっしゃい」
  ……聞かなきゃ良かった。

  若干意識が遠のきつつあった頭を、袖口の刺激で引き戻される。
  立ち上がった私の隣にいつの間にかフロ−ネさんが居て、制服の袖口をつんつんと引っ張
  っていたのだ。
  「ね、リアちゃん、早くいこう」
  ああ、いい人だナァ。
  巻き込んじゃって悪かったナァ。後で謝っておこう。うん。

  半ば引きずられるようにして教室を出て、早足で保健室を目指す。
  廊下を通るヒトは少なくて、ヒトにぶつかる心配がないのはありがたい。

  それにしても、ちっちゃくて可愛いナァフローネさん。急ぐ足音に効果音付けたら「ちょ
  こちょこ」なカンジ。
  「面倒だから、さっさと済ませちゃおう」
  わー、この人前向きダー、ちょっと私には眩しいくらい。
  「先生の前から抜け出せて、助かっちゃったー!」
  伸びをする姿も可愛いナァ、女の子だナァ。なんだか悪いコトしちゃったナァ……。
  「あの、さっきはゴメンね……?」
  「あ、気にしちゃダメだよ〜」
  あ、笑われた。でも、イヤな笑い方じゃないな。ま、いいかー。

  そんなこんなで保健室前に到着。
  ノックしてみるけど返答はナシ。
  「お邪魔しまーす……?」
  フローネさんが入り口から覗き込むように声をかけるけど、返答もなければ人の気配すら
  ない。
  「どうしましょう……か」
  「うーん、とりあえず入ってみちゃおう」
  保健の先生も、どこに行っちゃったのかナァ。鍵もかけずに不用心だよナァ。なんか劇薬
  とかもあるのに。
  「先生ー、いないんですかー?」
  声をかけながら保健室に進入。といっても、声をかけているのは私じゃないんだけど。
  「いないねー、ベッドにも誰もいないみたいだよ」
  「利用者記録にも名前は無いみたいですネェ……」
  さて、困ったぞ?ますます面倒なことになってきちゃったカモ。
  「えー、来る途中にクライブくん、落ちてなかったよ?」
  落ち、落ちるって、アナタ。
  なんだかツボにはまってしまって吹き出してしまったり。
  「あ、笑ったな、リアちゃん」
  「ごめ……ぷっ」
  「他人事じゃないんだぞー?」
  「……そうでした……」

  思わず両手を机についてうなだれる私。
  一体どうすればいいと言うのですか、神様仏様ボフォーズ様!
  ……って、私は無宗教でしたよ。ダメだナァ、苦しいときの神頼み。私が神なら、こんな
  コトに手を貸さないだろうしネェ。

  「あ、何か落ちてるよ」
  フロ−ネさんが何かを拾った。
  よくわからないけどイヤーな予感がして、私はおそるおそる顔を上げた。

  ああ、イヤな予感が当たっていませんように。





                               周防 松


  私が『それ』に気付いたのは、一歩、足を踏み出した時。
  机に手をついてうなだれたリアちゃんに、何か声をかけようって、そう思ったの。
  その時だった。上履きの靴底に違和感を感じたのは。
  なんだろうと思って足をどけてみると、小さな紙切れがあった。

  「あ、何か落ちてるよ」

  ぽつんと呟いて、それを拾い上げてみる。
  ……ええと。
  どう表現したら良いか困るくらい、それは、本当にただの紙切れだった。
  何も書かれてないけれど……なんだろう、折りたたまれたような跡はある。

  ……これ、ゴミ?

  私は率直にそう思った。

  「何が落ちていたんですか?」

  いつの間にかすぐそばに来ていたリアちゃんが、私の手元をのぞきこむ。
  「ああ、うん。これが落ちてたの」
  私は、リアちゃんに拾った紙切れを見せた。
  「……なんでしょう? それ」
  リアちゃんは、それを見て首を傾げた。
  まあ、当然の反応だよね。
  「うーん……」
  私も、わかんない。

