鉛空と金髪と文庫本  迷子と宙吊りと都市伝説  幽霊と結界と失踪事件 
音と夢と背に立つ君  目覚と逆転とリタ探し  捜索と頑固な扉と痺れる足  消失と閉塞と黄金の女王 



             鉛空と金髪と文庫本             遠夏


  投げた石があたったら、その衝撃で雨でもふってくるんじゃないかってほどの曇天。
  ここは静かだ。授業時間中だからということもあるけれど、教師の声もその影で行われる  
  生徒どうしのおしゃべりも校庭のざわめきもここまでは届かない。

  もう使われなくなって何年もたつ旧校舎の屋上。鍵がこわれていて、進入が容易であるこ
  とに気づいてから、リタルード・ルーマはたびたびここに来るようになった。
  長い金髪を散らして仰向けに寝転がっていると、紺のスカートと白いセーラーの上下に、
  似つかわしくない平坦な胸の形がはっきりとわかる。
  着ている服に、校則で装飾が義務つけられている学園のエンブレムは見当たらず、そもそ
  もこれは学園の制服ではない。

  手にはペーパーバックの本。脇に、おなじカバーをつけた本が二冊置いてある。
  重たげな空に気づきもしないように、リタルードの目はただその字面を追う。

  「よう、嬢ちゃん。いたのか」

  本から目を離して半身を上げると、金色の髪の見慣れた若い男がいた。黄土色の作業着を
  着て、ベルトに何故か鞘のついた草刈鎌を挟んである。
  ジグムンド・ウピエル・ギターマン。この学園の用務員。フルネームで覚えているのは、
  出会ったころにセカンドネームで呼べと言われたのがもの珍しかったのと、ファースト
  ネームが著名な学者と同じだったから。

  「んー、僕ここ数日わりと来てるよ。久しぶり」

  「一週間くらいずっと晴れてたからなぁ」

  「ふぅん」

  ウピエルの肌は、男性のものにしてはぎょっとするほど白い。それが異様に見えないのは、
  髪と目の色が明るいのと、本人が発している軽妙で楽しげな空気のおかげだ。

  「あ、そういえば僕、ひとつ報告あるんだ」

  自分の横に座ったウピエルの顔を見ずに、リタルードは話し掛ける。

  「僕、来学期から最終学年4年目突入決定したからー。いえーい」

  「おーそりゃすげぇ…って駄目じゃねぇか」

  「出席日数足りなくて、卒業試験受けさせてもらえなくてさぁ。
   まぁ、学費払ってるの親だから別にいいし」

  「よくねぇだろ。ってか嬢ちゃんって最終学年だったんだな」

  「あれ、言って無かったっけ? 15になった年に編入して飛び級してそんで留年してるの。
  今年で3回目の最終学年」

  「親御さん泣いてねぇか?」

  「知らなーい、全然会わないし。寧ろ面白がってるんじゃない? 
   いつ僕が退学になるか、親戚の中で賭けてたりすんごいしてそうな感じ」

  リタルードは再びごろんと仰向けにねっころがる。頭があたる部分にかばんを敷いておい
  たが、それでも少し痛かった。

  「『奇跡の指輪の発見』だって」

  「卒業試験の課題か?」

  「うん。二ヶ月以内、範囲は世界中」

  「そりゃあ、また大掛かりな」

  「うん。でも世界中って言っても二ヶ月以内でこの学園から往復できる距離にしかないだ
  ろうし。
   別に生徒振り落とすのが目的じゃなくて実力試すためのものなんだから、見つけるのは
  困難にしてあるだろうけど、学校とかその周りの街ににも結構隠してあると思うよ。
   ここは立ち入り禁止区域だから除外されるにしてもさ。いっぺんにたくさん見つけられ
  ると困るだろうから二ヶ月の間に分けて隠すとか、するだろうけど。
   『奇跡の指輪』って言っても漠然とした概念だから、そのものずばり持ってこなくても
  それに例えられる何かとか、
   小さい男の子が幼馴染の女の子に玩具の指輪あげて戦争かなんかで生き別れて戦後に青
  年になった男の子が隣に住んでる女性が同じ指輪はめてるの発見してそんで私たちそれか
  ら結婚しましたーっていう指輪借りてきてもおっけーって可能性だってあるしね」