  そのまま、しばらく二人で黙りこむ。
  リアちゃんはどうなのかわからないけど、私の方は、はっきりと途方にくれていた。
  だって、保健室にいるものと思ってたクライブ君はいないし。
  しかも先生には保健室にいなかったら『探して連れていらっしゃい』なんて言われてるか  
  ら、このままノコノコ戻るわけにもいかないし……。

  せめて、何か手がかりとかがあればなあ……。

  「クライブ君、どこ行ったのかなあ」
  私は、ため息をついてリアちゃんを見上げた。
  「それはわかりませんけど……」
  そうだよね。
  ゴメンね、リアちゃん。そんなこと聞かれたってわかるはずないよね。

  「先生ってば、ヒドイよね。保健室にいなかったら『探して連れていらっしゃい』なんて。
  ただの生徒に探偵みたいなことできるわけないのにさ」

  あの時のことを思い出すと、だんだんふくれっ面になってくる。
  だって、有無を言わさず、って感じだったんだもん。
  生徒だって暇なわけじゃないんだからね。もう!
  宿題もやらなきゃいけないし、何より私には家事という現実がどどーんと横たわっている
  のよ。
  うちは父1人子1人で、普段は私が家事担当なんだから。

  ああ、今日の晩ご飯何にしよう。
  お父さん、今日は残業で遅くなるって言ってたけど……。
  ジャガイモとひき肉があるから、コロッケにしようかな。
  あとは付け合わせにキャベツを刻んで、と。
  ふんふん、なかなかいい感じ。
  あ、でも肉じゃがもできるかな。ひき肉だけど。
  うーん、どうしようかなー……。

  「あの、フローネさん?」
  「へっ?」

  声をかけられて、私は思わず間抜けな声を上げた。
  「どうかしたんですか? なんだかぼんやりしてましたけど……」
  気がつくと、リアちゃんが私をじっと見ていた。
  「え、ううんっ、なんでもない」
  私は、顔にスマイルを張り付けた。
  リアちゃん、ゴメン。
  今、完全に別の世界にいたよ。
  「ところで、どうしましょうか。保健室にはいないみたいですし……」
  「うん、じゃあ他のところ探してみようよ。屋上とか、中庭とか、そういうところにいる
  かもしれないし」
  「そうですね」
  私の提案に、こくん、とうなづくリアちゃん。

  「それじゃ、次はどこに行きます?」
  「そうだねー、根拠ないけど、屋上行ってみようよ」

  おしゃべりしながら保健室のドアに向かいつつ、私は、ふと、さっき拾った紙切れのこと
  を思い出した。

  そうだ、これ、ゴミ箱に捨てていこう。
  何も書かれてないし、捨てたってかまわないよね?

  まだ手に握ったままのそれにちらっと視線を落として――私は、違和感を感じた。
  何かが、さっきと違う気がする。

  私は、紙切れを広げてみた。
  そして――どうして違和感を感じたのか、理解した。

  「リアちゃんっ! これ!」

  私は、リアちゃんの制服の袖を引っ張ると、紙切れを突き付けた。

  そこには、いつの間にか、こんな文字が出ていた。


  『空を重ねて』





                               マリムラ


  『空を重ねて』

  その紙切れにはそれ以上の文字は出てこなくて。その意味だってさっぱり心当たりがなく  
  て。
  フローネさんと一緒にゴミかと思ったメモを相手ににらめっこしていた。
  ……変な光景だ。
  「なんだろう、どこかで聞いたことあるかも」
  フロ−ネさんが首を傾げる。私も彼女も結構必死。
  他に手がかりらしい手がかりもないから仕方がないんだけどね。

  時計を見ても時間はあまり進んでいなくて、気ばかりが焦ってしまう。
  あーでもない、こーでもない、と頭を抱えて、私は小声で呟いた。
  「何かのタイトル? ……ですかね」
  思いつきをぽつり。
  なんか意味ありげだけど普段の会話で出てくるタイプの言葉じゃないし、深い根拠もなか
  ったんだけど。
  「うーん、そうかも」
  返事の割には歯切れが悪そうにフローネさんが言った。
  「なにかなぁ、思い出せないんだよね〜」
  両手で頭をぽかぽかぽか。
  うわ、なんてらぶりーなんだ、この人。
  ついじっと注視してしまう。
  「え、何?」
  「あ、いや、その、うん、そうそう、絵とか歌とかなのかナァ?」
  変な誤魔化し方でご免なさい。首を傾げて僅かに視線を逸らす。
  だってこんな可愛い女の子、身近にいなかったんだから。
  って、クラスメートの顔や名前もろくに覚えていない人が言っても説得力はないかも知れ
  ないけど、でもその通りだ、うん、多分。
  「それじゃ、保健室の上が音楽室だから、そこから覗いてみよう」
  なんかしっくりこないながらも立ち上がるフローネさん。
  そうそう、さっき紙切れを拾った姿勢、つまり二人ともいつの間にかしゃがみ込んで考え
  ていたのだ。
  誰かに見られていたら何だと思われただろう?
  「そうですね」
  つられるように立ち上がり、足がしびれたのか思わずよろけてしまう。
  『あ』
  二人の声が重なって、スローモーションで視界がまわる。
  助けようとして手を伸ばしてくれているのは見えたけど、あー間に合わないナァ、とどこ
  か冷静な自分がいたり。

  机に手をつこうとして硬いはずの机がぐにゃりと曲がる。
  差し伸べてくれた手を慌てて掴んで巻き込むように倒れ込む。
  何? 何?
  ワケが分からないよ、何なの、コレ。
  今まで幾度となく転んできた私が言うのも変な話だけど、絶対普通じゃないって!





  頭を打ったのか意識が虚ろだけど、なんだか男の人の声が聞こえるみたい。
  手に感触があるってコトは、フローネさんも一緒で、しかも転んでからそんなに経ってい
  ないのだろう。

  「……って、マズイな」
  「仕方が……いじゃないの、わた……のよ」
  はて、聞き覚えがあるようなないような。
  「……イ、オイ!」
  揺すられて、上半身を起こされて、恥ずかしく思いながらも目を開ける。

  目の前にいたのは……誰だっけ、この人。

  ぼーっと座ったままの私の横で、同じように揺り起こされるフローネさん。
  あれ、彼女も頭打ったのかナァ、悪いコトしたナァ、とぼんやり考えることしばし。
  「ああああぁぁぁぁぁぁ!!」
  彼女の悲鳴で目が覚めた。頭を改めて殴られたかのような衝撃。
  大きな声って武器なんだナァとじんじんする耳を塞ぎながら私は思う。
  「クライブくん、いたー!」
  アレ、こんな顔してたっけ。改めて顔を再確認。

  エーと、多分割とかっこいい部類の人だと思う。けど。
  なんだか壁を作っているような印象の人で、いまいち中身が把握できない。

  とりあえず目があったので、軽く会釈をしてみた。
  「なんでココに居るんだよ」
  突き放すようなしゃべり方。
  あんまり話す声も聞き覚えがないんだよネェ。
  「……チッ、それか!」
  クライブくんがフローネさんの手からメモをむしり取る。眉間には深い皺が出来ていた。
  「探してたんだよ? ヒドイよいきなり」
  口を尖らせるフローネさんはやっぱり可愛い。
  まあ、怒るのもムリもないかな。

  「アンタら、よーく見ろよ」
  目の前に広げられたのはさっきのメモ。
  書いてあるのは『空を重ねて』の文字。かわらない。
  「空を重ねて、くらい読めるわよ」
  ねーっ、と同意を求められて頷く私。だって字の間隔が変だけど、そうしか読めないし。
  ……アレ?
  「コレはなー……」
  イライラしながらも解説してくれる辺り、実は親切なのかも知れない。
  「空 を  重ね て  って書いてあるだろう?」
  「何よその間ー」
  「見てろよ」
  しばらくメモを手で挟み込み、もう一度開いて見せた。
  『あ』
  フローネさんと声が重なる。
  「これは『空間を折り重ねるてすと』って書いてあったんだよ」
  「なによ、何の仕掛け?」
  興味を引いたのか、身を乗り出す彼女。
  いきなり近づかれて驚いたのか、顔を紅くしたクライブくんが怒鳴るように言った。
  「手のひらで温めたら文字が浮き出してくるの!」
  で、見渡せばソコはさっきの保健室。

  あ、先生だ。

  「話は一段落したかな?」
  白衣の女の先生だ。うわー、気付かなかったなんて失礼なコトしたナァ。
  「なんだかよくわからないんだけど、誰もいないのよココ」
  「え」
  「うそぉ」
  「うん、多分そのメモのせいだと思うんだけどね」
  まだ若そうな先生は、机に肘をついたまま苦笑した。





                               周防 松


  ええと?