  「嬢ちゃん実は試験受けたいのか?」

  「いや、別に全然。なんで?」

  「ずいぶん熱心に話してたからよ」

  「だって、暇だしぃ考えることとか無いしぃ」

  「そっか」

  ウピエルはそれだけ言って、リタルードの横に同じように寝転がる。

  彼はいつも必要以上に言及しない。「暇なら授業にでろ」とも言わない。
  意識的にやっているのか無意識にやっているのか。ひどく優しいのか単に関心がないのか
  はわからないけど。

  それがどれほどリタルードの救いになっているか、たぶんウピエルは理解していない。

  「ところで嬢ちゃん、気づいてるか?」

  「何に?」

  「この下に迷子がいるぞ」

  「まいごぉ?」

  「おう。本当に迷ってるみたいだな。泣いてるぞ。新入生か転校生か方向音痴なのか…今、
  床腐ってるあたりに来て…あ、踏み抜いた」

  「…どんな聴力してんのさ?」

  「一階下なら普通に聞こえるぞ。んー、行ってやるか。嬢ちゃんもどうだ?」

  「室内ならまだしも屋上からじゃ聞こえないって。暇だし、行く。あ、でももしかした
  ら」

  「ら?」

  「その子、『旧校舎の幽霊』かもよ。ここもうすぐ壊されるじゃん。だからいろいろ行き
  詰まったエネルギーが女の子の幽霊になって噴出してて、うんでうっかりついて行くと自
  分も幽霊になっちゃうの。今考えたんだけど」

  「それデマカセじゃねぇか」

  「そうともいうー」

  「こら」

  ウピエルはリタルードの頭の下の鞄を思いっきり引っ張った。がつっと頭をうってリタ
  ルードは痛む頭を抱えて身を起こす。

  「うだうだ言ってると置いてくぞ。本人結構切羽詰ってるみたいだからな」

  「うー、待ってよぉ」

  立ち上がって、落ちてる文庫本を拾うとリタルードはウピエルの後を追って、ドアの取れ
  た入り口をくぐる。

  新たな出会いに、内心胸をはずませながら。





           迷子と宙吊りと都市伝説           ケン


  惚れ惚れするような曇り空、朝なのか昼なのか。

  ―――しかし―――

  走っているのか走っていないのか急いでいるのか急いでいないのか微妙に解らない速度で  
  このままでは旧校舎まっしぐらの道を全力疾走している少女には、そんな事はどうでもよ
  かった。


  「ここどこ〜…うぅ…このままじゃまた遅刻しちゃうよぉ…」

  紫紺色の髪を二つ結びにし深緑色の瞳をほぼ涙目にして校舎とは逆の方向にテレテレテレ
  とストゥリは『本人曰く』全力疾走していた。

  「ぁ、あった♪あった♪校舎〜♪」

  もちろん旧校舎であるが、そうとは知らず鼻歌混じりに旧校舎に突入するストゥリ。

  「ぅえ?ここって校舎なのに…えぇ〜〜!?なんで誰もいないの〜??」

  旧校舎であるということに気付いたのではなく誰もいないことに疑問を持った様だった。

  「うぅ…皆〜からかってるんならやめてよぉ〜…って、わきゃぁ!?」

  そろそろと慎重に歩いていたにもかかわらず、腐っていた床に足を踏み込みそのまま床を
  抜く。
  二階から一階までまっさかさまに落ちそうになったところ運良く(?)ブーツが床に引っ
  かかり宙ぶらりんの状態で静止する。
  この状況を見た者がいれば旧校舎にさかさまの少女の霊が出るという都市伝説ができたか
  もしれない。
  しかし、ストゥリにはそんな余裕はなかった、なんとか外そうと努力はしてみたものの腐
  ってない床にかなり強く挟みこまれた様でストゥリがどんなに力を入れようが外れない、
  それどころかどんどんと頭に血が上ってきたらしくしだいにぐったりしてきていた。