  私は、ちょっと混乱してきた思考を整理してみた。
  視界がぐらっと回ったのは覚えてる。
  そして、気がついたらクライブ君と、白衣を着た女の先生がいた、と。
  で、先生いわく、「誰もいない」……。

  「誰もいないって、どういうことなんですか?」
  私は、先生に聞いてみた。
  この先生、あんまり見覚えないんだよね。
  もしかしたら、高等部の方で教えてるのかもしれない。

  「そのままの意味よ。まだ放課後からそんなに時間が経っていないはずなのに、
  校舎内に誰もいないの。部活動や委員会で残っているはずの生徒だけじゃなくて、
  教師まで誰一人いないのよ。
  おかしいでしょ? まだ勤務時間中のはずなのに」
  そう言って、先生は腕時計と壁にかけられてる時計とを見比べる。
  「時計が物凄く進んでいるとか、そういうわけじゃないみたいだし……」
  ちらっと壁にかけられてる時計を見ると、午後の3時を少し過ぎたところだった。
  うん、この時間に誰もいないなんて、それは変だ。

  「どうして、誰もいないんでしょうか?」
  リアちゃんが首を傾げると、先生は困ったように頭をかいた。
  「今から私の考えを言うけど……君達、笑わない?」
  「そんなこと、しません」
  私も、便乗してこくこくうなづいた。

  「それじゃ、言うわね。……私達が今いるのは、折り重ねられた空間だから……じゃない  
  かしら」

  先生の言葉に、誰も何も言わなかった。

  いまさらながら、校舎内に誰もいない、っていう言葉の意味が、よくわかった。
  誰もいないと、通い慣れた学校は、こんなにも静かな場所に変わるんだ。
  ――薄気味悪くなる、くらいに。

  「異世界、みたいなもの……?」
  私は、無理矢理に言葉を紡いだ。
  この沈黙を、どうにかして終らせたかったから。
  「……と呼べるかどうかは疑問だけど、それに近いものではあるかもしれないわ」
  先生は、長いため息をついた。

  あの……それって。
  どうにかして元のところに帰る手段を見つけなきゃいけない、ってことじゃあないでしょ
  うか?

  ああ。
  小説やマンガに出てくるようなシチュエーションを、まさか自分が経験することになるな
  んて。
  ……これ、夢じゃないのかな……。
  夢であって欲しいな、なんてちょっと思いつつ、私はほっぺたに手を伸ばす。

  ぎに。

  「いたっ!」

  あうちっ! 
  つねってみたら、思いっきり痛かった。
  夢じゃないのね……とほほ。
  「どうかしました?」
  つねっちゃったほっぺたをさすっていると、リアちゃんが顔を覗きこんできた。
  「あ、ううん、なんでもない」
  私は、笑ってごまかしつつ、空いているほうの手をひらひらさせた。

  「さらに悪い話があるんだが」
  クライブ君が、横から口を挟む。
  「まだ何かあるの?」
  ぼやいた私を、クライブ君がじろりと見下ろした。
  黙って聞け、っていわんばかりだ。
  むむ。女の子をいじめちゃ駄目なんだぞ、クライブ君。

  「出られないんだよ、学校から」

  「へっ?」

  出られない? 学校から? なんで?

  「昇降口のドア、開かないんですか?」
  リアちゃんの言葉に、クライブ君は首を横に振った。
  「ああ。昇降口だけじゃない。体育館の出入り口とか、とにかく外に出られるところは全
  部調べた。
  だけど、どこも開かないんだ」
  「鍵がかかっているんじゃないんですか?」
  「鍵くらい、ちゃんと確認してる。妙なことに、鍵が開いてるのに、ビクともしないん
  だ」
  「みんなまとめて鍵が壊れてるのかもしれませんよ?」
  「あのなぁ!」
  「じゃあ、窓から出たらいいんじゃない?」
  ドアが駄目だったら、窓があるよね。
  そう思って私が提案してみると、
  「……やってみろ」
  クライブ君が、保健室の窓に、くいっとアゴを向けた。

  なーんかしゃくにさわるけど、まあいいや。やったろうじゃないの。
  私は、窓に近寄ると、まずは鍵がかかってるかどうかを確認した。
  えーと。鍵はー……かかってないわね。
  確認したところで、窓枠に手をかけて――

  「うーんっっ」

  あ、開かない。
  窓は、どんなに力を入れてもビクともしなかった。
  まるで、そこに貼りついてるみたいに。

  「リアちゃん、ちょっと手伝ってっ」
  「あ、はいっ」
  リアちゃんまで巻きこんで、開けようとしたんだけど……何回やっても結果は同じ。

  「駄目だっただろ」

  あきらめて窓枠から手を離したところで、クライブ君が声をかけてきた。
  顔を見ると、なんとなく意地悪そうな笑みを浮かべてる。

  ……クライブ君、結果わかってて、やらせたな……?

  「窓が開かないなんて言ってなかったじゃん!」
  私は、クライブ君に抗議した。
  開かないってわかってるなら、「窓も開かない」とか言えば済むことじゃないのさっ!
  なんでわざわざやらせるわけ?
  『骨折り損のくたびれもうけ』ってやつだわ!

  「外に出られるところは全部調べた、と言ったはずだ」
  クライブ君は、それはそれはあっさりと私の抗議をかわした。
  「窓って単語は出てないっ」
  「それぐらい想像しろ。中3だろ」

  うがーっ!! なんか腹立つーっ!!

  「まあまあ、落ちついて」
  クライブ君に怒りの視線をぶつけまくってると、先生が間に割って入った。
  「実際に体験してみないと、信じられないでしょ? 鍵がかかっていないのに開かない、
  なんて。
  だからわざわざやらせたのよ」
  ね? なんて言われて、クライブ君は「ふん」と視線をそらした。
  ……先生の言葉にも一理ある……のかなあ?
  「ええ、おかげでよくわかりました」
  リアちゃん、何も意識してないと思うんだけど、ちょっと皮肉にも聞こえるよ、その言葉
  は……。

  「ところで、これからどうしましょうか?」
  リアちゃんは、続けてそう言った。
  どうしましょうか、ねえ……。
  「どうにかして、元の世界に帰る方法を見つけなくちゃね」
  割と前向きな意見を口にしながら、私は頭の片隅で不安を覚えた。
  今現在、確実な手がかりは何もないから、だ。

  「これが、おそらく唯一の手がかりだ」
  え?手がかりがあるの?
  そう思って発言者のクライブ君を見ると、彼は、あの紙切れをじっと見つめていた。





                               マリムラ


  四人で小さなメモを囲むように座る。
  幸いパイプ椅子なんかは足りていて、触れるし動かせたのはいいのだが。
  「……え、と」
  黙ってメモを見つめるだけの空気に耐えきれなくなり、つい言葉が漏れる。

  えーと、うーん、みんな真面目だなぁ。とか思ってる場合じゃないよね。

  言ったのが自分だと気付いたときにはもう遅かった。三人の視線が刺さって痛い。でも、
  何も考えていませんでしたとも言えずに何とか頭を働かせようとするが、そう上手くもい  
  かず。
  「……何?」
  待ちくたびれたようにクライブくんが促した。

  ヤだなぁ、妄想癖は自覚あるけど、口に出すこと無かったのにナァ。
  うわ、そうじゃない、今はこんなコト考えてる場合じゃないんだってバ。

  「……みんなこのメモのせいでココに居るんですか?」
  苦し紛れに聞いてみる。
  この選択は間違っていなかったようで、クライブくんと先生が顔を見合わせた。
  「このメモはね、最初保健室のデスクに置いてあったのよ」
  「白紙でな」
  先生の言葉にクライブくんが頷く。
  先生は少し言いづらそうにクライブくんをちらっと見て、言葉を続けた。
  「保健室まで運ぶ物が沢山あって、生徒が途切れたときに鍵を閉めて取りに行ったの。で
  も、ちょっと重くて困っていたらクライブくんが通りがかったものだから……」
  沈黙。
  先生もクライブくんも押し黙ってしまって、なんだか重い空気になる。
  「えーと、メモの所まで話が繋がってないと思うんだけど?」
  小さな可愛いクラスメートは、素朴な疑問を口にした。