  「ぁぅ…眠くなってきちゃった…」

  激しく勘違い中だがこのまま放っておけば間違いなく危ない状況だ。

  「ぁ…れ…誰?」

  朦朧とする意識の中、何かが近づいてくる気配を感じた。一つはしっかりした男の足音、
  もう一つは軽い足音。

  「そ…こ、床…腐ってるから…気を…つけ…」

  最後まで言えずとうとう気を失ってしまったストゥリの足首をはずしそのまま片手で軽々
  と持ち上げ、助けたのは他でもないウピエルだった。





           幽霊と結界と失踪事件            魅流


  「……と、いうわけで迷子の迷子の少女の幽霊逆さ吊りver」

   まぁ、何が起こったのかは想像に難くない。難くネェんだが……
  思わず意味不明なコトを呟いてみる。

  「けっこうシュールだよね」

  「まったくだ」

   入り口のところで立ってるリタルードの嬢ちゃんと軽口の叩きあいをしながら、不幸に  
  も逆さ吊りの憂き目に遭った新入生だか転校生だかの状態を確かめる。とりあえず、頭に
  血が上ってる以外は外傷なさそうだが…

  「あー、先戻っててくれや。俺様もすぐ行くからよ」

  「ん、わかったー」

   屋上にまた帰ってゆく嬢ちゃんを見送ってから、辺りを見回す。ここまでは霧化を使っ
  て来たからいいようなものの、帰りはそうも行かない。かといって下手に歩くとまた踏み
  抜けそうなのは言うまでもない。

  「……いっそ自分からブチ抜くか」

   もともと廃校舎だし、ちょいとばかしボロさが増したところで変わんネェだろ…多分。
  腰の鎌に常備しているロープを結びつけて、適当な四角ができるように角の部分に切り込
  みをいれる。後はカルく床を踏み鳴らせば、その部分ごと一階下に下りるコトができた。

  「つれてきたぞーっと、お?」

   屋上に顔を出すと、鞄と文庫本が数冊投げ出されているだけで、持ち主の姿がこれっぽ
  っちも見当たらない。
  とりあえず、鞄を枕に迷子の嬢ちゃんを寝かせてから、ちょっと本格的に辺りに意識を傾
  ける。んが、特に何も聞こえなかった。

  「…ん?」

   何も聞こえない?んなバカな、と改めて聞く事に集中する。が、やはりさっきまでは微
  妙に聞こえていた校庭で体育をやる生徒の声とか、風に吹かれて揺れる木の葉の擦れる音
  なんてモノすら一切聞こえなくなっていた。

                  ★☆◆◇†☆★◇◆

  『いいことウピエル。私達吸血鬼は不死族の中でもかなり強力な部類ではあるけど、ゴー
  ストなんかの実体を亡くした怨念なんかを相手にするときは油断しちゃダメよ?』

   ふと脳裏によみがえったのは遠い昔の話。

  『ぁん、なんでだ?』

  『彼らは肉体を亡くしてもなおこの世に留まり続ける存在なのよ。それがどういう事か分
  かるでしょう?』

   まだ、吸血鬼になってから間もない頃、親吸血鬼と暮らしていた時代の記憶だった。

  『ふむ、そういうのは相手にしてらんネェってか?』

  『実体を持たない彼らはある種滅ぼすのが面倒、ていう事よ。力技よりも相手のこの世へ
  の妄執を消して上げるほうがまだずっと効率的なくらいですからね。貴方には向いてない
  相手でしょ?』

   彼女は古い――とても強力な吸血鬼だった。それこそ親が子に物を教えるように、いろ
  いろと手取り足取り教えてくれたモノだ。

  『まぁな』

  『あぁそれとね、勿論彼らは生前持っていた技能も使うからね?まぁ、最悪でも戦闘は避
  けるべきでしょうね』

   淡いベッドサイドの光の中で、よくこんな話をしてもらっていた。昨日のように思い出
  せるそんな時代も、気が付けば600年も前の話。

  『わぁーったよ』

                  ★☆◆◇†☆★◇◆

  「つくづく、時の流れってのは早ぇもんだよナ」

   呟きながら、ウピエルは剥離していた屋上の欠片を手に取った。脈絡も関係もまったく
  ない思い出がふとよみがえるなんてそうそうあることでもなかったが、それに意味を求め
  るほどウピエルは若くはない。かといって、同様に老いてるわけでもないのだが。

   音が聞こえなくなる、コトが説明できる状況なんて精々三通りくらいしかない。一つ、
  耳がいかれた――自分の独白はしっかり聞こえたので却下――二つ、音がやんだ。――こ
  こまで綺麗に音が消え続けるなど、この時間帯の学園ではありえない――そして三つ、な
  んらかの方法で音源と隔離されている。

  「果たしてどうなるか……な、っと」

   呟いて屋上の外に投げる。灰色の塊は、しばらく直進して見えなくなったと思ったら不
  意に後ろから出現し、屋上を横に2週くらいして下に落ちる。と、最後に上から降ってき
  てまた屋上に転がった。

  「空間の閉鎖…?とりあえず害のあるもんではネェってことか」

  「ぅ……」

   お、いいタイミングで目が覚めたな、とか呟きながら寝かせておいた迷子の少女へ近づ
  いていくウピエル。とりあえず、この状況を楽しむ気マンマンなのが足取りにでてしまう
  のを隠せないウピエルであった。





             音と夢と背に立つ君           夏琉


  「学校」という空間は、結局のところどんなファンタジーよりも仮想的な場所なのだとリ  
  タルードは思う。

  複数の人間がまったく同じ幻想を共有することなどできない。そう思いこむことができる
  のは、その幻想が僅かずつ重なりあっていたり、奇妙に似通っていたりするからだ。

  「学校」という概念は、人間に幻想の共有を可能にする。
  たとえそれが思いこみにすぎなくても、ある程度高度な文化圏に住む人間で「学校」とい
  うものに全く取り込まれていない人間が、果たして存在するだろうか?

  「雨、降らないといいけど」

  屋上にでる途中の階段から、ドアに切り取られて一枚絵のようになった、先ほどよりいく
  らか重たげに見える空を見上げる。

  指先にスカートのひだが触れる。こんなことで、自ら違和を作りだしたところで、自分に
  対する統制感を得られるわけでもないことは、とっくにわかっているのに。

  タン、と軽い音が背後にした。

  コンクリートの階段を上る足音のような音。いや、事実それそのもの。
  日常生活において視界に映らない他者の動きを把握するのに、聴覚の役割は大きい。ウピ
  エルのような人並みはずれた感覚を持っていないにしても、リタルードもその例外ではな
  い。

  リタルードは、その人物がすぐ後ろにくるまでその人物が動く「音」を全く関知していな
  かったのだ。

  「ねぇ」

  少女の、声。
  大人の女性の艶やかさと幼い子どもの鮮烈さの間の、成長途中の。

  反射的に振り向いて、リタルードは声を出すこともできなかった。

  きっとあの迷子の少女だろうと、そう思ったのだ。それなら、いくら奇妙な点があっても
  すぐに納得できる理由を知ることができるはずだ。気配がしなかったのはちょっと驚かそ
  うと思ったからだとか、ウピエルが一緒じゃないのは片づけなければならない仕事を思い
  出したとか。だから、振り向いた。