  ありがとうフローネさん!
  多分先生は自分のせいでクライブくんを巻き込んだと思っててクライブくんも否定する気
  がなくてだから話を続けづらかったんじゃないかしらとかいう推測を全部吹き飛ばしてあ
  りがとう!
  心の中でガッツポーズ。

  「え、ええ、そうね。ごめんなさい」
  先生が苦笑すると、クライブくんは堪りかねたように話し始めた。
  「鍵がかかっていた部屋に戻ってきたらメモがあった。不審に思って手に取ったら字が浮
  かんできた。何だこのメモって話してる最中にココに飛ばされた。なんか疑問点はある
  か?」

  そんなに一気にまくしたてなくても。
  えーと、まあ、なんとなくの状況は把握できたけど。

  「んじゃ、気になることを一つずつ聞きまーす」
  フローネさんが手を挙げると、クライブくんがイヤそうに手を広げた。
  「どーぞ?」
  非常にやる気が感じられない。
  「何が手がかりになるかわからないし、些細なことから聞くから覚悟してね」
  微妙に対立しているような気がしつつも、フローネさんは楽しそうに見えた。
  「まず、先生とクライブくんは以前からの知り合い?」
  「ああ」
  「そうよ」
  「何で?どういう知り合いなの?」
  間髪入れずの質問に、クライブくんが苛立ちを見せる。
  「……関係あるのかよ」
  身を乗り出すクライブくん。あわてて先生と私が間に入る。
  「まーまー」
  「おちついて」
  ちなみに私から時計回りにフローネさん、先生、クライブくんの順で座っている。
  フローネさんとクライブくんの間には机があるんだけど、それがなかったらどうなってい
  たことか。
  「あのね、クライブくんは保健委員なのよ」
  先生が助け船を出した。
  「あー、それで保健室に探しに行けって保健委員に言わなかったのか」
  納得。
  「でもあの先生、きっと私の委員会なんて覚えてないよね」
  フローネさんの意見に苦笑しつつも同意。そういう先生っているよね。
  「で?まだあるのかよ」
  「あるよー」
  優等生らしからぬ態度のクライブくんに負けていないフローネさん。
  「ココ、凄く大事なんだけど」
  「?」
  「なんでクライブくん達はメモを持っていなくて、私達が拾ったの?」
  人差し指を立てて、見上げるように聞いた。
  「あー……、多分」
  言いづらそうなクライブくん。
  「何よ?」
  「……落とした」
  「……え?」
  「だから!いきなり揺れて驚いて握ってたメモを落としたの!」
  頭を抱えて黙るクライブくん。先生もさっきから一言も喋っていない。
  「ええー!?」
  間が空いて、フローネさんが叫んだ。
  「それって何?クライブくんが落とさなかったら私達は巻き込まれなかったってコト!?」
  「……かもね」
  なんだか投げやりにクライブくんが呟いた。

  えーと、頭の中を整理整理。
  鍵がかかっていた部屋にメモが置いてあって、見つけたクライブくんと先生がココに飛ば
  された、と。
  んで、その時落としたメモを拾っちゃった私達も飛ばされたらしい。
  手がかりは『空間を折り重ねるてすと』と書かれたメモだけ。
  外に通じる扉や窓には触れられないみたいで。
  「あ」
  思わず呟いてしまって気まずい。
  「でも、他の人が拾うことはもうないってことで、被害は少なかったのかも知れません
  ね」
  フォローになってないですよリアさん。と、自分に突っ込み。
  冷ややかな空気を感じながら、何とか言葉を続けた。
  「あと『てすと』って平仮名なんですよね、おかしいですよね」
  だから、なんだか話し方までおかしいですよリアさん!……と思いつつも上手くいかない。

  「そんな人……一人しか知らないわ」
  先生が呟いた。





                               周防 松


  「そんな人……一人しか知らないわ」

  ぽつりとつむがれたその言葉に、
  「先生、知ってるんですか!?」
  私が思わず身を乗り出すと、先生は、ええ、とうなづいた。
  「ブライアンっていう名前で、あなた達と同じ、中等部の3年生よ」

  ええと、ブライアン、ブライアン……。

  私は、脳みそをフル回転させてみたけど……どんなにがんばってみても、ブライアンって  
  名前の人は
  思い浮かばなかった。
  うーん、先生の言う通り、面識ないのかも……。

  「あの……ブライアン君って、どんな人なんですか?」
  私が悩んでると、リアちゃんが話を進めてくれた。
  どんな人かって尋ねてるから、たぶんリアちゃんもブライアン君に面識ないんだと思う。
  「どんな……そう、ね……なんていうのかしら……ちょっと変わってるのよね」
  先生は、ちょっぴり悩んだような顔をしてて、天井を睨んだ。
  「変わってるって、どんな風なんですか?」
  うん、それは私も知りたいぞ、リアちゃん。
  変わってるって言ったって、いろいろあるもんね。

  「うーん……見た目は普通の子にしか見えないんだけど、やっぱり変わり者なのよ。
  提出物ではちゃんとしてるらしいんだけど、普段はカタカナのところををひらがなにして
  書くの。
  なんでも、それが本人としてはカッコイイみたいで……」

  説明する先生を見ながら、私は全然関係のないことを頭の片隅で思った。

  まさか、保健の先生だったなんてね。どうりで白衣着てるわけだよ。

  私ね、授業中とかに具合が悪くなって保健室に行った、なんてことが入学以来一度もない
  のよ。
  保健室に行くのなんか、学校の健康診断とかそんな時くらいだよ。
  そりゃあ、保健の先生の顔なんかまともに覚えてるわけないよねえ。

  ……って、今それどころじゃないんだってば。

  「……あれ」

  その時、ふと、頭の中に疑問が沸いた。

  「先生は、どうしてブライアン君のこと知ってるんですか?」
  そうだ。ちょっと変だ。
  生徒……同じ中等部3年生の私達は認識すらないっていうのに。
  「ああ、そのことね。ブライアン君、保健室にしょっちゅう出入りしているから、自然に
  顔を覚えたのよ」
  「病弱なんですか?」
  今度はリアちゃんが質問。
  先生は、軽く首を横に振る。
  「そうじゃないの。頭が痛いとかお腹が痛いとか言ってるけど、いつも仮病」

  ふーん。仮病ねえ。
  もしや、勉強嫌いで授業サボりたいのかな?
  それともクラスになじめない、とか……。
  とりあえず、先生がブライアン君のことを知ってるのは納得がいったぞ、と。

  なんて思いながら、私は、向かい合わせの位置に座ってるクライブ君にちらっと視線を向
  ける。
  クライブ君、さっきからずっと黙ったままだ。
  それも、腕組みして、目を閉じてたりする。
  まるで、誰にも関わって欲しくないみたいな態度。

  ……なんで??

  「クライブ君、なーんでさっきから黙ってるのよ? お腹でも痛い……」

  カラカラ……。

  何かの物音に気付いて、私は追及を中断した。
  その音は、私だけに聞こえたわけじゃない。
  皆がいっせいにいぶかしげな顔をしたことからも、それはわかった。
  まあ、クライブ君は目を開いただけだったんだけどね。
  一体、何の音だろう。
  何気なく音のした方角に顔を向けて――私は自分の顔がこわばっていくのを感じた。

  「ねえ……私達以外、ここには誰もいないんだよ、ね?」

  得体の知れない不安が、じわじわと押し寄せてくる。
  だけど、その言葉を肯定する人はいなかった。

  もう一度、言うけれど。

  ここには、私達以外の人間はいない。

  それじゃあ、この現象はどう説明されるんだろう。
  閉まっていたはずの薬品棚の戸が、いつの間にか勝手に開いていた、なんて。
  ……さっきの音は、薬品棚の戸が開いた音だったんだろうか。

  そして、皆の見つめる前で、薬品棚から、すーっと何かが空中を滑るように移動してきた。

  それは、歯の模型だった。
  ほら、歯磨き指導の時なんかに使うアレ。

  ……い、一体何事?