  「こんにちは」

  極めて模範的な、だからこそあまり耳にすることはない言葉。
  それだけで、リタルードはまるで顔の輪郭をゆっくりと指で撫でられたような、首の後ろ
  が総毛立つような感覚に陥る。

  階段一段分あけて、『少女』は立っていた。
  学園指定の制服を着ていた。まるで『普通』の生徒のように。

  微笑みに細められた瞳は、赤みの強い茶色。

  「…ッ!」

  金の長い髪を翻した彼女を一瞬虚をつかれて見送って、すぐにその後ろ姿が見えなくなる
  前にリタルードは駆けだした。

  自らの相似の姿をもつ少女を追いかける彼は、いつのまにか自分たち以外の生き物が立て
  る音がしなくなっていることにも気付かなかった。





            目覚と逆転とリタ探し           ケン


  「ぅ……」

   朦朧とする意識の中、ストゥリは懐かしい情景を見ていた。
   ず〜っと昔の、曖昧な記憶しか残っていない昔々の光景…そこにストゥリは居た。
   今よりも、小さく、幼く、弱く…
   そんな少女を誰かが呼んでいる。
   ストゥリは振り返ったが、それが誰なのか分からない、名前を呼んでいるのか、呼んで  
  いないのかも、分からない…
   逆光に浮かぶその人影は…


  「おい、嬢ちゃん、嬢ちゃんってば。大丈夫かい?」

  「うにゃ?」

   ぼやける視界に最初に映ったのは、流れるような金髪をした優男風の見ず知らずの男の顔。
   顔が反対向きに映っているのは、しゃがみこんで頭の上から覗き込んでいるからだろう。

  「ひえ!?」

   ストゥリはびっくりして上体をはね起こした。
   因みにその時、青年がちょっと頭を反らしたおかげで額と額が衝突する事は無かった。

   おそるおそる振り返る少女と、しゃがんだままの青年の目が合った。

  「お、お兄さん…誰?」

   さすがに警戒しているのか、それとも脅えているのか、少女は少し身を引きながら質問
  した。

  「通りすがりの作業員さ」

   そんな少女を見ながら青年は口元に不敵な笑みを浮かべらながら答える。

  「大丈夫だって、別にとって食やしねぇよ」

   およそ説得力がない雰囲気とシュチュエーションだったが、少女はじ〜っと青年の目を
  見て…
   また後ず退る。

  「だから大丈夫だって」

   青年は「ふ〜やれやれ」と言った感じでその場に座りこんだ。

  「ところで、お嬢ちゃんはなんであんなところに引っかかってたんだ?」

   言われて初めて少女は、なぜ自分がここにいるのか考え始めた。

  「転校そうそう遅刻しちゃいけないと思ったから、全力で走ってやっと校舎に着いた〜♪
  と思ったら、誰も居なくておかしいな〜と思ってたら足を踏み外して……あぁ!」

   そこまで思い出して急に大声を出して、ストゥリは青年を指差した。

  「っと、びっくりした。どうしたんだい?」

   さっきまでとは正反対に、うるうると目を潤ませて青年を見てくる少女。

  「お兄さんが助けてくれたんだねぇ! ありがと〜〜〜」

   不意打よろしく突っ込んできたストゥリの頭突きを、鳩尾にかまされてうめく青年。
   しかしそれを少女に悟られる事無く、内に飲みこんだのはさすがと言えた。

  「ま、いいってことよ。それよりここは旧校舎だって事を知らなかったんだな」

  「旧校舎なの!?」

   青年の断定形の質問に、期待どうりの返事を返す少女。

  「うひゃあ、もう完全に遅刻だよぉぉぉ…」

   落ちこむ少女に青年は付け加える。

  「遅刻だけならいいがな」

  「…え?」

   青年は親指で背後を指差した。

  「空間が閉鎖されていやがる。誰の仕業か知れねぇが、出る事はおろか入る事も出来ねぇぜ」

  「がーん」

  「とりあえず、リタルードを探さねぇとな」

   ストゥリを立ち上がらせながら立ちあがった青年が、空を見まわしながらそう言った。

  「リタルード?」

   素早く、それでいて優しい手つきで立ちあがらされたストゥリが首をかしげる。

  「ああそうか、嬢ちゃんは知らねぇんだったな。リタルードってのはもう一人、この旧校
  舎にいるはずの人間の名前だ」

   青年の説明を聞き終わると、少女はポンと、手を叩いた。

  「あ、そういえば自己紹介まだだったよね! あたしの名前はストゥリ! ストゥリ・ル
  ラ・ダグラスって言うんだけど、ストゥリって呼んでね」

  「よし、それじゃ嬢ちゃん、リタ探しに行くか」

  「お〜〜」

   と、そこでストゥリはそっと目を閉じた。
   こうしておかないとふと気を緩めた時に、見たくもない未来の映像が見えてしまうから
  だ。
   最近では随分とコントロールできるようになったと思う。しかしそれでもやはり時たま
  見えてしまうのだ。

   ストゥリは目を閉じたニコニコ笑顔で階段を降りて行く青年の後をついて行った。





          捜索と頑固な扉と痺れる足           魅流


  「さて、どこから探したモンかな」

   この異変の原因と嬢ちゃんの行方不明が関係あるとは限らないが、この状況で関係無い  
  と思えるとしたら、よっぽど明確な証拠があるかよっぽど頭が悪いかのどっちかだ。
  ……そこまで考えて、ああ、とウピエルは呟いた。
  そういえば、新校舎と旧校舎を間違えたユカイな子も嬢ちゃんだったな。さて、どう呼び
  分けたもんか。
   後ろから階段を下りてくる足音に釣られて、なんとなく振り返る。
  と、そこにはしっかり目を瞑った少女が立っているのを見て軽く仰け反る。
  …これはアレか。よくわかんネェけどきっと何か事情があるってヤツか。
  気にしたら負けだ、気にしたら負けだと心の中で念じる。とりあえず、階段を目瞑って降
  りれるくらいだろうからほっといて大丈夫だろうってコトでそれは置いておくコトにして、
  上から順番に教室を探して行くコトにする。

  「実はな、もう一人いた嬢ちゃんがどっかいっちまったんだ。どっかにはいると思うから
  一緒に探してくれるか?」

   一人を一人で探すなら行き違いにもなるかもしれねぇが二人ならどっちかにゃ引っかか
  るだろ。とりあえず危ねー気配も感じネェし。ってなワケで、簡単にリタ嬢ちゃんの特徴
  を伝えた後で迷子の嬢ちゃんと手分けしてとりあえず屋上の1個下の階を捜索するコトに
  した。
  終わったら階段の前で待ち合わせる事にして、オレ達は右と左に分かれた。

  「よし、マズはこの教室だな…」

   扉に手をかけ、引く。
  ……動かない。
  建てつけが悪いのか?今度は両手でもって全力でひっぱる。
  ……ピクリとも動かない。
  たかが扉の癖に生意気な、ならばと足を掛けて手加減ナシに引っこ抜く勢いでれっつごう。
  ……微動だにしやがらねぇ。
  あぁ、もういい。そんなに開きたくねぇってんならブチ壊す!