  私は、座っていたパイプ椅子から腰を浮かした。
  今目の前にあるのは、ただの歯の模型だ。
  だけど……空中に浮いている。
  こんなこと、普通に起こったりするはずがない。

  歯の模型自体は怖くない。
  だけど……次に一体どんな現象が起きるか、予測できない。
  私は、歯の模型を凝視したまま、動けなかった。

  沈黙沈黙。また沈黙。

  そんな状況を破壊したのは、歯の模型の方だった。
  歯の模型が、カタカタカタ、と上下の歯をかちあって音を鳴らしたのだ。
  まるで、笑ってるみたいに。
  「きゃーっ!」
  私は、パイプ椅子につまづきそうになりながら、テーブルの反対側に逃げた。
  だって、私の席が一番薬品棚に近かったんだもん。
  「ピンポーン。先生、大正解!」
  そのうえ、歯の模型は声まで出した。
  しかも、妙に気軽そうな、明るい感じの男の子の声。
  「しゃべったあ!?」
  思わず私が大声を上げると、歯の模型は、すいーっと目の前に移動してきた。
  ひええ、なんか不気味だよぉ!
  「きゃーっ! あっち、あっち行ってぇー!」
  私は、腕をぶんぶん振りまわして歯の模型を遠ざけようとした。

  びしっ。

  「きゃ」

  ……う?

  手に当たった感触と、リアちゃんの声で我に返る。

  わああっ、勢い余ってリアちゃんに手をぶつけちゃったよ!

  「リアちゃんゴメンっ!」
  慌てて、ぶつけたとおぼしきリアちゃんの二の腕をさすって平謝り。
  ゴメン、すぐそばにいたの、忘れてたよ。
  「い、いえ、痛いっていうよりもびっくりしただけですから」
  リアちゃんは笑って許してくれたけど、全然痛くないってコトはないよね……結構強くぶ
  つかった気がするもん。

  「あーあ、乱暴だなあ」
  人を小バカにしたように、男の子の声が笑う。
  むかっ。誰のせいだと思ってるのよっ。
  「あんた誰よっ!」
  歯の模型に向かって、何者かを尋ねる日がくるとは夢にも思いませんでしたよ、わたしゃ。
  「僕?」
  歯の模型が、斜めにかたむく。
  ちょうど、首をかしげる時の動きに似てるかもしれない。
  「僕は、さっき話題に出てた人物だよ」
  「まさか……ブライアン君?」
  先生がかすれた声を上げると、声は楽しげに笑った。
  「そっ。だから言ったじゃないですか、『先生、大正解!』って」

  カタン。

  突然、それまで黙って腕組みしてたクライブ君が、パイプ椅子から立ち上がった。
  そして、つかつかと大股で歩いてきて歯の模型をつかむ。

  「……ブライアン、くだらない真似はやめろ」

  クライブ君が険しい表情で述べたその途端。
  ひゅんっ! と何かが空中を切り裂くように飛んだ。

  「なんてこと……!」
  先生が、悲鳴にも近い声を上げる。
  理由は――クライブ君の喉元に、ハサミの鋭い切っ先がつき付けられていたからだ。
  ちょっと深く呼吸しただけで、その刃先に触れてしまうんじゃないだろうか。
  見ている私まで、息をひそめてしまった。

  「態度には注意した方がいいよ。ここじゃあ、僕が王様なんだからね」

  さっきまでの声とは違う、少し低い、威圧的な雰囲気の声。

  ゾッとした。

  これって……気に障ることをした奴は、みんな痛い目にあわせるぞ、ってことなんだろう
  か。
  本人は王様って言ってるけれど……それは、王様というよりも暴君に近いような気がする。

  「……なんで……なんで、こんなことするの!?」

  『こんなこと』が、ハサミの切っ先をつき付けられてるクライブ君を指してるのか。
  それとも、この空間に閉じ込められてしまった状況を指してるのか、自分でもよくわから
  ない。

  わからないけれど――私は、ぎゅっと拳を握り締めて、そう声を上げていた。