  「うぉらあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

   ガッと堅い手ごたえ、もとい足ごたえ。
  本来なら大岩だろうと粉砕する俺様の蹴りは、しかしこの扉に対しては無力だった。
  まだまだ気合が足りネェってコトか。

   ……冗談はさておき、どうやらこの校舎は今物理的干渉を受け付けない状態にあるらし
  い。
  故に、どこに何をしようとしても一切反応が無い。窓ガラスだろうと扉だろうと壁だろう
  と床だろうと、殴ろうが蹴り飛ばそうが何をしてもまったくの無傷だった。
   さっき逆さ吊りになってた嬢ちゃんを助けた時はブチ壊せたから、異変が起きたのはそ
  の後ってコトになるんだろうな。

  「とりあえず、こんなモンか…」

   一応全部の教室に入れるかどうか試してみて、それから俺様は集合場所である階段前へ
  と向かうコトにしたのだった。





           消失と閉塞と黄金の女王           夏琉


  「ふぅん」

   だんだんと何回か足を踏み鳴らし、それでも何事も無いことを確認してリタルードは呟  
  いた。

   青い髪の少女が踏み抜いたはずの廊下にあった穴がなくなっていたのだ。それどころか
  腐っていた形跡すらなく、階を間違えたのかと思い移動しようと思ったら、なんと階段が
  あった場所はただ木製の壁があるのみとなっていた。

   あれからすぐ、リタルードはあの金髪の少女を見失った。
   足の速さについていけなかったわけでも、目の前で消失されたのでもない。少女が屋上
  に続く階段を下りてすぐにげこんだのが----女子トイレだったのだ。

   この旧校舎は下水道すら断たれて久しく、トイレの入り口で一瞬ためらってしまった自
  分を本当に愚かしく思うのだが、心を決めて突入したときにはすでに彼女の姿はどこにも
  なかったのだ(掃除用具入れまで確認したのだから間違いない)。

   見失ったといっても、物理的法則に適わないやり方で消えられたのに変わりは無いのだ
  から、女子トイレに躊躇い無く入ることができていたとしても結果は同じだったのかもし
  れない。だが、それでも自分の行動に自分で腹が立つ。

   行き場を無くしてある程度現状を確認してみたところ、各教室の扉は問題なく開くが、
  窓は廊下側階段側ともに開かない。試しに椅子を叩きつけてみたが傷一つつかない。その
  上、あったはずの床の破損までなくなっている。

   そしてもうひとつの相違点。

   リタルードは床から視線を上げて、窓のほうに目を向ける。その切り取られた視界は運
  動場に面していて、普段は体育の授業や課外活動に勤しむ学生の姿が見えるだけだ。だが。

   黄金の、と形容するのに一部の違和も無いほど完璧な様子の、窓の外の存在。風が吹い
  ているのか、特徴的な扇型の葉をたえずわずかにゆらしている。距離的にさほど近いわけ
  ではないのに、窓を開けて手を伸ばすことができたら、指先くらいその葉の表面を感じる
  ことができるのではないかと思わせるのは、その存在感の絶対さ故だ。

   すくなくとも数刻前までは、この窓からそんなものがみえることはなく、下の地面に切
  り株がひとつあるだけだったとリタルードは記憶している。十年ほどまえに雷が落ちてそ
  れがきっかけで切り倒されてしまったのだと、去年の秋ウピエルが言っていた(それにし
  ても彼は一体何年前からこの学校にいるのだろう)。

   時代も季節も無視して、突然それは出現したということだ。樹の向こうに、運動着姿の
  生徒達が見えるのがかえって不自然だ。それはまだある程度現実世界と繋がっているとい
  うことか、それとも外の風景すべてがこの樹の存在したころのものなのか。

  「雌株…だよね、やっぱ」

   犯人は大体見当がついたが、ゲームの目的とルールがさっぱりわからない。それとも単
  にリタルードを閉じ込めたかっただけなのか。主賓はあの二人のどちらかで、自分はただ
  隔離されたということだって考えられる。

   何にせよ、設定された情況の中でただ指をくわえて待っているというのは全くリタルー
  ドの趣味ではない。

   とりあえず片っ端から教室を調べてみることにきめて、リタルードは今一度窓の外をに
  らみつけると足早にその場を立ち去った。